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明かされた真実

災害指定15



ドアを抜け、俺は全面白塗りの壁に囲まれた廊下を抜けていた。3メートル程の、そう高くは無い天井からは白い蛍光灯が取り付けられている。やや閉塞感のある廊下は、確かに秘密組織のアジトのような面持ちだ。


「そう言えば成瀬さん、聞きそびれていた事があったんだけど……いい?」


「……なにかしら?」



この建物には人がいるのだろうか。そう思わせる程に音がない。そんな中、返事はやや遅れて返ってきた。その返事を聞き、起きてからずっと聞きたかった事を聞くために口を開く。


「鐘月は、"何も知らないまま"……なんだよね?」


そう、これこそが俺が聞きたかった事。俺があの化け物と戦う事を決意した理由の半分。半分は成瀬さんがやってくれた。なら、その半分でも、俺は決意した意味があったのか。それを俺は知りたかったのだ。


前を歩く成瀬さんの表情は見えない。返事が聞こえないまま数秒間、俺たちの足音が廊下に響く。そして、成瀬さんは一つため息をすると口を開いた。


「貴方の言う何も知らないままというのが何のことだか分からないのだけど」


澄ましたようなそんな言葉に、徐々に目線は下を向いていく。


「ーーーでも……ええ、そうね。貴方のした事は正しくて意味のあった事だったのは……間違いないわ」


しかし、その言葉を聞いた瞬間、弾かれたように頭が持ち上がったのが自分でも分かった。恐らく遠回しにだが、成瀬さんは鐘月が未だ日常という枠組みから足を踏みはずしてはいないと教えてくれたのだろう。


思わず、成瀬さんの後ろ姿をついジッと見てしまう。


「な、何よ?そんなに見られると歩きにくいのだけど」


「え? ……あ、ああ!ゴメン!」


チラッと、こちらに顔だけを向けてそう言った成瀬さんに慌てて謝る。しまったなぁ。まさかあんな肯定的な言葉を言われると思っていなかったから少し呆然としてしまったみたいだ。


でも、そうか。うん……良かった。鐘月は無事で、しかも鐘月の中の日常に綻びは無い。俺にはしては上出来じゃないか。本当に良かった。


そうして、どうやら目的の部屋についたようで、成瀬さんが一つの木製の扉の前で止まる。見るからに重厚そうな扉だ。木肌にはツヤがあり、そして両開きの"如何にも"と感じさせる作りがされている。


その扉を、成瀬さんは何の躊躇いもなく開く。そうして中に入っていく成瀬さんを一瞬呆けながら見とめると、頭の中でようやく俺も入らなくてはという意識が働き、慌てて自身も中に入る。


「失礼します。ようやく彼が起きたので連れてきました」


何処と無くトゲを感じる言葉だなぁ。


俺は緊張をほぐすように、そんなどうでも良い事を頭の中で意識して言葉にした。そうして成瀬さんの横に並び、そこで初めて意識を前へと向ける。中には、多くのディスプレイが扇状に並んでおり、それが上へと何列も伸びている。そしてそれにはどうやら、風見市の市街地が映されているようで、その様子を数人が見ている。まるで何処ぞの作戦指揮本部のような内装だ。


しかし、その内装に驚愕したのは一瞬だ。俺は今、それとは別の事で驚愕を顔に貼り付けていた。


「沢渡……先生?」


「どうした瀬乃、随分と驚いたような顔をしているな?」


そう言いながらニヒルに笑う人物ーー沢渡 司は、当たり前だがいつものジャージのような体育会系なものではなかった。見慣れない黒のスーツを着用している。しかし、見慣れない筈の その姿が、俺には妙にしっくりきた。


未だ唖然とする俺に痺れを切らしたかのように、教室ほどの大きさがあるこの一室に笑い声が響く。しかしその声の主は目の前の沢渡先生からではない。


辺りを見回すと、左から男が近づいて来ていた。俺はその男の姿を見とめると、頭の中で何度もこの人物が自分の良く知る人物であるかを確認した。その姿から間違いようもないのは分かっていたが、それ程までに、驚きが大きかったのだ。だからこそ思わずといった形で、その名前が口から溢れ出した。


「嘘だろ……春介なのか?」


その男は何が嬉しいのか、満面の笑みを見せる。


「おう!その通りだ!驚いたか?」


春介は俺の問いに溌剌とそう答えるが、そんな春介の溌剌さとは裏腹に、俺は学校での事から立て続けに起こる処理し切れない事柄に、途轍もなく頭の中が混乱していた。そんな働かない頭は、ある一つの結論を見出した。


「そうか!これは夢だ!なんだよ全く!驚かせてくれちゃって!HAHAHAHAーーーグガッ!?いっでぇぇぇ!何すんの!?」


唐突に訪れた後頭部への衝撃と共に急速に拡がる痛みを我慢しながら後ろを振り返ると、いつの間に手にしていたのか、刀の鞘を持ち、挑発的な笑みを浮かべる成瀬さんがいた。正直かなりイラッとくる。


