第36話・神殺しの一手(1)
「なッ…本気で言ってるの……!?」
「おう、単純だろ?」
赤眼瞳の唖然とした声で放ったセリフに、和灘悟はそう短く返した。
炎の化身のような半神半魔の【名無し】が朱色の輝きと共に発す高熱。
それが周囲に伝播し、部屋全体の温度を上昇させている。体感では四十度以上か。
常時では考えられない暑さに、体温調節をと急く汗腺が大量の汗を生み出している。
しかし、瞳は眼前の少年の様子を見ながら、それとは別種の汗が頬を伝ったのを確かに感じた。
いや、視界に映っているのは、正確には彼だけではない。瞳は意識を悟の隣へ移す。
「……」
魔眼・ノウズ。中性的な容姿のその存在が、地面から数十センチ離れた空中で佇んでいた。
不意に、視線を向けられている事に気付いたノウズが、彼女へ微笑みかけた。
……まるで心配は無用だとでもいうかのように。
「無理よ。私にそんな大役」
二人から目を背けた瞳から、弱音が口を衝いて出た、
この状況で言うべきではなかったのかもしれない。
けれど、自分の力のなさを今さっき思い知ったばかりで、そんな作戦を成功させる自信が瞳にはなかった。
悔しい、悔しいが……。
「つっても、お前しかいねぇぞ瞳」
そんな思考を遮るようにして現実を突き付けたのは悟だった。
付け加えるならば、若干の憤りを伴って。
当たり前だ。
悟は決して自分を強者などと思っていない。魔眼の【契約者】となった今もそうだ。
吹けば飛び、叩けば地に伏すような存在。それが悟だ。
だが、まだ悟が生きているのは、そうならないための鍛錬と立ち回りを必死にしているからというだけの話。
死にたくない、その一心で魔術の才をどれだけ欲しただろうか。どれだけ持たざる者の苦悩を味わっただろうか。今では吹っ切れたが、それでも胸に残るものの一つや二つはある。
だから、だからこそ――。
「大体、素の力だったら俺より魔術の才能あって、俺より強い奴が弱気になってんじゃねぇよ。俺が馬鹿みたいだろ」
「で、でも、だって――」
「分かってるよ。お前の焔は【名無し】に吸収されて終わりだ。けど、何のために俺とノウズがいると思ってんだ。焔の事は俺達が何とかするっての」
そうして、悟は瞳の肩を両手でがっしりと掴むと、真剣な眼差しを彼女に向け言った。
「からさ――その後は任せる。頼む、瞳」
「……」
「ダメか?」
瞳の不安を気遣うように、願うようにして悟が尋ねた。
ただ、それだけ。それ以上は、何も訊かれず、悟の視線から逃れられないままずっと見つめられる。
ずるいな……と彼の言動に内心で愚痴を零し、彼女は観念するしかなかった。
小さく頷き、そして、
「…………一分だけでいいから、時間を稼いで。それで絶対決める」
今までとは違う、静かで、けれど内に熱い焔を灯したような目をして断言してみせた。
確認してみた訳でもない。
少なくとも、悟には瞳の様子がそんな風に変わったと感じられたというだけ。
だが、それで十分だろう。
「おう、任せとけ」
柔和な笑みに似合わない少し乱暴な返事を返すと、悟は瞳に背を向け歩き出した。
「安請け合い……とは違うのだろうけど、君は無茶を平気で実行するきらいがあるね?悟」
「出会ってから無茶ばっか押し付けて来る奴に言われたかねぇよ、ノウズ。……まぁ、これがあるだけマシだけどさ。如月さんに感謝だな」
「タリスマン、か」
悟が首に下げたペンダント、それはこの【迷宮】へ向かう前に如月小雪から贈られたタリスマンだ。
魔導具として身に着けている【魔術師】が多いと聞く。
「細やかだが、能力向上系の加護が付与されている。それを外せば君は十秒と経たずに気絶する事間違いなしさ」
「ったく、如月さん【陰陽師】の家系だから気休めレベルのモンだと思ってたのにな……本物作れるとかスゲェよ」
「ふっ、これが所謂僥倖という奴だね」
「馬鹿言え、どう考えても不幸中の幸いだろうが」
視線の先、これまで感じた事がほとんどなかった“痛み”という感覚に激しく苦しんでいた【名無し】が、威嚇するように悟とノウズを睨み付けていた。
流石半神だ。ふざけた威力の炎に数度焼かれたというのに、こうして再び立ち上がるまでの時間がたったの約二分弱。しかも、完全とまではいかないだろうが、様子を見るにほぼ回復しているのではないか。
これならもしかすると、こちらから攻撃すればその瞬間に起きた可能性がある。そして、戦いながらダメージを回復しただろう。いや、きっとそうに違いない。
――ともあれ、ここからが本当の戦いだ。
「さて、見せてやろうじゃないか悟。神殺しの一手という物を」
文月です、お陰様でブックマーク数が遂に二桁に!
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また、一章完結後の投稿に関しましては、次回辺りにご報告出来ればと思います。
《完了》
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