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覚悟



未だに晒される強烈な悪寒。しかし、その感覚を上塗りする程の絶望が今僕を襲っている。


今はまだ遠くに見えるそいつは、既に此方に向かって歩を進めている。そもそもそいつに歩くなどという概念が存在するのかは全くもって謎なのだが。




そんな中、思考は渦を巻く様に(めぐ)っている。果たして、助けと呼べるものは来るのか。ここから逃げ出せるのか。もしくはアレを倒すことは出来るのか。僕達は無事、日常を迎える事が出来るのだろうか。


そう、思考していた。しかし、考えているのは意味の無い"結果"だ。そこに至るまでの"過程"ではない。つまるところ、思考は渦巻くばかりであり、この状況を好転させる(すべ)を何も考えてはいなかった。今僕には、諦めにも似た感情が絡みついて来ていたのだ。いや、実際に諦めていた。


そう、諦めて"いた"のだ。


「ねぇ照夜。その、大丈夫?なんでか……あんまり良くない顔をしているように見えるけど」


反応を見るように、鐘月は僕にそう問い掛けた。そんな鐘月をつい、僕はまじまじと見てしまっていた。


失念していた。彼女の存在を。完全に頭の中から抜け落ちていた。それを自覚した瞬間、身体が沸騰するような、何かが湧き上がってくる思いが溢れて来る。それは、彼女の存在を忘れていた事に対する自身への怒りも少なからずあったが、その大部分を占めるものは喜びだった。


こんな状況で、自分は1人では無かったのだということ。しかもそれが仲のいい友人であるのだから尚のことである。



「心配かけてごめん鐘月、もう大丈夫。鐘月のお陰で体調も良くなったよ。本当にありがとう」



自然と顔は(ほころ)んだ。そんな僕の笑みに一瞬、鐘月は目を見張るようにしていたが、すぐに満面の笑みになる。


「うん!」



僕の今までの葛藤や恐怖は、鐘月には何の関係もない事だろう。向こうにとっては体調を崩した友人を、運良く残っていた保健医の先生に診てもらおうというだけの話なのだから。でも、それで良いのだと思う。彼女には、ちょっとした非日常を体験してもらって、それで家に帰ってもらおう。そうそう、これは肝試しのようなものだ。日常では味わえないスリルを比較的安全に味わえる代物だ。そして明日には、こう話すのだろう。ちょっと怖かったけど、昨日は何だかドキドキしたね、と。



うん、何だか。それはとても尊いものに感じる。願わくば、その話をまた3人で……いや"4人"で出来るといいな。






ーーーーうん。今度こそ大丈夫。





「鐘月」


「ん?」


「僕の体調はもう本当に良くなったし、先生に見せるのはやめないか?ほら、今の状況を見られるのはかなり不味いだろう?」


「むっ……確かにそうだけど。照夜は本当に大丈夫なの?我慢とかしていない?」


不思議そうな顔をする鐘月に、意識して作った苦笑いを浮かべて小声で話しかける。それに合わせて、鐘月も小声だ。


「うん、僕はもう本当に大丈夫だから」


「……それなら、良いけど。でもこっちに歩いて来てるよ?もしかして、もう気付いてるかもしれないよ」


「きっと大丈夫だよ。気付いてたら、僕らに対して何か言ってくるはずだし。多分、ちょっとした巡回か何かじゃないかな?」


「んー、確かにそうかも。そしたら、今のうちにこっちの階段から帰ったほうがいいよね?」


「うん。なるべく、気持ち速めに行こうか。後、巡回しているのは山下先生だけじゃないかも知れないから慎重にね」


そう。アレは一体だけじゃないかも知れないのだから。それに分からないこともある。それは、僕達の存在に気づいているのかどうかという事。僕達がアレに気付けたのだから、向こうからもこちらを認識出来ている可能性は高い筈だ。ともかく、どういった方法で僕達のことを認識してしているかは分からないが、認識していることを前提に動いた方が良いだろう。


まぁ、それなら何故今すぐ襲ってこないのか。という疑問が重ねられるが、そんな事を一々考えていたら、きりが無い。襲ってこないのなら都合が良いという風に、少しでも前向きに考えよう。とりあえずは、"鐘月が助かればそれでいい。"


「よし……。それじゃあ慎重に、急いで下りようか」


「分かった。忍者のような感じだね」


鐘月がやる気に満ちた表情をしている。やる気なのはいいが、そのやる気が空回りしないか心配になってきた。







「……うん。大丈夫そうだ。それじゃあ行こうか」


「おーけー」


鐘月がとくに何かをやらかす、などということもなく、一階まで無事下りる事ができた。心配は杞憂だったようで、ひと安心だ。 ひと安心ではあるのだが、いやに順調すぎる。後はもう正面入り口に行って外に出るだけだ。


