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侵食


人間というのは随分と都合の良いものらしい。"あんな非日常"を体験したにも関わらず、数日も経つと不安や警戒心は薄れ、1週間以上経った今では、夜に出歩く事すら間々ある。


そういえば、人間の脳っていうのは自身のストレスになるような記憶は優先的に消していくような話をテレビか何かで観た気がする。それが本当なら脳の献身に感謝しなくては。


「ありがとう。僕の脳」


微妙に自画自賛とも言えなくもない。


「何言ってんだ?お前」


「え?」


突然に右から聞こえてきた馴染みのある声に、急速に意識が浮上する。


「あれ、春介?」


「おう」


顔を向けると、そこには春介がいた。どうやら声に出ていたらしい。


「というか春介。今は4限目の授業中なんだから、勝手に席を立ったりしたら駄目だろう?良い子だから早く席にお戻り」



「俺はガキか!ていうかお前、周り見てみろよ。もう昼休みだ。頭も悪かったのに、とうとう目まで駄目になったか?」


そう言われて改めて見回してみると、確かに、皆んな机を並べたり学食へ行こうなどと話をしている姿も見える。成る程、4限目が僕の苦手な数学の授業だった事を差し引いても、意識を彼方に飛ばし過ぎかもしれない。



「い、いやぁ。ちょっと考え込んじゃってさぁ。全く気付かなかった」


「さっきの気持ち悪りぃ発言からして、相当アホみたいな事を考えていたというのは分かるが、どうせ考えるならどうしたら自分の頭が良くなるのかを考えろ」


「いやだなぁ、春介。そんな事を授業中に考えていたらそれこそ馬鹿じゃないか。馬鹿だなぁ、春介は」


「それをお前が言うかよ!ようし、分かった!一発ブン殴って良いか?良いよな?」


いつものセリフを繰り出す春介をまぁまぁと宥める。本当に、律儀に返してくれる奴だ。


「じゃあ、昼いく?学食ほどじゃないけど購買も混んじゃうし」


僕等は、昼は大体購買で買って屋上で食べている。学食はメニューも豊富で味も美味しいのだが、やはりそれだけあってかなり混む。その混み具合が購買の比じゃないので、僕等……というか僕はあまり行きたいとは思わなかった。幸い春介も昼をパパッと済ませるタイプなので丁度良かった。


「そうだな、そうするか」


「おっと!私達を忘れてもらっては困るよ!男達!」


「はいはい、忘れてない忘れてない。じゃあ行こうか。"成瀬さん"」


「ええ、行きましょう」


そう。あれからも変わらず成瀬さんは、僕達3人と一緒にお昼を食べていた。秘密がバレてしまったから、学校を辞めた……とかそんなことがあるのではないだろうか。とか考えてしまう僕は、成瀬さんの言っていた通り映画や漫画の読みすぎだろうか。



「ちょっと!なんか私に対しての扱いが成瀬さんと違う気がするよ!?端的に言うと雑だよ!」


後ろから聞こえる、少し拗ねたような声に何故か可笑しさを感じる。


「はいはい。ほら、早くしないと置いて行くよ鐘月」


「まったくもぉ!」



後ろを向くと、むくれ顔の鐘月が追いかけて来ていた。そして ーーー



ーーー"視界がブレた"。



追いかけて来ている鐘月が"追い縋っているように" 、そのむくれ顔には"悲痛な面持ち"が重なって視える。


息が詰まりそうになった。呼吸は上手く出来ない。酷い焦燥感だけが募っていく。背景は、此処ではない何処かに染まっていく。


直感的に理解出来た。これは、"侵食"のようなものだ。



待ってくれ……。駄目だ!よく分からないけど、これは駄目だ!



いくら叫ぼうにも、声には出ない。身体も動かず、出来るのは思考する事だけ。そうしている間にも、"侵食"は進む。背景は、何処か見たことのあるような裏路地になっていき、そうしてそれに終わりが見え始めた頃、それは止まり、一瞬にして消えた。


「照夜!?」


「ちよっと照夜!大丈夫!?」


鐘月が此方に駆け寄って来た。その顔には、今しがた視たものと似た表情を浮かべている。春介も焦ったような表情だ。


そんな鐘月達に、大丈夫だ。と声を掛けようとして、自分の状態に気付く。


膝が崩れていた。息も絶え絶えになり、全身には汗が流れている。心臓の音は煩く響き、しばらく治りそうもない。だけど、あんな訳の分からない事を説明して心配はかけられない。自然と溢れ出していた生唾を飲み下し、何事も無かったように立ち上がる。


「ご、ごめんごめん。ちょっと貧血っぽいのをおこしただけだから気にしないで」



「本当か?……全く、それなら良いけどよ。お前、鐘月の方を向いたと思ったら、いきなり膝をつきだしたから驚いたぜ」


「もう、本当だよ!私のことを見たら貧血を起こすって、どれだけ失礼なのさ!」



あれってそんな一瞬の事だったんだ。僕には長い間に感じられたのに。


そんな事態に軽くパニックしかけるが、そんな内心はおくびにも出さないように気を付け、空気に従うように、笑って誤魔化した。



「まぁ、僕はこの通り大丈夫。ごめんね、心配かけて。早く屋上でお昼食べようか」


「……そうだな。なら早く食いにいこうぜ!腹が減ってしょうがねぇし」


「フッフッフッ。実は今日は、私オリジナルのラーメン弁当を持ってきているのだよ〜」


「おいおい、なんだぁそりゃ……。名前聞いただけでもワクワクが止まらなくなるじゃねぇかよ!」


そんな様子の僕を見てか、一応は安心してくれたらしい2人は、屋上への階段を上っていく。



え、てかラーメン弁当って何?凄い気になるんだけど。



詳細を聞こうと、2人を追いかけようとしたが、右腕が掴まれる感触に思わずよろける。右腕の方を見ると、何故か成瀬さんが僕の腕を掴んでいた。その表情は、成瀬さんにしては珍しく何かを言い淀んでいるようだった。



「成瀬さん?えーと、どうしたの?」


僕のその言葉に、成瀬さんは弾けるように手と顔を背けると、「いいえ、私は大丈夫よ」と微妙に答えになっていない言葉を口にし、足早に屋上への階段を上っていった。



その後の昼食では、成瀬さんはずっと何かを考え込んでいるようで、話をしていても、返答らしい返答は返ってこなかった。











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