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鬼神様は花嫁を溺愛している  作者: 相模 仄華
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花嫁と鬼神の対面。【後編】

 畳の上に両の手をつき、深々と頭を下げる。かなり簡単に済ませてしまったが、礼儀を欠いた振る舞いはしていない……筈だ。鬼神に反抗し、婚約を破棄する為には油断は一切出来ない。最初から反抗する姿勢も考えたけど、それが鬼神の逆鱗に触れたら、間違いなく私の人生は御終いだ。



「…………」


「顔を上げろ」



 抑揚のない低い声。冷や汗をかいた両の手をギュっと握りしめ、私はゆっくりと伏せていた頭を上げる。蝋燭の炎は相変わらず不気味に揺れ、御簾越しに悠然と鎮座している相手の姿をぼんやりと照らしていた。相手を正面から見る形になった瞬間、私は自分の身体に電流が流れたような衝撃を受ける。

 鬼神と、はっきり目が合った。御簾越しでも分かるそれは、例えるならば硝子玉。冷たい無機質な光を宿しながらも澄んでいて曇りがない。鬼神の目は真っ直ぐに、逸らす事なく私を見つめていた。私は自然と背筋を伸ばし、奥歯を噛みしめる。


 額から頰にかけて、ツウっと汗が一筋流れ落ちた。私は身体が震えそうになるのを何とか堪え、負けじと鬼神の目をジッと見る。互いに目を逸らさずにいるが、会話は一切無く、静かな空間が完成した。顔を上げたのは良いが、そこから先に進む気配がない。どうすれば良いかと頭をフル回転させ、考えた時だった。



「……これはまた、随分と小さな花嫁が来たものだなァ」



 鬼神が口を開いた。驚きと呆れが混じった声音で、零すようにポツリと呟く。影がゆらりと大きく揺れたかと思えば、鬼神が立ち上がった。ゆったりとした足取りで近づき御簾を引き上げると、此方に向かって歩み寄る。



「……っ」



 目の前にあるのは鬼神の顔、鼻先と鼻先がくっついてしまいそうな程に距離が近い。後退りをしようと思えば簡単に出来るのに、何故か私は自分の身体が石になってしまったかのように硬直してしまい、その場から動く事が出来なくなってしまった。

 暗い影を帯びた緋色の目に、雪のように白い肌。夕闇色の髪は艶やかで癖一つ無く、少し羨ましい。こんなにも奇麗な者が存在するのだろうかと思った。



「……震えているな、俺の事が怖いか?」


「こ、怖くなど……ありません」



 御免なさい、めちゃくちゃ怖い。最早態度でバレバレだろうけど、本当に怖くて怖くて堪らない。(しかも、震えないように耐えていたのに結局駄目だった。)それでも私が、敢えて「怖くない」と言ったのは、「怖い」と口に出してしまったら、相手との会話が二度と成立しないと思ったからだ。態度で分かってしまったとしても、自分自身ではその事実を絶対に認めたりしない。


 鬼神の目を真っ直ぐに見て、私はもう一度「怖くないです」と伝える。すると、鬼神の緋色の目が少し大きく見開かれた。硝子玉のような目に一瞬だけ見えた感情、それは多分【驚き】。鬼神は数歩後ろに下がり、私との距離を取ると畳の上にドサっと腰を下ろす。緩く胡座をかき、膝の上に頬杖をつけば、鬼神は一つ大きな溜息を吐いた。



「嘘をつくのが下手だな、娘。本当は怯えているのだろう? 何せ……俺は鬼神。皆が恐れ(おのの)く鬼なのだからなァ」



 額に生えた一本の黒い角を指差して、鬼神は口の端を釣り上げる。蠱惑的な笑みに反して、口調は淡々としたものだったが、“鬼だから”の部分だけをやけに強調していて、何故か分からないが、その態度は態と自分の存在を私に恐れさせようとしているように思えた。そう考えると、不思議な事に鬼神が見せた笑みも、紙に描き貼り付けた薄っぺらな笑みに見えてくる。先程まで感じた恐怖が少し薄らぐと同時に、私は立ち上がると、自ら鬼神との距離を詰めた。



「……そうですね。嘘偽る事なく本音を言えば、怖いです」


「ならば、何故近づく?」


「お願いが有ります。鬼神様」



 声が微かに震えた。恐怖は薄らいだだけで、消えたわけじゃない。言うならば、タイミングは今……ここまで来てしまったらもう後には引けなかった。心臓がドクドクと早鐘を打ち、鬼神にも心音が聞こえてしまうのではないかと思ってしまう。鬼神は私が距離を詰めても微動だにせず、蝋燭の灯りに照らされた緋色の目だけが冷たく揺れている。



「……私との婚約を、どうか破棄して下さいませ」



 とうとう言ってしまった。本来考えていた嫌われる為の作戦を華麗にすっ飛ばして、本題に入ってしまった。その瞬間、部屋全体が凍りついたかのように冷たくなる。それは沈黙とも、静寂ともまるで違った。全ての音や振動さえも消え、テレビの画面をリモコンで一時停止でもしたみたいな感じ。切り取られた一部の場面、そんな表現が似合うだろうか。


 すると突然、ヒュウっと冷たい風が一陣吹き、蝋燭の炎が消されてしまった。唯一の灯りが消え暗闇に包まれると、闇に視界が慣れていない私の眼に映るものは何もない。鬼神の姿も、何も見えなくなってしまった。



「……! 」


「“婚約の破棄”、それはそれは驚いた。まさか、人間の小娘の口からそのような言葉を発せられるとは……」



 なんと愉快な事だ、そう言って鬼神はケラケラと笑い声を上げる。暗闇の中に響く笑い声はあまりにも恐ろしく、狂っているのかと相手を疑った。私は足が竦んでしまい、その場にぺたんと座り込んでしまう。

 ゆらり、音もなく静かに蝋燭の炎が再び蘇った。部屋が明るくなると、腹を抱えて笑う鬼神の姿がある。一頻り笑った後、鬼神は緋色の目を私に向けた。



「あぁ可笑しかった。さて、話を戻そう……婚約の破棄だったか?」



 伸びる黒い影は二つ。一つは小さな子供の影、もう一つは私とは違う異形(鬼神)の影。冷たい硝子玉を連想させる空虚な目は私の姿を捉えて離さなく、形の整った薄い唇には奇麗すぎる笑みを浮かべているのに、その目だけは全く笑っていなかった。

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