先程まで強く主張していた悪寒は、あまり気にならない程度になっている。道中、この感覚を意識しながらここまでたどり着いたが、恐らくさっき見た奴だけしかこの辺りにはいないようだ。勿論、この感覚を信用するならの話になるが、これは信用出来るように何故か感じた。そうこう考えているうちに、正面入り口へと辿り着く。


……考え過ぎなのだろうか。


「ふぅ。見つからなくて良かったね、照夜」


「え?う、うん、そうだね。でも、まだ安心出来ないよ?校門の所までが学校の敷地内だからね。あれを開けた後はダッシュだ」


そう言って等間隔に並ぶ下駄箱、その目の前にある両開きの扉を指差す。



「慎重だねー、照夜さん」


若干呆れが混じっているような言い方だ。まぁ、鐘月からみたら無理もないのだけど。


「何事も慎重が一番だよ。今のうちに早くいこう」



「うん。でもあれだね、何というか……ドキドキしたね。色んな意味でだけど!」



何気ないという様子で発せられたその言葉は、この緊張感の中であっても、最大限にまで僕の口角を上げるだけの力があった。



「色んな意味ってどういうことさ」


周りをよく警戒しながら靴に急いで履き替える。


「あはは、ないーーー ん?あれ、開かない?」


もう既に、取っ手に手を掛けていた鐘月が怪訝な表情でそう言った。


「内鍵は?」


「開いてるよ。んー、他に鍵なんてあったかなー?」


鐘月が取っ手を持って、引いたり押したりを繰り返す。だが、扉はビクともしない。それどころか"音すらしない"。嫌な予感が頭の芯にまで突き刺さる。


「鐘月、ちょっと」


「え?あ、うん」


鐘月に代わって、引いたり押したりしてみる。

あらん限りの力で強く揺すってみるが、微かな動きすらありそうな気配はない。勿論、金具が擦れるような音すらも。


「まさか……。そういう事だったのか?」



あの夜。化け物から逃げた時、確か"見えない壁"に阻まれた所為で、僕は恐怖に立ち向かわなくてはならなかった。あの時はそれどころでは無かったから気にしていなかったが、そういえばその壁はいつのまにか消えていた。だけど成瀬さんが壁に対して何かした様子は無かった。

ということは、あの状況はあの化け物が作り出したということだ。


そうなると、あの化け物が追って来なかったことに対しての辻褄も合う。つまり、これは獲物を逃がさない為の檻みたいなものだということになるのか、笑えない。


こうなると鐘月を帰すのすら難しくなってしまったかも知れない。僕の時は成瀬さんがいた。だけど鐘月には僕しかいないのだ。でも大丈夫、大丈夫なはずだ。あの化け物を成瀬さんは刀で切断していた。しかもそれで消滅するのだ。それを目にしている。だから僕にもやれる。絶対に。



知らず知らずのうちに、顔は下を向いていた。



これじゃあいけない。前を向け。そしていつも通りに。


頭を上げる。鐘月は不安そうな表情で僕を見つめていた。その顔を真っ直ぐに見つめ返す。



「どうも立て付けが悪いみたいだね。この校舎も少し古いし、多分そのせいで開かなくなってるみたい。全く……こんな時に困ったもんだよ」


意識して苦笑してみせる。鐘月には、日常のまま帰って貰う。そう決めたのだ。


果たしてそれが功を奏したのか、鐘月の表情から固さが徐々に無くなっていく。


「そ、そうだったんだぁ。私はてっきり開かずの扉にでもなったんじゃないかって思ったよ」


たはは、とやや焦り気味に言う鐘月だが、あながち間違いでもないところが怖い所だ。もし本当にそう考えていたのなら、僕の今体験している非日常もあっさり受け入れるかも知れない。


すっかり毒気を抜かれてしまったせいか、今から死ぬかもしれないというのに張り詰められたような緊張感はあまりない。気が抜けすぎている程だ。


その元凶たる鐘月を半ば呆れ気味に見やる。彼女は、また扉に悪戦苦闘していた。その表情たるや、頭の上に幾つもの疑問符が浮かんでいそうなものである。



それがやはり間の抜けた光景には見え、この時間を引き延ばしたい感覚に落ち入るが、思い直し気を引き締める。



これ以上此処にいるわけにもいかない。戻ってあの化け物をどうにかしないといけない。だけど作戦なんてものは何も無い。何故なら単純に情報が無い。戦法として、素人ながら色々考えてはみたものの、どれもしっくりこなかった。何故だか、どれも上手くいく気がしなかったのだ。


よって、どうあがいても正々堂々真正面からブン殴りにいくしか手立ては無いと、どう考えても悪手としか思えない手を指す他ないという結論に至ってしまったのであった。








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