航空祭 4
飛行を終えた吹華が滑走路へと戻ってくる。その姿は現役時代と変わらず、今すぐ任務に就けるようにも思えてしまう。
しかし、機体の疲労や対象機の性能を考えればそうもいかないことは分かっている。今や旅客機すらタービンエンジンを積み吹華の最高速度に迫るほどの高速で飛行している。
すでに吹華が任務に就ける状況ではない。
吹華は綺麗な姿勢で着陸を行い減速するとゆっくりエプロンへと機首を向けた。
遠くにあった爆音が次第に大きくなり、最後には観客たちが耳をふさぐまでになっている。
そしてふいに爆音が止み、風防が開かれた。そこへ整備員が駆け寄り機体の点検に入るもの、搭乗者の手助けをするもの。そうした動きがよどみなく行われている。
私はステージからそれを眺め、促されてステージから降りて行く。
「無事、連れ帰りましたよ隊長」
搭乗員が私に冗談を言う。彼も今や立派な幹部将校なのだが、それ以前に最後の吹華部隊の新人であった。
吹華が引退して20余年、今や吹華を飛ばせる人材は少ない。こうして航空祭で飛行させるためにも今後の育成もして行かないとならないが、それは彼らの仕事である。私は既にその場にはいないのだから。
「何、君なら安心して任せられるよ。ゲートガードなどではなく、いつまでも吹華が飛んでいられるようにこれからもよろしく頼む」
「任せてください」という彼の声を聞いて安心するとともに、何やら長年の肩の荷が下りた思いがしたのは気のせいではないだろう。
吹華は今や伝説の名機と呼ばれたりもしている機体だけに見学者は後を絶たない。実戦と呼べるものをほとんど経験することなく引退したにもかかわらず、なぜか実戦で活躍した賛華や後のタービン機よりも多くの映画や物語の題材とされている。
それは、私が経験したあの事件が大きいのかもしれない。
事件の内容は機密とされ、ごく最近まで公開されなかったが、事件の事実は周知されており、事件後すぐからツポレフ事件と名付けられ、多くの小説が書かれている。事件の真相に迫るという内容の物、架空戦記としてさらに大きな大戦争へと話を発展させたもの。内容は様々あるが、そのどれもが、吹華を輝ける名機として描いている。
実際の我々はそんなきらびやかな物語とは対極にいたと言って良い。いつも変わらない日常。繊細なエンジンや電子機器、後には新たに装備されたミサイルという未知の道具の戦術を手探りで編み出すようなこともやった。
今にして思えば、それこそ輝いた記憶と言えなくもないが、現場で事にあたっている時はそんな余裕すらなかったように思う。
ただ、そんな苦労があったからこそ今があるのだろう。撃墜マークが施された機体を見上げ、見学者たちと言葉を交わす。
現役時代には考えられなかったことで、ようやく今、吹華に光が当たっている。私にはそう思えてならなかった。