「な、成瀬さーん?何でこんな事をしたんですかねぇ?見て俺の頭、たんこぶ出来てるんですけど」


「あら、そうなの。ごめんなさい。考えることを放棄するような頭に中身なんて無いと思っていたから、叩いても大丈夫かと思っていたわ」


「な、中身がないからって叩くとか意味分からないんだけど。ひょっとして猿と同じレベルの思考能力しか持ち合わせていないのかな?」


「はぁ。まず、猿を下に見た発言をしている時点で人間性と品性を疑うわね」


「うぐぐぐッ」



「何だお前ら。随分と息が合っているじゃないか?」


「「合ってない!!」」


沢渡先生の珍しいものでも見たような表情と声に瞬間的に反応してしまった成瀬さんと俺は、奇しくも全く同じ反応をしてしまうことになってしまい、なんだか納得のいかない雰囲気になってしまうのだった。因みに、その時に腹を抱えて笑っていた春介は成瀬さんに刀の鞘で殴られていた。俺の時よりも痛そうだったが、まぁ自業自得だろう。



********


「話は長くなるだろう。取り敢えず座るとするか。そのソファーに掛けろ」


そう言って沢渡先生はシンプルだが高価そうな黒塗りのソファーを指差す。


「あ、ありがとうございます」


僕は沢渡先生の対面へと腰を下ろす。


「間中、成瀬、お前達もだ」


「ウィッス」

「はい」


それぞれ返事をすると、まず間中が俺の左隣へと座る。その後、一瞬座るのを躊躇(ちゅうちょ)したようにみせた成瀬さんも俺の右隣へと腰を下ろす。


そんなに俺の事がお嫌いですか。


「それでだ、瀬乃。お前も気になっているだろう私達の組織についてと、お前の今の立ち位置、そして……お前が戦闘を行った"アレ"について説明するとしよう。まずはーーそうだな、我々について説明しておくべきか。瀬乃もある程度は察しがついていると思うが、簡単に言うと我々はお前を襲ったあの化け物をこの世界から消し去る為の組織だ。《特記災害指定対策組織》大体は略して《特策》、もしくは《SDMO》と呼ばれている。まぁでも、大体の人間は《SDMO》と呼んでいるな」


「特記災害指定対策組織……」


これがこの組織の名前。


「そして同時にだが、研究機関でもある。と言うよりは、元々研究機関だったものを対策組織へと変えたのだ」


「研究機関? そこでは何の研究をしていたんですか?」


「それはだなーーー」


「"異能の研究"よ」


沢渡先生が口を開こうという時、割って入るように成瀬さんが口を開いた。思わず顔を見る。その表情は先程と変わらず、特に変化はない。だけど、逆にそれが不思議でしょうがなかった。でも直ぐに頭を切り換える。それよりも気になることがあったからだ。


「異能の研究?」


「……ああ、そうだ。ちょうど良い、ここからは異能について説明しておくか。まず瀬乃、お前は自分が今どんな話し方をしているか自覚出来ているか?」


想像の斜め上の質問に驚く。というかこの質問に意味はあるのだろうか?


「えーと、出来てると思いたい……ですけど」


質問の意図がよく分からず言葉に詰まってしまいそうなった。沢渡先生は、俺のそんなたどたどしい言葉に一度頷くと、「ふむ、やはりか」と呟き、再度口を開く。


「ならもう一つ聞くが瀬乃、お前は自分の使う"一人称"を把握しているか?」


小馬鹿にしているような質問に少し苛立ってくる。


「そんなの、"俺"はいつも"僕"って言ってッ!ーーー」


そこで違和感に気付いた。いや、違和感と言うには明確すぎた。"異物"と言っても過言ではない。自分の事を何て呼ぶか。それは性格の根幹に直接繋がっていると言っても良いのだから。



「な、何で俺は……いや、一体いつから? そもそも何で気付かなかった」


冷や汗が流れる。足元がふらつく。それは自身の内面を揺るがす問題である事に他ならなかった。


「ーーーそれは個人の異能とは別の、"異能自体が持つ特性"みたいなものだ」


「……特性?」


「ああ。ところでだが瀬乃、お前は"魔女狩り"を知っているか?」


魔女狩り?また物騒な名前が出てきた。ただでさえ頭の中が絡まり過ぎて雁字搦め(がんじがらめ)になっていると言うのに。


「確か、中世のヨーロッパであった奴ですよね?悪魔の手先だから断罪するーーーみたいな」


「ふむ、まぁそれだけ知っていれば説明は要らんだろう」


「でも、あれは蔓延する疫病による死とか、そんな原因の分からないものを全部魔女の所為だとの(のたまわ)った所為で起きた集団ヒステリーのようなものでしたよね?確か」


そこまで言い切ると、沢渡先生が感心したように「ほう」と呟いた。


「良く知っているな。その調子で勉学に励めよ?」


すみません……漫画とかゲームの知識なんです。これ。


「たが、それは本当であり嘘でもある。最初期に行われた魔女狩りにはそういった側面は無かった。疫病やらなんやらの話は、魔女狩りが行われはじめてから数百年も後になっての話だ」


「ということは、1番最初は本当に魔女とかが居たってッーーーあ……」


待てよ。待てよ待てよ待てよ?もしかしてそれは、"俺たちと同じ"ような異能者がいたということか?


