第18話・特例最下層の【不可知の門】(2)
悟の発言に、瞳は困惑した。
もちろん、言葉の意味自体は分かる。彼が【魔術師】をやっているのは、『【魔術師】を辞める為』。そういう事だろう。
だが、だとしたら、初めからそんなモノにならなければ良かったという話だ。
それに――
「それ、答えになってない。悟、アンタの言った事が、百歩譲って【魔術師】を続ける訳になったとして、なった理由にはなっていない」
「……んじゃ、言い方変える。俺は『早いとこ、普通の生活に戻りてぇ』。やなのッ、【魔術師】」
駄々っ子のように言う悟。しかし、仕切り直すように軽く溜め息を付くと、瞳に再び視線を向けた。
「なぁ瞳、【パンドラの小箱】って知ってるか?」
「パンドラ……って、確か大型【迷宮】から出て来た上位悪魔が、たまに現世に持ち出して来るっていうあの壺?」
「そう。蓋開けたら、開けた本人と周りの連中に災いもたらすから、んなヤバめの呼ばれ方してるあの壺。――中三の時に割ったんだよ、不可抗力でな」
「割ッ、はぁ!?割った、って。じゃあ……」
「いやぁ、あん時はマジ死んだと思ったね俺。いきなり腹に穴開くわ、街のど真ん中で中位悪魔が十体くらい壺から現れて来るわで……まぁ、悪魔は死にかけてて見てねぇけど」
聞いた話では、悪魔達は悟の近くにいた一般人も襲おうとしていたらしい。結局、その前に【魔術師】によって祓われたが。
ちなみに、それを話してくれたのが何を隠そう琴梨である。
何故って、当然の話だ。
「琴梨先生が現場にいたから被害は皆無。もちろん、俺もな」
あの時以上に死を実感したのは、悟の人生では今の所ない。
「で、その話がどうだっていう訳?」
悟が当時の事を思い出していると、よく分からないといった風に瞳が眉をひそめて尋ねて来た。
実際瞳には、悟の話が、【魔術師】になった理由とどうしても結び付かずにいた。
足りない説明を補って欲しくて、だから悟もそうしてくれるのだと彼女は信じていたのに、
「どう、って……。ほら、【パンドラの小箱】の中に入ってるモンを外に出した奴って死ぬだろ」
「は?」
悟の返事に、瞳は困惑顔を浮かべた。
いや、確かに、彼の言う通りだ。
壊すのでも、溶かすのでも何でもいい。兎に角、あの壺の蓋を取った者は、壺の力によって十中八九確実に死ぬのだ。
「で、でも、アンタ死んでなんて……」
冷や汗が、頬を伝うのを感じた。
確認するように言った反論の声が、微かに震えていた。
悟は奇跡的に死を免れたはずだ。
でなければ、今ここで自分の前に立っている訳がない。
崩せない理論だ。
けれど、完璧だと思えるその理屈は、何も取り繕っていなさそうな悟のその顔を見ただけで、いとも簡単に揺らいでしまっている。
そして、そんな瞳とは裏腹に彼はいつもの軽薄な調子で言った。
「死ぬに決まってんだろ、このままいけば。どう頑張ったってあと十四年後にはな」
「十、四年」
「まぁ、もう直ぐ十三年になるけど。――【パンドラの小箱】を開けた者は死ぬ、それは俺も同じ。ただ、俺がまだ生きてんのは、直ぐに死なないってだけでさ」
「え、は?ちょっと待って、『直ぐに死なない』って、一体どういう……」
「ん?あぁ、【強制老死の宣告】って名前の呪いでな。自分が今まで生きた年数をタイムリミットとして、制限期間過ぎた瞬間によぼよぼの爺さんになって死ぬらしいぜ」
沈黙。何を言えばいいのか、瞳は分からなかった。
悟は、自らの発言の意味を理解している。
「解呪方法は知ってるっつーか、呪いが教えてくれてる。呪いが指定した大型【迷宮】を攻略するだけ。一人でしなきゃなんねぇ、ってのが難点だけど」
ほら、やはりだ。理解した上で、彼は、それを平然と言っているのだ。
ほとんど解けない、あるいは絶対に解けない呪いには、いくつか特徴がある。
――解呪方法を呪い自体に指定されている物も、その内の一つだ。
「まぁ、んな訳で【魔術師】になった。【迷宮】攻略の一番の近道だからな。――っと、そろそろ行こうぜ?あっ、あと、今の話は秘密って事で頼むわ」
そう言って背を向け先を歩く悟の存在が、急に、どうしようもなく遠く感じた。
直ぐ近くにいるはずなのに、触れようと思えば触れられるのに、
「……」
眼前の少年に伸ばそうとした右手が、声を掛けようとして開きかけた口が、躊躇ったまま動かなかった。
特例最下層へと辿り着いたのは、それから間もなくの事だった――。
文月です、今回は投稿時間が少し遅くなりました。
最近体調が少し悪く、実は書こうと思っていた内容の半分しか書けてません。
次回はその分を投稿する事になりそうです。
《完了》
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