第24話・走り走ったその先に……
和灘悟が最弱者と呼ばれる所以は、属性魔術の才能がない上に、唯一使える魔術が攻撃系の物でない事。――そして、魔力量が第二位階の【魔術師】の半分もない事にある。
「やっべ、魔力が……!」
当然ながら、【魔術】を使った十分間以上の逃走などをすれば、たちまち魔力残量が底を付く。
現に、逃走中に体内の魔力が枯渇するのは今回で二回目だ。
だが、問題はない。
「操沙、マジで、サンキューっと…!」
言って、悟は懐から箱を取り出し、その中にあった泥団子のような物を口に放り込んだ。
次の瞬間、口全体に広がったのは強烈な苦みと、吐き気を催す程の訳の分からない不味い味。
「う、うぉえ……ッ」
が、それを悟は気合いで胃へと流し込む。
それから数十秒が経った頃だろうか、少年の体に変化が訪れた。
「まっずい、まだ味が残って……でも、来た来たぁ!」
――失われた魔力が、急速に回復し始めたのだ。
そう、悟が口にしたのは小萌蛇操沙が渡した魔薬。つまりは、魔力回復薬。
元々箱の中にあった魔薬は全部で三つ。その内二つを消費したが、ノウズの言った一キロを走り切るくらいは問題ない。
『しかし、面白いな悟。媚薬を使って魔力を回復させるなんて』
そんな時だった、ノウズが悟へ語り掛けて来た。
……というより。
――今、コイツ何つった?
『ん?おや、ボクはてっきり気付いているとばかり…。その丸薬には、インキュバスの尻尾が使われていてね』
「は、はぁ」
訳が分からず、曖昧な返事を返す悟。
インキュバス、確かサキュバスの男版だったはずだ。そんな代物が素材の一部だった、というのは少しゾッとしないが。
いや、それは極論どうでもいい。問題は、淫魔の尻尾が使われているからどうした、という話で――
『効果としては、男が使うと魔力の回復を促進させるんだけど、それは丸薬の副産物と言っていい。理由は簡単。本来その丸薬は、女性に強烈な催淫効果をもたらす物なんだから。何なら、試しに君の連れに使ってみるといい。きっと凄まじい効力を発揮するはずさ』
「操沙なんちゅうモン渡してくれてんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああッ!?」
逃走中、息を切らしているにも関わらず、それでも悟は盛大に叫んだ。
瞳には絶対に飲ませるな、と試験が始まる直前に操沙が口にしていたが、まさかこの事だったとは。
だが、合点がいった。使用用途を訊かれるのが怖くて、これは魔力回復薬じゃなく、実は媚薬でした、などと言える訳もない。
それでも言っておいて欲しかった。
何故って、これが瞳にバレれば悟は完全に変態犯罪者扱いされる。そして殺される。間違いなく死ぬ。
――いやぁ、でも、考えようによっては一夜限りの間違いが起きるなら意外に悪くも……悩むぜッ。
『ほう、この状況で別の事を考える余裕があるとは、さっきとは随分違う』
「?おぉ、まぁ――な、っとッ!」
言いながら、悟は瞬時にかがむ。そうして、勢いはそのままに天井から突き出た岩の棘の下を、ズザァァァァァァアッと地面を靴裏で擦って進む。
この薄暗い道の中だ、先程ノウズから言われていなければ今の棘に気付いた時にはぶつかっていた。
――すげぇ、本当に上手くいった……!
