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鬼神様は花嫁を溺愛している  作者: 相模 仄華
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花嫁と鬼神 ~婚約の章~

「残念ながら、其の望み……聞く事は出来ぬ」


「……は?」



 あ、やばい。自分でもドン引きするレベルの低い声が出てしまった。慌てて口を抑えると、私は「詳しく説明を求めても、宜しいでしょうか」と、鬼神の顔色を伺いながら、今さっき出した低い声とは反対の、子供らしい高い声を出して尋ねる。鬼神は特に気に留めていないのか、頷くと静かに説明を始めた。



「元々、花嫁(生贄)を決めるのは俺ではない。其れは知っているだろう? 決める事が出来る権利を持つのは、人間と妖怪の双方の管理官……『月時雨』の者達のみとなっているんだ」



 鬼神の言う『月時雨』とは、人間と妖怪の双方を管理する者達の役職の事だ。人数はたった二名。妖怪から一名、人間から一名代表が選ばれる、謂わば國のトップ。鬼神に決める事が出来ないのは知っていた、それでも、立場はずっと上の筈だ。それなのに一体何故、権利がないのだろうか。

 疑問に思っていると、それも鬼神は説明してくれた、しかも私が尋ねる前に。権利がない理由は、力を一つの場所に集中させない為。つまり、鬼神に全ての権限を与えてしまった場合、この國は鬼神による独裁政治、独裁国家になってしまう。権力を其々に細かく分散させ、安定を図ろうというやり方のようだ。要するに、鬼神にはこの婚約を破棄する事が不可能なのだ。私がどんなに頼んでも、『月時雨』達が承諾をしない限り意味が無い。


 分かった瞬間、全身の力が抜けた。鬼神の前だと云うのに私は落胆し、ガックリと項垂れる。【平和な日常を過ごして生きていく】それが、今世での目標だった。なのに、現実は本当に残酷だと思う、前世だけじゃなく今世でも私は報われないのか。



「……そんな、じゃあ私はどうすれば?」


「諦める事だな」



 ばっさり切り捨てられたし……コイツには他者の境遇を憐れみ、同情する慈悲が無いのか。私は内心、“ 冷徹鬼神 ” なんて思いながら項垂れていた頭を上げ、相手に向かって鋭い視線を送る。けれど、鬼神の態度は相変わらずだ、悠然としていて冷静沈着。私を見下ろす目に宿るのは、深い闇を思わせる冷たく暗い光。

 自分の姿は『子供』だ。鬼神だって、態々子供を花嫁に貰うなどしたくはないだろう。もしかしたら、婚約破棄の要望が通って、直ぐに家族の元に帰れるかもしれない。なんて考えていた、でもそれは甘く浅はかな考えだった。



「……つまり、私にはもう帰る場所は無い、そう仰るのですか?」



 鬼神は何も答えない、黙って静かに此方を見つめるだけだ。“其れ”が、私の質問に対する答えとなる。優しかった家族の元に、もう私は戻る事か出来ない。僅かに見えかけた希望の光が、目の前で呆気なく、粉々に打ち砕かれる音が聞こえた気がした。



「婚約の儀式は無事に終了した。花嫁殿、今宵はゆっくり休むと良い……では、これにて失礼させて頂く」


「……」



 呆然としている私に掛けられたのは、暖かみを一切感じない鬼神の冷たい声と言葉だった。微かな衣擦れの音と共に、その場から鬼神の気配が消える。一人ポツンと残された私は、ぼんやりと部屋の中央で揺れる蝋燭の赤々とした灯りを、只ジッと見詰めていた。




 ***



「……神様って、本当に意地悪ね」



 これは単なる独り言だ。女中に案内された場所は、子供が使うには広すぎる部屋だった。天井に吊るされた冬桜の形を模した洋燈が、淡く優しい光を放っている。調度品は()れも造りが繊細な物ばかり、箪笥に鏡台、薄いレースのカーテンが引かれた華美な寝台等。鬼神の社は和のテイストなのだが、室内の家具は和の物だけでなく、西洋の文化を取り入れている。和洋折衷という奴だ。


 私は薄桃色の単衣を身に纏い、ふかふかした寝台の上に、大の字になって天井を見上げている。何もする気力が起きなかった、かと言って眠る気にもなれない。と、云うか眠れそうに無い。色んな事が一変に起きて、身体は疲れてクタクタの状態になっているのに、目だけが何故か冴えてしまっているからだ。


 カチ、カチ、カチ……規則正しいリズムを刻む振り子時計。今の時刻を確認しようと身体を起こしかけたが、ここの時計には、詳しい時刻が示されないのだと思い出した。普通の時計は長針と短針、秒針の三本で時間の流れを表す。けれど、この部屋にある時計は一本の針が『朝』か『夜』かを示すものとなっていて、正確な時刻を把握する事は出来い造りとなっていた。



「今の時間は『夜』……子供はとっくにオネンネをしている時間ね。けど、駄目だわ」



 寝よう寝ようと意識をすれば、余計に目が冴えてしまう。見た目は子供でも中身はアラサーな私、生前の残業時間や徹夜の最高記録はかなりのものだった。たった一晩眠らないのなんて、余裕すぎて涙が出てくる。



「……即効で婚約破棄をする、それは叶わなかった。けど、私は絶対に諦めたりしないわよ」



 弱気になっていたら駄目だ。私は大きく息を一つ吸い込むと、自分の両頬を思いっきり力を入れて引っ叩く。乾いた音が部屋に響いた。齢八歳の子供の力なんて、大した事無いだろうと考えていたが、結構痛かった。

 ジンジンと熱を帯びて痛む頰、ちょっと荒っぽい手段だが、自分自身に対して喝を入れるには十分だ。気合いが入ったところで、私は寝台から飛び降りると、部屋の灯りを消すスイッチを押しに歩き……って、あれ? そもそも、この部屋に【スイッチ】なんてあるのだろうか。

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