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鬼神様は花嫁を溺愛している  作者: 相模 仄華
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花嫁と鬼神の対面。【前編】

 緊張してきた。前を歩く藍丸の後ろに続く形で、私は鬼神が待つ部屋へと向かう。広くて長い廊下を一歩一歩と歩く度に、壁に掛けられている蝋燭に次々と火が燈った。驚いた私は「うひゃっ!?」なんて、本日二度目の変な声を上げてしまう。藍丸は私の反応を特に気にする様子もなく、慣れているのか二股に裂けた尻尾をゆらゆらと揺らしながら先導していた。


 中の様子を言葉に表すならば、正に豪華絢爛(ごうかけんらん)。大きな鳥が翼を広げた金の置物に、龍が天に昇っていく様子を描いた天井絵。目に入るもの全てに惹かれたが、私が一番心を奪われたのは硝子を削って作られた蝶飾りだった。蝋燭の灯に反射して、キラキラと淡い光を放っている。奇麗だと思い、足を止めて魅入ってしまった。



「その蝶を気に入ったようですね」



 背後から掛けてきた声の主は藍丸だ。私は彼の言葉に対して素直に頷くと、蝶をジッと見つめる。薄い羽を広げている姿、空に飛び立つ瞬間を形にしたのだろうか……とても繊細な造りで、まるで本物みたい。



「でしたら……この蝶にも、我らが主に花嫁様が来た事を祝ってもらいましょうか」



 そう言うと彼は、天鵞絨色の瞳を悪戯っぽく細めて微笑い、蝶に手を添える。すると、ただの飾りだった蝶がピクっと足を動かしたのだ。命を吹き込まれた硝子の蝶は、数回羽をはためかせる仕草をすると、ヒラヒラと私の周りを飛び回り始める。



「…………! ら、藍丸。これはどうやって……」


「それは秘密です。話してしまうと、面白くなくなってしまうでしょう?」



 くくっと喉の奥で笑い、彼は人差し指を立てる。蝶は藍丸に吸い寄せられるように指に止まれば、その羽をゆっくりと閉じた。確かに、仕組みを話してしまえば面白くないかもしれない。けれど、物に命を吹き込むなんて芸当は普通なら不可能だ。


 ここに来て、まだ数分しか経っていないがつくづく思い知らされる。自分が住んでいた世界とは別世界、そんな場所に来てしまった事を。ふと、私は襖に描かれた絵に目がいった。牙を見せて獲物を狙う白虎の絵が描かれている。獣の姿絵が中心だったが、中には鬼の姿を描いた絵も数枚あった。しかし、どの鬼も悲惨な死に姿の物ばかり。

 鬼神が住む御社ならば、鬼の絵もこの様に悲惨な姿で無くても良い筈だ。もっと勇ましく、堂々とした姿の方が雰囲気もあるし、映える気がするのに少し勿体無い。態々自分(鬼神)が傷ついている姿の絵を選ぶなんて、なんだか変わっている。



「そろそろ、先に参りましょうか。」


「……えぇ、そうね。鬼神様を待たせてしまうし」


「その事なのですが、花嫁様。本来ならば、すぐに鬼神様と御対面なのですけれど……花嫁様の御召し物と御化粧を直した方が良さそうですね」



 再び私の前を歩き出した彼、これから鬼神との対面かと思っていたが、出てきた台詞は予想外のものだった。けれど、藍丸の台詞には私も同意する。着物の裾は引き摺ってしまった為、白い生地には土汚れが付いていた。顔に施されていた化粧も、汗で落ちて酷い事になっているというのは容易に想像できる。


 正直言って、少しホッとした。いきなり鬼神と対面をするのは怖かったし、身なりを整える時間があるなら覚悟を決められる。婚約を破棄するという決心が、揺らいだ訳じゃない。ただ、相手は鬼神だ。油断をしたら命取りになるかもしれない。時間があるなら、それを有効に使って作戦を練り直せる。



「此方の御部屋です。女中が中におります故、後の事はお任せください」


「わかったわ。ありがとう、藍丸」



 案内された部屋の前で藍丸と別れ、赤椿の花が描かれた襖に手を掛けた。女中が中にいると言っていたが、どんな妖怪が待ち構えているのだろう。一つ大きく息を吐くと、私は勢いよく襖を開けた。



「……あ、あら?」



 中にいたのは一人の少女だった、年齢は恐らく十代後半。香色の髪を肩の位置で切り揃えていて、パッチリとした目が愛らしい。彼女は私の姿を見ると、ニッコリ笑った。



「……花嫁様で御座いますね、あたくしは鬼神様の元で、女中として働いております。御召し物と、御化粧直しを藍丸様より任されました」



 丁寧に頭を下げ、自分が任された役割を話す女中の少女。最初に私の姿を見た時、一瞬だけだったが、少し驚いたように目を開いていた。まあ、それは無理もない。花嫁になる人物が齢八歳の少女だなんて、驚かない方が難しい話だ。


 それからは早かった。汚れた白無垢の代わりに私が羽織ったのは、桜の花が刺繍された白の着物だった。綿帽子も新しい物が用意されていて、化粧直しも顔にしていた白粉はせずに紅だけを付け直す。鏡台で姿を確認したら、まるで別人だった。



「……凄い」


「そう言って頂けて光栄です。さぁ、花嫁様、いよいよ鬼神様との御対面です。」



 女中は私の支度を整えた後、隣の襖を音も無く開け、奥の部屋に通した。その部屋には明かりがなく、一本の蝋燭のみが置かれている。言われるがままに部屋に入ると、私は畳の上に正座した。対峙する形になり、境界線のように引かれた御簾の中には人が一人。ぼんやりと映る影は大きく、炎の灯りに揺れ、伸びたり縮んだりしている。其処に居る人物が鬼神だと一目で分かった。



「……鬼神様、私は花奏と申します。今宵貴方様の花嫁となるべく、参りました」

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