見廻り
「え!?勘違い?つまり、我々が競馬の如く一心不乱に走ったのに、なお追い付けず、先回りをして、2人と2頭でなんとか挟み撃ちにして捕まえたこの化け物のような運動神経を持った青年は無実という事ですかーー!ああ、なんで逃げてたんだよあの人!
ていうか、俺も沢山の冒険譚を読んだけどさ、馬よりも早く走るって何、おとぎ話の主人公かよ。結局はバットを持った知らない人間が庭に居たから叫んだら隣の空き地で野球やってた人が飛んできたボールを拾いにきてたんですね。早とちりの絶叫かぁ。早とちりといえばうちの団長も、ここに来る時に3つ向こうの通りにある宿屋さんの声だ!なんて言ってたんですよ。蓋を開ければ2つ向こうの通りのパン屋さんの声だったんですから驚きの連続でしたよ!」
遠くからカランコエの声が響いてくる。俺は整地されていないよく踏ん張りの効くバッターボックスで、力強くバットを握りしめピッチャーをマジマジと観察していた。ピッチャーはさっきまで追いかけていた元泥棒の容疑者ーーさっきまでの身体能力を考慮するに油断ならない。
「団長、無事パン屋さんとの話は終わりま……って、なに馴染んで野球やってるんですか」
俺は張り詰めた空気の中カランコエに冷静に言った。
「いやいや、こいつを捕まえた時点で勘違いだということは俺にはわかった。目が綺麗だったからな!今日も国は平和だったという事だ。緊迫した空気に疲れたからな、今度は少し遊んでバランスをとっているんだよ。それにさっきの身体能力の高さは凄かったからな。聞けば隣の庭までボールを飛ばしたのだって彼のバッティングだったというじゃないか、彼の投げるボールを打ってみたくなったんだ」
俺だってただ遊んでいるだけじゃない。
このようにちゃーんとした理由があるのだ。
カランコエは何か言いたそうな顔はしているがそれ以上はなにも言わない。
俺が再度ピッチャーに顔を向けると、元泥棒の容疑者君は小さな声で何かを呟いていた。
「武装した集団に追いかけられたから命がけだと思って、いや、あんな火事場のクソ力みたいな身体能力俺にはないのに……期待されてるよ……」
なにを言っているかは聞き取れなかったが、俺のワクワクした心は止まらない。一見すると平凡な若者だが、その潜在能力の高さを想像すると体が自然と臨戦態勢になってしまう。
「ええい。もう知らん!」
彼は吐き捨てるように言い放ち、身体を大きく動かしてボールを放った。
確かに少し早いがそれ程ではない、しかししっかりとストライクゾーンに入ってくるいい球だ。
「うおりゃあ」
俺が打った球は、青空に吸い込まれていき、空き地内に落ちる事は無かった。ホームランだ。
凄まじい身体能力を持った彼からホームランを打った。俺の身体は喜びで満ち溢れた。
「あー、やっぱり騎士団の団長さんは凄いですね。やられました。あ、ホームランはダイアモンド回らなくていいんでボール取りに行ってくださーい」
俺が一塁ベースへと歩いている所にそんな指示を受ける。
飛んで行ったボールを追いかけなければならないのか、成る程彼はそこで勘違いをされたわけだな。
俺はボールを探しに空き地に隣接した家の庭へと入っていった。
「きゃー‼︎バットを持ってる上に腰に帯剣してる変質者よー!」
俺が入り込んだ庭の持ち主の声だ。
この後俺は誤解をなんとか解くのだが……うん、今日も国は平和だ。