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鬼神様は花嫁を溺愛している  作者: 相模 仄華
3/8

花嫁、参られました。

「……これ、無理じゃね?」



 子供の身体で、果てし無く続く長い石段を上りきるのは無理な気がする。と、言うより無理だ、断言出来る。若々しい身体は体力があるから大丈夫と、心の隅にそんな事を呑気に考えている自分がいたが、思っていた以上にハードだった。本当に自分を阿呆だと思う。今階段を何段まで上ってきたのかは見たくない。

 けれど、怖いもの見たさだろうか……見たくないけど、ちょっと気になってしまう。ゴクリと生唾を飲み込めば、私は思い切って後ろを振り返って見た。



「…………わあ、高い」



 本気で見なければよかった。怖いもの見たさで見てしまった事を後悔をした。時折吹いてくる風が私の頰を撫で、身体がビクッと震える。微妙に生暖かい風に「ひょわっ!?」と、変な声を出してしまった。一瞬だけしか見ていないからあくまで予想だけど、階段はまだ半分も上っていないだろう。


 それでも階段下からは、私が駕籠で乗って来た道のりや、住んでいた街全体を見渡す事が出来た。建物一つ一つが小さく、まるでミニチュアのジオラマを見ている感覚だったが、現実に戻ろう。街全体を見渡せるということは、それだけ私は高い段数を上ったことになる。

 断じて高所恐怖症という訳ではない、冷たい風が吹いた訳でもない。だが、自分の背筋にゾワっと冷たい何かが走った。私は自分で自分の両肩を抱くと、今見た光景を忘れる為に首をブンブン横に振る。目には何故か涙の膜がジワリと張り、情けないことにその場に蹲ったまま動けなくなってしまった。普通に怖い光景だったし、社畜だった前世よりある意味過酷な気がする。



「……帰りたい」



 花嫁なんて所詮、華やかな言葉に変えているだけの生贄だ。この儀式に、一体なんの意味があるというのだろう。私は大きな溜息を吐くと、袖で涙を乱暴に拭い、目の前にある階段を再びゆっくりと上り出した。

 一歩、また一歩、足を動かす度に体力がじわじわと削られていく。額には汗が浮かび、頰から顎に向かって流れてきた。着物の裾が長いからズルズル引きずってしまい、白い生地が薄っすらと汚れてしまう。私はこれ以上着物が汚れないように裾を手繰(たく)し上げた。


 綺麗な着物が台無しになってしまうのは、ちょっと勿体無い。カラン、コロン、永遠にに続くのではないかと思うくらい長い石段を上り続ける。不規則な下駄の音だけが響き、段々意識が朦朧としてきた私は足をピタリと止めた。頭に被っていた綿帽子を外すと、無言で地面に叩きつけ、履いていた下駄を脱ぎ捨てる。自分の行動が可笑しいと、頭ではわかっていたのだが無性に腹が立った。



「何で私が、こんな目に遭わないといけないのよっ!社畜から解放されたと思えば、今度は生贄って……人生最悪よっ!」


「本当不憫ですよねェ。まだ貴女は御若いのに、とても可哀想です」


「…………え?」



 綿帽子を何度も地面に叩きつける。それが引き金にでもなったかのように、私は烈火の如く暴れ、大きな声で叫んでしまった。自分がこんな風に大声を上げる人間だったとは知らなかった。やめないといけないのに、自分で自分が抑えられない。只管に暴れていた。

 すると、頭上から声が聞こえてきた。我に返った私は綿帽子を振り上げていた手を下ろす。丁寧な言葉遣いと台詞に合わず口調はどこか挑発的で飄々としている。ここに私以外の人はいない筈だ。冷や汗が額からツーっと一筋流れ、私は顔を上げる事が出来ずにいる。



「花嫁様、で御座いますね?顔を上げてくださいませ」


「…………」



 目の前にいる相手が誰だか知らないが、何となく人ではない存在だと思った。恐る恐る顔を上げ、私は相手を見る。



「御初に御目にかかります、花嫁様。(わたくし)は鬼神様に御仕えする式の、藍丸と申します。」



 藍丸と名乗った青年は、パッと見ただけだと私と変わらない人間に見えた。頭に生えている、三角に尖った二つの獣の耳に、後ろからゆらゆら揺れている二股に裂けた尻尾さえなければ……矢張り人間ではないようだ。

 恭しく胸元に手を当てお辞儀をし、天鵞絨(びろーど)色の瞳を細めて笑う。流れるような仕草がとても優雅で、私は少し魅入ってしまった。


 自己紹介の際に、彼は鬼神に仕えていると言っていたが、態々ここまで迎えに来てくれたのだろうか? ちょっと気になったので、藍丸に聞いてみようと私は閉じていた口を開きかける。すると藍丸は口の端を上げ、その場から一歩下がれば私の足元に跪いた。



「ようこそ、花嫁様。我が主が貴女をお待ちです」



 台詞と共に、身体が大量の桜の花弁に包まれた。何処から現れたのか分からない無数の花弁に溺れてしまいそうになり、驚いた私は着物の袖で顔を覆う。何千基もあった鳥居が一瞬で消えてしまい、代わりに目の前に現れたのは神社だった。


 境内に降り注ぐ、静謐(せいひつ)な月明かり。振り返って見ると、いつの間にか石段を上り終えていた。五分前までは、半分も上っていなかったのに、私が不思議そうに周りをキョロキョロ見回していると、藍丸は私が何を聞きたいのかを分かっていたのか、直ぐに答えてくれた。



「ここの階段は気紛れな性格なので御座います。段数が勝手に増えたり減ったり……驚かれました?」


「……そ、そうなんだ」



 驚きはどちらかと言えば、階段の事よりも私の考えを読む藍丸に対しての方が大きいかもしれない。砂利が敷き詰められた境内に私と藍丸以外の姿はなく、とても静かな場所だった。彼に案内され歩き出した時、私は自分の足に下駄がある事に気づく。暴れた際に投げ出し筈だが、深く考えない事にした。いよいよ鬼神との対面、作戦を実行するタイミングは、その時だ。

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