渦巻く思考
次の日の朝の通学路。青空の広がる良い天気とは裏腹に昨日の事の所為で、僕の頭の中はグルグルと思考が重く渦巻いていた。
昨日成瀬さんと別れた後、春介達とラーメン屋で待ち合わせをしていたのを思い出し、春介に電話を入れたがもう成瀬さんから連絡が入っていたらしく、歩いている途中で急に体調の悪くなった成瀬さんを僕が家まで送っていき、そのせいで顔を出せなかった。ということになっていた。
その事に関しては、まぁ上手く誤魔化せたのならそれで良いと思う。まさかあんな話を春介達にする訳にもいかないし。それより、だ。
「異能力……か」
昨日は話を受け入れられたけど、よくよく考えるとあの化け物一つとってみても訳が分からないのに、異能力とまできて、挙げ句の果てには僕にもその異能力というのが宿っているという。その事について一晩考えてみたが、その結果が今の現状であった。
「1人じゃ堂々巡りになるのは分かってるけど、考えずにはいられないし」
それに、何で成瀬さんはあそこで話すのを止めてしまったのだろう。何か不味い事でも言ったのだろうか。それとも、あそこで話を切り上げなきゃいけない理由があったのか。
何れにせよ、こういった答えが出ない事を考えても仕方がないか……。
思わず空を仰ぐ。
「空が綺麗だなぁ、まるで夏みたいな青さだよ。今日は」
半ば現実逃避じみているが、これは必要なな事だと言い聞かせる。すると、視界の端で僕が良く知る人物が通り過ぎた気がした。
自然と視線で追うと、それは悩みの種を見事に作ってくれた成瀬さんその人であった。
「成瀬さん!」
「……何かしら?」
思わず、といった形で呼び止めてしまったが、此方に振り向いて返事をしてくれた成瀬さんを見て少し安心した。もしかしたら、声を掛けても返事をしてくれないのではないのかと思ったからだ。
「その、昨日はなんで話を途中で止めたの?」
丁度考えていた率直な疑問をぶつける。
「貴方には早かった。今の状態で話をしても混乱するでしょうし。それに危険だわ」
「危険ってそんな、話1つで何を……」
「あら、人間の武器よ?『話す』ということは。会話で人をある程度操る事の出来る人だっているのだし、それによって人を殺すなんて事をする人だっているわ」
「話をすり替えないでくれないか?今はそんな話をしていないじゃないか」
「ええ、そうね」
成瀬さんは肩を竦めながらそう言った。その仕草はまるで馬鹿にされているかのようでーーー
少しだけ……腹が立った。
そういうつもりなら、自力で答えに辿り着いてみせるさ。
何故、いきなりこういう気持ちが出て来たのかは分からない。成瀬さんが来てから、何もかもが乱されっぱなしだ。
それはともかく、成瀬さんが何を考えているのかさっぱり分からない。それに貴方にはまだ早いってどういうことなんだ?思い出せ。昨日、成瀬さんは何て言っていた?
昨夜は働かなかった頭が何故か今は冴える。というより、自分がこんなにもすぐ熱くなるような人間だとは。そんな余計な思考は排斥し、考える。
幾つか引っかかりを覚えた中で、1つ強烈に引っかかりを覚えたものがあった。そう、成瀬さんはあの時、僕に『まだ一般人』だと言っていた。そう、『まだ』だ。ということは、僕には異能力を持っている可能性がある?いや、可能性があるというだけであんな話はしないだろう。それに、それは話を途中で切った理由にはならない。ならーーー
「僕の中には……異能ーーー
その先を続けようとして、
「あ、あれ?」
しかし、その先の言葉は続かない。何を言おうとしていたのかを忘れてしまっていた。ド忘れしたかのように。あまりに自然に、違和感などカケラも無かった。
そんな狼狽する僕を見て、成瀬さんは何を思ったのか、
「無理に引き出そうとしなくていいわ。大丈夫よ、そのうち貴方にも話す事になるかもしれないのだし。それじゃあまた教室でね」
「え!?ちょっ!」
心なしか今までよりも優しい声音でそう言うと、僕の制止など聞こえていないかのように、そのまま行ってしまう。しかも早歩きでだ。これは、これ以上何も聞くなということなのだろうか。
「ーーーまぁ、いいか。」
走れば成瀬さんの背中に追いつく事は出来る。だけど僕は、成瀬さんの去り際に見せた優しい表情が頭に焼き付いていた所為で、直ぐにその場を動くことは出来なかった。
それから、あの夜の出来事についてを僕から成瀬さんに問い掛けるということは一切しなかった。確かに疑問も不安も尽きない事ではあったが、1週間程経った今、あの夜の出来事自体が何かの間違いであったのでは無いかと思うようになっていたのだ。
ともあれ、以前と変わらない日常を僕は過ごしていた。いや、
以前と変わらない"はず"の日常を過ごしていた。その強固だった筈の殻には、もうとっくに大きな穴が空いてしまっているのにも関わらず、僕にはもう関係のない事だから。その殻に決して穴など空くはずがないのだからと目を瞑る。
だからこそ、その穴から溢れ出している淀みに気付かない。もうそれは、取り返しのつかない所にまで来ているのだと。
そのことに僕が気づいたのは、それからさらに数日後の事だった。