第27話・奥の手
――コロッ、コロコロ……。
岩肌から削れた小石が数個、そんな音と共に足元の暗闇へと消えて行った。
先程まで悟を追っていた巨大な黒い鉄球も、数秒前に呆気なく下へ落ちて行っていた。
「んんぐぅ……ッ」
『悟…』
「よう、ノウ…ズ……もしかして、落ちるとか思ったか?ひ、引っ掛かって、やんの…はは」
喉からやっとの事で捻り出したような声で、悟は軽口を叩く。
頭上には、崖に突き刺した魔力剣。その柄を、伸ばした右手で掴みぶら下がって、悟は何とか死を免れていた。
空いた手では、汗で今にも滑り落ちそうな瞳の腕を必死に握り締めている。
相当強く頭を打ったのか、彼女はまだ目を覚まさない。
「くっそッ……」
『重いなら、瞳を落とすのも手だ。君だけならば、あるいは上まで登れるかもしれない』
「あ、生憎と、琴梨先生に毎日扱かれてんでな。こんくらい、余裕だってぇの。てかノウズ、女子に重い、とか…お前後でぶっ飛ばされんぞ?」
『この状況を無事脱せたならば幾らでも。……だが実際、それ以外の手がない。どうするつもりだい悟』
言われて悟は数秒黙り込む。
――どうするつもり、か。
あの魔眼がお手上げだと言っているのだ、悟に何か妙案が浮かぶ訳もない。
きっと、ギリギリまで考えても考えつかないだろう。
「知っら、ねーよ」
『…とても当事者とは思えない回答だな』
「仕方、ねぇだろ。だいたい、俺は、お前と違って見えない物のが多いんだぞ?……だから、見えてる範囲で、出来そうな事を、ちょっと無茶してやってみるわ」
言って悟は瞳の腕を引っ張り上げ、彼女を背負う。
『……!?』
ノウズは、悟の表情が苦しそうな物から、この状況を楽しんでいるかのような笑みへと変わったのを見た。
「気付いてるか、ノウズ?俺の足、今度はしっかり崖に着くんだぜ?」
『悟、まさか君、彼女を負ぶって…ッ。いや、それは流石に無理がある』
「だから、無茶する、つったろ。――それにコイツは、死なせねぇよ」
己の背で眠る赤眼瞳を一瞥し、悟は剣を掴む手に力を込め、着地させた両足で断崖絶壁を踏み締めた。
白の魔法陣が浮かぶ、足元に。
極限の状態で空気を肺一杯に溜め、己が行く先を睨み付ける。
目指すは上。断崖の中に開いた穴の奥。
魔力も体力も、既に限界に近い――だからこそ、一気にこの崖を登り切る。
「【加速】!」
刹那、声に魔力を混ぜ、和灘悟はその魔術名を叫んだ。
そして、彼が淡く白い光を纏ったその瞬間。
岩に刺さった魔力剣を抜き、悟は崖を斜めに駆け上がった。
「ッし…」
やはりだ。この空間での魔力の分解は厄介だが、それには数秒の時間が必要。
その数秒があれば、悟の魔術は効果を発揮し尽くす。
「もう、いっちょッ」
直後に悟の体は再度加速した。
このまま放物線を描くように岩の壁を駆けて行けば、崖の空洞の中へと辿り着く。
「か、そ…ッ――【加速】!」
魔力がそろそろ底を突く。
その所為だ、意識が一瞬途切れかけた。
だが、力尽きるにはまだ過ぎる。
魔術により速度を増した体に鞭を打ち、駆ける、駆ける、駆け上がるッ。
そうして目前へと迫る穴への入り口。
――行ける……ッ。
確信した悟は最後に魔術を行使しようとして、次の瞬間視界が暗転した。
気絶。ほんの数舜の気絶だ。
しかし、その間に体が落下を始めようとしていた。
「……っそが!おッ…らぁぁぁぁあ‼」
咄嗟の行動だった。悟は背負っていた瞳を前に持って来て、力一杯上に放り投げた。
寝返りでもすれば直ぐに落ちる程の場所。
とはいえ、それによって彼女は崖の中へと続く唯一の道へと投げ込まれた。
反面、その反動で悟の落下が速まった。
が、悟は諦めてなどいなかった。
「―――――――ッ!!!!」
声にもならない声を上げ、悟は魔力剣の切っ先を岩壁へと突き刺す。
ガガガガガガガガガッッッ、と騒音を立て岩を削りながら一時減速するも、魔力が刃に通らなければ魔力剣などただの安物の剣。
数秒と持たず次の瞬間、パキンッ、という甲高い音と共に真っ二つに折れた。
宙に投げ出され、仰向けになって落ちて行く悟。
最早、この墜下を止める術はない。
――だから、そろそろ出て来ていい頃合いだろ?
眼前に伸ばした右手の甲に視線をやる。
それとほぼ同時だった。手の甲に蒼白い光を放つ魔法陣が浮かび上がった。
「ったく、遅ぇんだよ毎度…英雄紋……!」
これでやっと、奥の手が使える。
文月です。
大変ありがたい事に、先日一瞬ですがローファンタジーの日間ランキング100位以内に本作がランクインしました。ポイント、ブックマーク登録をくださいました皆様、ありがとうございました。
お陰様でモチベーションが上がったので予定にない投稿が2回あり、今週は結果的に3回の投稿となりました。
次週ですが、頑張って2回以上の投稿を目指そうと思います。なお、2回中1回は、完成次第投稿する予定ですが、「この日に投稿して欲しい」という意見がございましたら、感想欄で知らせて頂けると投稿をその日に合わせようかと(出来れば日曜日以外でお願いします)。
《完了》
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