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6. 水辺の旅

なんちゃって中華ファンタジー。

中国語の読みは、かなり適当です。

おしえて、Google先生!!

 少女は長い袖をまくり、船べりから、白い指先を水面へと差しいれた。黄昏時の水はなめらかな少女の肌の上をすべり、運河に小さな水脈が引かれる。

「あんまり乗り出したら、船から落ちるよ」

 長い艪で船を操る青年・海宇(ハイユ)が、少女の背後から声をかけた。頭の後ろで髷を作り、残りを背中に垂らした少女が、ぱっと振り返る。

「ごめんなさい。船に乗るのは初めてだから、なんだかおもしろくて」

「すっかり春めいたといっても、日が沈むと肌寒くなるからね」

 海宇の配慮に、紅珊瑚(べにさんご)(こうがい)を差したこうべを傾けた。

 少女の頬は日没の陽を受けて薔薇色に染まる。歳の頃、まだ十五.六といったところか。運河のいりぐちの河口から乗った少女は近隣ではいちばん大きな町、鳳江(フェンジャン)玲宮(レイキュウ)までお願いしますと言った。

 海宇は、年端もゆかぬ身なりもきちんとした娘が、ただ一人でいることをいぶかしく思ったが、快く引き受けた。

 それは、代金として渡された金子が相場よりも多かったせいもあるが、鼻筋のすっと通った可憐な少女を今しばらく見ていたいという気持ちもあった。

 ほかに乗り合わせるものもなく、少女と青年は運河を遡っている。運河は先の帝の時代に作られたものだ。鳳港から内陸部の鳳江まで、海の向こうから珍しいものが運ばれる。鳳江で荷揚げされた品物は、そこからさらに大陸の奥深くへと運ばれていく。鳳江は商業都市として栄えている。

 運河は両岸を煉瓦で固め、さらに運河ぞいに石畳の道を敷いている。通りに面した家々はどれも二階から三階建てで、屋根は瓦で葺かれている。屋根は四方が天へむかって反り返り、角には魔よけの霊獣が乗せられている。

「そんなに上ばかり見ていたら、首を痛くするよ」

 言われて少女はあわてて首をもどし、首のあたりに手をやった。

「めずらしい?」

 海宇の言葉に、少女は振り向きうなずいた。

「こんな建物、見たこともないわ。いつも遠くから眺めているだけだったから……こんなに人がいるのね」

 遠くから? 対岸のどこか山の上にでも住んでいたのだろうか。海宇はふと首を傾げた。

「あれは、なに?」

 不意に少女が、石畳にしゃがむ老婆の背を指さした。

「ああ、店を開いているんだ。道に品物の入った籠を並べてね。畑で採れた野菜や果物を売るんだ。ほかにも魚を商う店や花を売る店もあるよ」

 まあ、と少女は胸の前で手を組んだ。海宇の言葉通りに、運河を遡るうちに商いをするものの数が増えた。また、それを求める買い物客もいて、船から見上げる道はたいそう賑やかになって来た。

 陽はゆるやかに沈み穏やかな春の宵が始まる。街路には篝火がともされ運河の上を縫うように、丸い提灯が風に揺れる。

「まあ……」

 恐らくは初めて目にする都会の夜に驚いたのか、少女は袖で口元を隠し、感嘆の声をあげた。

 石の橋のたもとには、新芽をつけた柳の枝がそよぐ。橋の上から手を振る子どもたちに少女は嬉しそうに手を振り返した。

「すてき、なんてすてきなの!」

「ほら、橋の下をくぐるよ」

 海宇はさっと船底にしゃがむと、少女は海宇と目を合わせてクスクスと笑った。

 橋をくぐると、よりいっそう街は賑やかになっていった。どこからか、月琴をつま弾く音が聞こえて来た。それに合わせて、笛や琴が華やかな曲を奏でる。

 人々のざわめきと、どこかで魚を焼く匂いと。

 運河は色とりどりの灯りに照らされ、煌めいた。

「もう暗くなってきたけど、ひとりで大丈夫かな」

 年端のいかぬ、美しい少女をひとり船着き場に下す不安を海宇は感じた。街は華やかなばかりではない。光があれば影が生まれる。よからぬ輩にかどわかされたりしないだろうか。

