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第七魔眼の契約者  作者: 文月 ヒロ
第一章始まりの契約
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第19話・特例最下層の【不可知の門】(3)

 ――カツ、カツ、カツ。


 階段のある薄暗い空間で一定のリズムを刻みながら、静かに響いていた二つの足音が一つ消え、そして次の瞬間にもう一つも消えた。


「ここが……特例最下層、なんだよな?」


「えぇ、九層目なんだから、多分そうでしょうね」


 先頭を行く悟の声に反応したのは、赤眼瞳だった。ここにいるのは自分と彼女の二人だけである為、それは当然の事なのだが。


 悟はおもむろに首を上下左右に動かして、周囲を見渡す。

 床や壁は今までと変わらず石造り。通路の広さにも変化はなく、目で分かる範囲では、ここに辿り着くまでに見たのと同じ殺風景な景色が一直線に広がっているだけだった。


 ここは特例最下層。【迷宮】には最下層と呼ばれる階層がある。しかし、それが長年にわたって見つかっていない為、文字通り【魔術師協会】に特例で最下層と認められた場所だ。


 だが、


「何でぇい、緊張して損しちまったじゃねぇっすか。この調子だったら【攻略】なんて余裕ですよ余裕。んじゃ、行きますか――ん?」




 そんな悟の視界の隅に、突然、淡い赤色の光が入って来た。

 光源が存在するであろう足元へと、すぐさま俯いて移した視線。

 悟の瞳に映ったのは、赤い微光を帯びた魔法陣だった。


「ふぁ?」


 急速に明るさを増していく光。

 少年の口から微かに漏れた声。


 ……猛烈に、嫌な予感がする。


 デジャブ――などでは断じてない。

 この術式、この赤い発光、そして魔術が発動するまでのこの僅かな溜めの時間。悟はそれが示す答えを、経験として知っている。


 というか、今日何度も経験した――これは、地雷の【(トラップ)】だ。


 その魔術の悪質な部分は、普通の地雷と違い、それを踏んだ時点で既に手遅れだという事。


「ちょ、待っ――」


 強烈な焦燥感。

 それに伴い、一瞬にして全身から噴き出して来た冷や汗。


 しかし、魔法陣はどこまで行っても魔法陣でしかない。悟の制止は伝わるはずもなく、無慈悲に遮られて終わる。






 ――ドゴォォォォォォォォンッ!


 次の瞬間、そんな轟音と共に、【(トラップ)】の下にある地面が勢いよく弾ける程の爆発が悟を襲った。


【魔術師】になりたての頃の癖で、つい詠唱という作業をしてしまうが、本来悟の魔術にはそんなもの必要はない。

 故に、即座に無詠唱で魔術を発動して回避し、直撃だけは避けた。が、流石に、何もなかったという訳にはいかない。


 悟は爆発の衝撃により吹き飛ばされ、水切りに使われた小石のように地面を転がった。

 一部始終を見ていた瞳は、半眼になり、仰向けに倒れている彼へと近づいた。


「……何が、余裕だって?」


「違うんです、聞いてください。普通、階段下りて十歩くらいの所に【(トラップ)】あるとか思わないじゃないですか」


「最初の階層にもあったけど?」


「いや、まさか、二回目があるとか思わないって意味で」


「なるほど。つまり、油断してた訳ね」


「俺、この【迷宮】やだぁ……」


 上体を起こした悟は、そう言って項垂れた。

 悟の体には小さな傷しかないとはいえ、増えれば自然と目立って来てしまう。流石に無視出来なくなったのだろう、瞳はそんな彼に治癒魔術を施す。


「……ったく、【(トラップ)】に掛かるにしてももう少し気を付けなさいよ。アンタ最弱者(ワースト)なんでしょ?そんなんじゃ、この【迷宮】すらまともに――ぁ」


 そこまで言って、瞳の口が凍る。が、それを誤魔化すように彼女は言った。


「と、とにかく気を付けなさい。ほら、治療終わったんだから行くわよ……」


 立ち上がった悟は、先を行く瞳の背中について行きながら呟く。


「あの事、言うんじゃなかったな」


 脳裏に浮かんだのは、【パンドラの小箱】に呪いを掛けられたと判明した時に琴梨から言われた言葉。




『君はあと十五年しか生きられない。だから、選択肢は二つなの。呪いを解こうと死に物狂いで頑張るか、それとも、諦めて残された余生を好き放題に生きるか。まぁ、解く為の条件がアレだから解呪は危険だし、ほぼ無理だろうけどね。どう、悟君、それでも君は解呪がしたいの?』


 悟の選んだ答えは解呪だった。

 呪いなんてふざけたモノの為に、何故人生を壊され、挙句死んでやらねばならないのか。

 それならば、多少死のリスクを背負ったとしてもそれに抗った方がマシだ。


 けれど、赤眼瞳は悟のそんな事情を気にしているのだろう。


「一応、奥の手はあんだけど。……はぁ、それ言うと不味いよな」


 何故なら、アレは――。


「?ねぇ悟、あそこ」


「ん?」


 突然立ち止まった瞳が前を指差し、悟はどうかしたのかと、彼女の人差し指の先にある薄暗い闇に目を凝らした。

 悟が目にしたのは、通路の行き止まりだった。


「この【迷宮】の最高到達地点。もう着いたのか」


 行き止まりまで近付いた悟の右手が、道を塞ぐ石造りの壁にそっと触れる。


 特例最下層に到着して、体感ではまだ五分程しか経っていない。他の階層と比べればほとんど時間がかからなかったが、見た限りでは、きっとここがそうなのだろう。

 唯一気になる事といえば、悟の周囲の壁や地面に、小石が埋め込まれている点くらいだ。


 ――何だこれ、悪戯か?


