新しい友人
翌日の昼休み、僕と春介は屋上へと鐘月にメールで呼び出されていた。何でも昨日の延長で話があるとの事で、扉の近くにあるベンチに座って待っているのだけどーー
「……遅いね」
「ああ、遅いな…あと15分位で昼休み終わっちまうぞ」
僕に同意を示す春介は、スマホ(スマートフォン)で時間を確認するとそう言った。
「行けないって連絡入ってる訳でもねぇしなー」
僕もスマホを確認してみるが、どうやら連絡がきた様子はない。
「そうだね……うん、やっぱり僕にも連絡はないみたいだ」
「ーったく、貴重な昼休みに人を待たせて何してやがんだ?鐘月は」
そうして話しをしていると突然屋上の扉が勢いよく開き、中から人が飛び出して来た。その人物は僕達を見つけると、此方に駆け寄って来る。
「ゴメン!遅くなっちゃって!」
息を少し乱しながらそう言ってきたのは、僕らの待ち人である鐘月だった。
「遅えよ鐘月、呼び出したのお前だぞ?」
「本当にゴメン!いやぁ、口説くのに手間取っちゃってさぁ」
「え、ちょっと待って。口説くって何?それってーー」
どういうこと、と繋げようとして僕は失敗した。何故なら、
「何を言っているんですか鐘月さん。あれはどちらかと言えば脅迫でしょう?」
転校生の"成瀬さん"が、此方に向かって歩いて来ていたのに気付いたからだ。
「違うよ成瀬さん!あれは任意同行だよ!」
「それもどうかと思いますが。どのみち間違ってはいないでしょう?私が行かないと、毎日昼休みの間片時も離れず私を誘い続けると言うんですから。これを脅迫と言わず何と言うのですか?」
「うぐっ…そ、それよりも何で2人は口開けたまま固まってるの?」
副音声で助けて!と聞こえてきそうな鐘月の言葉で、呆然としていた僕達の意識が戻る。
「お、おい鐘月。お前、成瀬と知り合いだったのか?」
「そ、そうだね。確かに何で鐘月と成瀬さんが?」
成瀬さんの登場で混乱していた頭で、僕らはどうにかそれを口にした。
「鐘月さんには、私が昨日迷っている所を職員室へと案内して頂いたのです。改めまして昨日はありがとうございました。」
「この子!なんて綺麗なおじぎをするの!?じゃなくて、そんな事で頭なんて下げなくていいよ成瀬さん!」
成瀬さんが綺麗なまでの礼をすると、照れているのか、鐘月は慌てふためいた。
それにしても成瀬さん、凄く律儀な人なのかも知れない。こうして話しを聞いていると、良い人のようだし。
でもだとしたら、成瀬さんと目が合った時に感じた、あの感覚はなんだろう。あの深く冷たく…感情はおろか、誰の姿をも映していないような、恐ろしい感覚。そう、それはまるでーー
そこまで考えた所で、肩を叩かれる感覚を覚える。
「ーーん?」
「ん?じゃねぇだろ?お前話聞いてたか?」
周りを見ると、3人が僕を見ていた。
「ゴ、ゴメン。聞いてなかった」
僕のその言葉に春介はため息を吐く。
「だからな、お前と成瀬が"友達"になるって話だよ」
「……へ?」
一瞬思考が追い付かなかった。
僕と成瀬さんが?何で?どうしてそういう話にーーそこで、唐突に嫌な予感が頭を巡る。
「昨日の話の延長でって、そういう事かよ!?」
「おう!?いきなりどしたの照夜?」
「どうしたもこうしたも無いよ!もしかして、僕と友達にする為にわざわざ成瀬さんを呼んだの!?」
「おふこーす!その為に呼んだのです!」
グッ!と親指を立てて、満足気にそう言う鐘月だが、僕にとっては不満しかない。
全く、こういう事になるから僕は鐘月には話したくなかったんだけど……。しかもタチが悪い事に、完全に善意でやっているから怒りにくいったらありゃしない。
だけど、それに巻き込まれる成瀬さんにとっては迷惑以外のなにものでも無いだろう。経緯はどうあれ、元は僕が蒔いた種だ。ここは謝ろう。
「ゴメンね成瀬さん、僕の所為で迷惑かけちゃって。後、こいつにもちゃんと言っておくから」
僕は戒めの意味を込めて、鐘月の頬を引っ張り伸び縮みさせる。
「ふぇ、ふぇるやー。ほんなのほに、ほんなほとひちゃはへだよ〜」
そんな抗議のような声を上げる鐘月を尻目に、成瀬さんは口を開く。
「鐘月さんの事は不快に思っていないから気にしないで。それとさっきも言ったのだけど、私は瀬乃君と"是非"友人になりたいと思っているわ」
「……え?」
成瀬さんの言葉に一時思考が停止した僕は、引っ張っていた鐘月の頰から思わず手が離れた。その直後、僕から少し距離を取り、頬を優しくさする鐘月が横目に見える。
「いいの?」
「ええ」
「えと、ど、どうして?」
僕は戸惑いながら思った事を口にすると、成瀬さんは少し訝しげな顔を見せる。
「友達になる、ならないで理由を尋ねられたのは初めてだわ。それとも、私と友達になるのは嫌なのかしら?」
「え!?いや、そうじゃないよ!うん、僕は嬉しいよ!」
「なら、それでいいじゃないの。そんな些細な事を気にしていても疲れるだけよ?もっと柔軟な思考を身に付けなさい」
「う、うん」
何故か最後の方はお説教をされたような感じだったなと思いつつ、晴れて?僕と成瀬さんは友達になったのだった。
*******
「では、帰りの連絡事項は以上だ。各々、気を付けて帰宅するようにしろ!」
喝が与えられるようなホームルームも終わり、先生が出ていくと今まで静かだったのが嘘であったかのように教室の中が騒がしくなる。皆んな帰り支度を始めたのだ。
それを尻目に僕も帰り支度を始める。
さて、今日の夕飯は何にしようか。そんな事を考えながら鞄に教科書を詰めていると、1人の女子生徒の足が僕の席の前で止まった。はて、珍しい事もあるものだと顔を上げてみると、そこには成瀬さんがいた。
「……え?えーと、成瀬さん?どうしたの?」
僕は目の前に立っていたのが成瀬さんだったという事に少し動揺したが、何とか質問を投げかける。
すると、成瀬さんはその綺麗な顔立ちに微笑を浮かべた。
「瀬乃君、一緒に帰りましょうか」
その一言は、僕にナイフのような鋭さを持って突き刺さった。何故ならーーー
「「…………」」
教室中から感じる底知れぬ無言の圧力が僕を襲ったからだ。それに加え、自分が注目を浴びているという事実が僕に鉛となってのし掛かる。
しかし、その事実確認が終わった時点で、僕は逃走という一手を選び取ってそれを実行していた。
ーーーこんな視線の嵐!僕に耐えられる訳ない!
後ろから成瀬さんと思しき声が聞こえてくるが、悪いと思いつつも足を止めるような事はせず、僕はそのまま家へと帰宅したのだっだった。