「伯母が待っている筈です。わたしと違って、伯母は陸に長く住んでいるから、心配はないのです」

 陸? どうも少女の話は妙だ。言葉は達者だが、もしかしたら他所から来たのだろうか。けれど、そうなるとたった一人というのがどうにも解せない。

「鳳江には、伯母さんに会いに来たのかな」

 海宇はたずねてみた。すると少女は両の頬に手をあててうつむいてしまった。差し出がましく尋ねてしまったことを海宇は悔やんだ。

「あの……ある方を尋ねようと思ったのです」

 その声はどこか恥ずかし気だった。

「その方は、東海の向こうから船で来たお方なのです」

「ああ、留学生ですか。でも、留学生なら鳳江じゃなくて都へ行くでしょう」

 都には、海の向こう、陸の果てから学びに来るものが引きも切らない。

「ええ、存じ上げております。でも、いまはこちらにいらっしゃると伯母から聞きましたので」

 少女は指先を水に浸して、その指先を見つめた。

「船が嵐で壊れて、海でおぼれたところを、家族で助けました。わたしはまだ小さくて、あまり役に立ちませんでしたが、その人はわたしにも優しくて」

 海宇は黙って艪を操った。海は季節によってひどく荒れるときがある。よく耳にするのは、東海を渡ってくる船は、運を天に任せて来るのだと。河口と運河を行き来するのを生業とする海宇からすれば、ただただ恐ろしい所業だ。

「ずっと忘れられなくて。そしたら伯母が、教えてくれたのです。其の方が鳳江にいて、まだお独りだと」

 少女は海宇を見てふっと微笑んだ。それはまるで歳に合わぬほど大人びて見えた。

「思いきりましたの」

 少女は水色の裳をすっと撫でた。何を意味するのか分からず、海宇はぽかんとした。

「あ、伯母様!」

 玲宮の船着き場には、何艘もの船が横付けされている。船への乗降、見送りのもの、迎えのもの。船着き場は人であふれていた。

 海宇は、空いている桟橋へと船をつけた。

「リン」

 左右に屈強な男を従えた夫人が少女に声をかけた。夫人には見覚えがあった。街一番の酒家、海竜楼の女将だ。豊かな髪を結い上げ、長くすらりとした首には碧玉の首飾りが光る。胸から腰の体の線もあらわな袍と裾の長い裳を着て立つさまは、年齢不詳の噂通りだ。

「伯母様」

 船から立ち上がろうとした少女は、足元がおぼつかなく、ふらついた。思わず体を支えた海宇の腕を借りて、リンと呼ばれた少女は女将の手を取った。

「無茶をして」

 溜め息をつく女将に、リンは眉をわずかに寄せて笑って見せた。それから海宇に振り返ってリンは頭を下げた。

「ありがとうございます」

「ああ……」

 同じく膝を軽く折り、礼を送る女将に海宇は中途半端に手を挙げた。一通りの礼をかわすと女将とレイは肩を並べて夜の町へと去っていく。

「さあ、行きましょう。歩ける?」

「だいじょうぶよ。慣れなきゃ」

 そんな声が海宇の耳にわずかに届く。

 ……あの少女をどこで乗せたのか、海宇にははっきり思い出せなくなっていった。確か、河口から。でも、どの船着き場からだったか。

 それに、東海の船が難破したという話は、海宇の父親の若い頃の話でここ二十年くらいは聞いたことがない。

 何か、心もとなくなって、海宇は仕事を切り上げてその日はもう帰ることにした。


 都からやってきて久しい官吏が、若い嫁を娶ったと聞いたのは、それから間もなくのことだった。







描写力アップ企画、「旅の描写」の没ネタ。

だって、主人公が海宇だと「初めての場所」とはならないから。


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