 なんて考えていると、唐突に、悟の右手の甲に黄金色の魔法陣が浮かび上がった。

 ぎょっとした悟を他所に、そこから豆粒のような大きさをした金色の光が飛び出し、魔法陣が消えた。

 直後、光の粒が強烈に発光し、形を変化させる。


「ね、猫?」


「というより、子猫ね……」


 その光は、子猫の形を取り、悟と瞳の前に立っていた。しかし、子猫の姿をした光はすぐさま【迷宮】の入り口方向へと走り去って行った。


「なるほど、あの子猫が試験監督って訳か」


 納得した表情で言った悟。

 恐らく、あれは召喚された精霊か何かだろう。だが、琴梨は普段、精霊など使役しないはずだ。となると、呼び出したのは学院長辺りか。


 ともあれ、あの様子であれば、悟達の状況はメルキ側にも伝わっているはず。

 今回の追試はほとんど終わったような物だ。


「そうなると、後は帰るだけね」


「だな。問題は、【迷宮】の外にある特殊転移魔法陣が使えねぇ事だけど、多分学院長が迎えに来てくれると思うし」


 紅蓮の髪をした少女の言葉に、悟は彼女の方を振り向くとそんな推測を口にした。

 あの抜け目のない琴梨から説明がなかったのだ。恐らく、その必要はないという判断を下したのだろう。


「……」


 まだ確定ではないが、それでも落第は免れた。

 良かった。何せ、呪いを解くには、悟はまだ【魔術師】を辞められないのだから。

 そう思えば、自分の口から小さく安堵の溜息が漏れたのも仕方がない。


「ありがとな、瞳」


 悟は柔らかな笑みを浮かべ、彼女にそんな言葉を贈った。

 吸血鬼のように鋭い犬歯も相まって、瞳には、悟の笑顔は悪戯っぽくも見えた。


「あっ、えと、うん……」


「どうした?んな、借りてきた猫みたいに」


「べ、別に何でもないッ」


 そう言った割には、瞳の言動は少し変だった気がするのだが……。

 今のように、たまに彼女の事が分からなくなる時がある。


「まぁ、いいや。んじゃ、帰りますか――ん?」


 言いながら、一歩を踏み出した所で、悟は妙な違和感を覚えた。

 いや、違和感というより、これは……既視感?

 おかしい。【迷宮】など、そもそも来た事すらないはずだ。


 しかし、前にもこんな事があった気がしてならない。


 だとしたら、一体何時の話だ?分からない。いいや分かる。

 思い出せ。

 そう、あの時だ。あの時から既に、悟は【魔術師】になろうとし――


「ぅぐッ……!」


「え、悟?」


 思考の中で、またあの強烈な頭痛が突然に悟を襲った。

 頭を右手で押さえるそんな悟の様子に、瞳が彼に声を掛け、


「い、いや、何でもねぇ」


 脂汗を流しながらも、悟はそう答えた。

 本当の事を言おうとしても、どうせ何を考えていたかもう忘れてしまっているし、この頭痛の話をしても瞳を心配させるだけだろう。


 それに、今の所、特に何か痛み以上の害がある訳でもないのだし。


 ――そう思っていた時だった。


「!?」


 少年の周囲で生まれた、幾つもの紫紺の光。

 刹那、それらが光の線と線で結ばれ、その中に文字の羅列が刻まれる。


 一瞬にして構築されたそれは、魔法陣だった。


 しかも、この光源の発生した位置。

 これは。


 ――クソッ、さっき埋め込まれてたあの小石か!


 誰もが履き違えていた、【迷宮】の大原則を。


 【迷宮】には必ず、それを成り立たせている【(コア)】がある。

 【(コア)】は【迷宮】の最下層あるいは最上階にて、番人たる(ぬし)が護っている。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「悟!」


 これから一体、何が起こるのかは分からない。けれど、途轍もなく嫌な予感がした。

 早く、この魔法陣から悟を出さなければいけない。

 焦燥感に駆られながら、瞳は右手を彼に伸ばした。

 だが。


 ――動け、ねぇ。


 金縛りにあったように、声を出す事すら出来ず、悟は彼女の手がこちらに届く事はないと悟った。


「……ん、のッ!」


 死にたくない。それでも、まだ、死ぬ訳にはいかないのだ。

 魔術で加速し、僅かに伸ばせた右手。


 手と手が、指と指が触れ合う瞬間。


 間に合う。そう、微かに安堵した表情を浮かべた瞳。






















 ――和灘悟が最後に見たのは、そんな光景だった。








ここまでざっと六万字、やっとタイトル回収が始まるぜ……。


文月です、今回は特にお知らせはありません。引き続き、本作をお楽しみ頂ければ嬉しく思います。


また、この作品を読んで面白かった、良かった等々……思われましたら、


☆☆☆☆☆


と、なっております所をタップかクリックし評価してやって下さると嬉しく思います。

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感想も受け付けております。

いずれも作者のモチベーションとなります。

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