錬成
吹華に乗った印象はその操縦性の良さだった。賛華は少々癖が強いきらいがあるんだとこの時初めて知った。賛華は大面積の四枚プロペラにとって推力を得ていたから、当然ながらエンジンのトルクももろに受けることになっていた。水平飛行時には自動でトルクを打ち消すように尾翼を動かしているのだが、いざ機体を動かそうと思うとトルクによって機体が傾いたり、故意にバランスを崩すことで容易に旋回出来たりもした。
しかし、それは当然リスクも伴った。バランスが崩れているのだから、うまくバランスを取らなければ最悪、墜落や空中分解もありえた。それに対して吹華は大面積三枚プロペラを二重に持つ二重反転形式を採用しており、トルクの大部分をこの二重反転で打ち消すことに成功していた。
そのため、その操縦性は非常に素直で、練習機や後のタービン戦闘機にも引けを取らなかった。唯一難点があるとすれば、一部に油圧サーボによる補助が入るとはいえ、操縦系統は基本的に手動のため、かなり重かったことだろう。
ただ、その重さは賛華と大差がある訳ではなく、慣れるのは容易だった。私は賛華のトルクとの格闘に悩まされていた口なので吹華の操縦性は非常に好印象だったのだが、ベテランの中には賛華の癖を利用した旋回を多用している人も居り、吹華への評価が一様に良かったわけではない。
「賛華は戦闘機として優れていたが、吹華は癖のない飛行機だ。癖がないというのは戦闘機としては非常にやりづらい」
そのように言うものが居たことも事実だった。
しかし、そうは言っても時速900kmという速度を出せるわが国唯一の機体だったので、迎撃機としては他に替えることが出来なかった。
そして、吹華のもう一つの難点はそのレーダーだった。
当時は未だ真空管の時代であり、湿度や加速度によって良く故障していた。高性能、高信頼性という触れ込みで輸入されていた真空管はしかし、我が国の多湿な環境には適応していなかったらしく、レーダーが使えないのは日常という事がしばらく続くこととなった。
転換訓練の際にはそもそもレーダーの使用は必要ないので国産の改良型真空管が出来るまでの間、多少の不便はあったが、私などは機体に慣れることに精いっぱいで、レーダーの操作や計器接敵などと言われても余裕が無かったので助かっていた。
それでも機体の機嫌を見ながらレーダー操作も習得していくことになった。
賛華のレーダーは夜間、接敵した際に距離を測る程度の利用しかできなかった。夜間接敵の場合、どうしても射距離をつかむのが難しい。見えるのはシルエットとエンジン排気程度であり、市街地上空ならいざ知らず、侵入阻止という状況になれば、月明かりや星明りしか頼るものが無く、エンジン排気炎に幻惑されて距離を見誤る事はよく起きていた。
賛華の機関砲の射程が一般的な防御機銃よりも射程が長いとはいえ、時速700kmも出ていれば、相手の速度次第では火線に飛び込むことなど避けられなかったし、訓練においても衝突の危険が付きまとった。
賛華のレーダーというのはそのような場合に、相手との距離を測る道具という見方をしており、索敵に使えるようなシロモノでは当然なかった。
そのため、管制誘導の訓練においても、目視発見が主で、レーダーは一応使っている程度だったのだが、吹華の場合、レーダーによる発見が主となる。
ただ、これには管制指示と、誘導される機体側のレーダー方位が一致していなければならず、管制側の練度も要求されるものだった。
何とか国産の故障が少ない真空管が搭載されるようになると、管制と機体側が一体となって動く訓練が始まった。
当然ながらいきなり上手くいくはずもなく、当時の捜査範囲の狭いレーダーでは、全く画面に映らないのに目視発見できてしまうようなこともあった。
こうした時には、管制の方位の指示か、機体側の方位の確認が悪く、レーダーの捜査範囲から目標が逸脱している事が多かった。稀に、レーダーが故障していたこともあったが、まだまだ笑い話で片付けられていた。
この時、我々が受領した吹華は未だ試作段階と変わらないレーダーが積まれた初期型であり、後にアンテナを可動させて捜査範囲を大幅に広げることになるのだが、捜査範囲こそ広がるものの、そのためのアンテナの稼働はコクピットにある計器盤から行うため、目視警戒が疎かになるというオマケが付いて回った。
この欠点が解消されるのは、2名搭乗型のタービン戦闘機が登場するまで待たなければいけなかった。
こうして試験と錬成を終えた我々の中で半数は北部へと転出し、そこでの吹華部隊の錬成に励むこととなり、残された我々は実際に中部での実戦配備に就くこととなった。