「気付いたか? つまり、魔女狩りの最初期は俺たちのような異能者が大勢いたということだ。そして、その多くが断罪の名の元に拷問され、処刑された。だからなのか、異能は1つの特性を得た。それが隠匿の為の"元の人格の抑制"というわけでな。それの所為で極端なまでに内向的になる者がほとんどだ」


「……元の人格の抑制」


「うむ、例えば……そこにいる間中だが、コイツは眼鏡を掛け、しかも全くと言っていい程、人と関わろうとしない暗い男だったぞ」


「はぁ!?嘘ですよね? 春介のそんな姿は信じられないんですがーーーどうなの?」


真偽を確かめるべく春介へと目線を向ける。すると春介は肩を竦めると、「事実だ」と肯定を示した。本人がそう言うのだからそうだったんだろうけど、今の春介からすると信じ難い。


「まぁ、コイツ程性格が変わる奴も珍しいがな」


こちらの内心を見透かしたのか、沢渡先生は、そう口を添えた。


「あれ?というか人格の抑制がされているなら、春介は何故今は大丈夫なんですか?」


「それはだな、異能の発現……つまり身体能力及び、それに伴う神経の急激な向上。そして固有の異能が行使できるようになるーーこのことを我々は《解放》と呼んでいるが、それがトリガーとなっているのだ。現に今日、お前も身をもって体験したばかりではないか?」


「あ……」


そうだ、俺は体験していた。思い出されるのはあの化け物との死闘ともいえる記憶だ。俺はそこで確かに自身の身体能力の異常性に気付いた筈だ。でもだとしたら、


「それなら、死ぬ限界の戦いをする事で、異能が発ーー《解放》するということですか?」


「まぁ、それも間違いではない。実際は、"抗えない死"が目の前に現れた時だ。異能を隠匿する為に異能を持つのものが死んでは本末転倒だからな。そういったプログラムの様なものになっている」


「なるほど」


ということは、だ。つまり魔女狩りによって多くの異能者が亡くなった為、異能は、ある1つの特性を獲得させたと。それが異能者の元の人格の抑制であり、それが原因で異能者の人格はほぼ強制的に内向的なものになると。そして、それが《解放》していない状態なわけだ。自身が抗うことの出来ない死に直面して解放した後は、異能者の元々の人格に戻り、身体能力が向上……そして固有の能力を得る、か。


「大まかにはこんな感じだが、何か聞きたい事はあるか?」


「そうですね……1つだけ」


「ふむ、言ってみろ」


「固有の能力って言うのは、成瀬さんが使える《予知》なんかがそうだと考えればいいんですよね?」


俺のこの質問に沢渡先生は訝しげな顔をするが、直ぐに得心がいったのか一瞬で居直る。


「 ああ、成瀬から既に聞いていたのか。確かにそうだが?」


「俺、あの化け物と戦っている時に数秒先が見えたんです。その、自分が死ぬ瞬間を……だから、たぶん俺の異能も《予知》だと思うんですがどうでしょうか?」


途端、話を聞いていた3人の顔付きが変わった。


「成瀬……どうだ?」


「はい。細部までは分からないですが、恐らく私の異能とほぼ同じものかと思いますがーーそれは"ありえません"何かの間違いではないかと」


「そうだ。そんな事はあり得ないはずだ。しかし……」


「そうっすねぇ。そんな前例は"無い"。でもまぁ、言ってしまえば前例が無いだけっすけどね」


あの春介までもが真面目な表情だ。いったいどうしたというのか。


「えと、どうしたの春介。俺、そんな変な事言った?」


「ああ、しかも超弩級な奴な。……異能ってのは固有の能力だって沢渡さんが言ってたろ?それってさ本当に"固有"なんだよ。つまり、その人だけの異能ってわけでさ。だから、異能が"被る"なんて事はあり得ないはずなんだが……どんな手品を使ったんだよ照夜」


「いやいや、俺は何にもしていないって」


そこで、今まで考えこんでいた沢渡先生が顔を上げる。


「この件は取り敢えずこの場では保留だ。前例が本当にないのか俺が調べておく」


「分かりました。ありがとうございます」


「ああ。……取り敢えず、異能についてはこんなものだろう。これが、研究機関で出た成果ではある。のだが……まぁいい。取り敢えずだ。また後で分からない事があったら聞きに来い。俺に聞きにくければ成瀬や間中でも良い」


「え?……はい」


今、何を言おうとしたのだろうか。いや、組織なのだから、やはり言えないこともあるか。


というか、こういう質問相手に配慮する所はやっぱり先生っぽいな。あれ?っていうかなんで先生なんてやってんだ?この人。……まぁいいや。今度は例の化け物の話になるだろうし、正直疲れてこっちから質問をするのも億劫になってきてしまった。


そんな俺の胸中など知らぬだろう沢渡先生が口を開いた。


「では、お前が戦った相手の事を話すとしよう。1年前に突如として現れた神出鬼没の敵、捕食者(イーター)についてを」

















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