とはいえ、しゃがんだままの体勢だと立ち上がる前に失速する。
だから、
「【加速】!」
魔術発動と同時に立ち上がり、再び駆ける。
「それで、ノウズ!次はどうすりゃ?」
『あと百メートル進んだ先に急な坂がある。後ろの鉄球が加速する原因にもなるから、君も加速しなければ追い付かれる。だが、もし失敗すれば一巻の終わ――』
「なるほどな、【加速】!」
『なッ!?』
ノウズの警告など何処吹く風、悟は魔術を行使。一気に坂まで疾走。
そして、坂を下る一歩目。
踏み込んだ悟は、
「【加速】!」
魔術を使った直後、崖のような坂から飛び降りた。
進む、進む、宙を加速し風を切って突き進む。
先程から、明らかに調子がいい。
分かっている、まだ助かる道があると言われたからだ。
「んのッ……」
浮いていた足を地面に着け、猛スピードで坂を下っていく。
足が地を擦り軽く削っていく。だが、減速は許容範囲内。
「ノウズぅぅぅううッ、坂は何秒後に終わる!?」
『四秒後だ』
「りょう、かいッ」
なるほど、とノウズは思った。
悟は坂を下り終えた時の衝撃を魔術によって大幅に和らげつつ、足元が平地に戻った瞬間に更に加速するつもりなのだ。
かなりの時間走って体力もかなり削れているはず。だというのに、ここに来ての速度の上昇。
正気だろうかこの少年は。体力的にも問題だが、それ以前に魔術行使のタイミングを間違えれば足への衝撃が増すだけだ。
だが、しかし。
「【加速】」
『……!』
――成功、させた?
いや、おかしい。ノウズには視えていた、今のは少しタイミングが遅かった。
だというのに、悟は平然と走っている。
おかしい、奇妙だ、不思議にも程がある。だから、悟をより深く視てみて――ノウズは、笑った。
『これは、クフ、フフッ。悟、君……神から呪いを受けているのか。なるほど、だからか、ハハハ…合点がいった』
「?おい、今聞き捨てならねぇ台詞が聞こえたんだが、何に呪われてるって!?」
『神さ。【強制老死の宣告】の他に、神から【神呪】を受けているんだよ!だから君は【罠】に掛かりやすいし、魔術が使える』
「はぁ!?」
『そして、君の魔術は呪いが解除されない限り完成しない。未完成、未完成故に君の想像力が魔術の内容を変える。フフフ、君は…君は本当に飽きないよ』
「さいですかッ!こんな時に呑気なもんで羨ましいですよ!!」
悟は自分ですら知り得なかった事実を聞かされ、半ば自棄になって叫んだ。
何となく、別の呪いが掛かっているかもしれない、と思いはしていた。しかし、神に呪われているなんて誰が思える?
「えぇい、んな事考えてる場合じゃねぇか……。ノウズ、あとどんだけだ!?」
『五百メートルと少し、といったところだ』
思考を切り替えノウズに尋ねると、返って来たのはそんな台詞。
「ギリギリだなぁ、おい!」
魔薬の効果によって魔力はまだ回復し続けている。同時に魔力を使っている所為か、薬の効果が切れるのが早いのはさっき知った事だが、問題はそれではなくあの坂道で速度を増した後方の鉄球だ。
こちらも魔術で加速は可能だが、悟は生身の人間であるが故に速度上昇にも限度がある。
そして、鉄球は悟との距離を徐々に縮めて来ている。
「【加速】ッ」
『悟、この先に左カーブがッ。そこを曲がり終えれば次は右急カーブ。そして、その次が上り坂だ。曲がりながら加速しないと坂道で減速するぞ』
「嘘だろぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおッ!?」
言いながら、悟は魔術で速度を上げる。
体力がそろそろ限界だというのに、上りの坂が待っている。最悪だ。
だが、ノウズがいたお陰で対策が打てているだけマシというもの。
『もっと加速だ。後ろとの距離が想定より近くなっている』
「か、【加速】ぅぅぅうッ……!」
――不味い、不味い不味い不味い!
追い付かれる。
それでも悟は駆ける、駆けるッ。
坂道が、見えた……!
「――ッ!」
歯を食い縛り、無詠唱で魔術の行使に移る。
これが恐らく最後の加速。
これが生死の分水嶺ッ。
だから、全力で踏み込み、
『抜けた。そして――着いたようだ』
ノウズの声が頭に響く。
しかし、そこに地面はなかった。
「…………は?」
視界いっぱいにに広がっていたのは、暗闇だった。
文月です。色々ありまして、2日で書いたので誤字脱字など文章が変になっているかもしれません。ご容赦をッ。
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