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視えているもの


放課後になり、その帰り道。僕ら4人は繁華街にあるゲームセンターへと向かっていた。


「でも珍しいね。春介がゲーセンに行きたいだなんて。いつもは早く帰って寝たいとか言うのに」


「確かにそうかも。いつもは、早く寝てー、だりーって言いながら積み上げられた屍の上に座って欠伸してるのにね」


「おい、鐘月。前半はともかくとして後半のは何だよ!俺はそんな事一度たりともしたことはねぇぞ!」


「あははは、ごめんごめん。この顔に免じて許して下さいな」


自分を指差しながら、ニッコリと笑みを浮かべてそう言う鐘月。その笑顔は、彼女を知らない人が見ても可愛らしいと思うようなものである。


「ふざっけんじゃねぇぞ、鐘月!そうかそうか煽ってんだな。よっしゃあ!望み通りにしてやるぜぇ!」


まぁ、そんな笑顔もこの状況では、からかっているようにしか見えない。というか、鐘月自身もふざけてやっているのだろう。



「まぁまぁ。鐘月もああ言ってるんだし。許してあげなよ春介。男が下がるよ?」


「よし、よく分かった。お前も敵だな、照夜ーーーあ、おい。言うだけ言っといて逃げるな照夜!」



そこで、「ねぇ」と。小さいながらも、その声は良く通った。


「どうしたの、成瀬さん?」


「前から思っていたのだけど、あなた達はいつもこんなに騒がしいの?」


それはあの時の夜のような。少しトゲのある言葉だった。ただ、その表情に不快な感情があるようには見えない。純粋な疑問のように感じる。


「うん、そうだよー!」


しかし、そんな不思議な雰囲気の成瀬さんを物ともせず、鐘月はそう返した。


「そう、だね。大体こんな感じだよ。ねぇ?」


「ん?……ああ」



「 そう 」


僕等が口々に言葉を返すが、その雰囲気は変わらず。成瀬さんはその一言だけを発すると、今度は踵を返す素ぶりを見せる。


「成瀬さん?」


「用事が残っていたのを思い出したの。だから、帰るわ。本当に用事を思い出しただけだから気にしないでちょうだい」


そう言うと、僕等が声をかける余地もなく来た道を戻って行ってしまった。


呟きなどは聞こえる筈のない距離にいる彼女。しかし何故なのか、その言葉は僕に届いた。



「私があの場所にいるには眩し過ぎる」



普通なら君は何を言っているんだ?中高生に見られがちなあの症状なの?と、突っ込む所ではあるが、僕は彼女が身を置いている世界の一端を知っている。知ってしまった。だからこそ、その言葉は重く聞こえた。



そう、だからこそ。僕はどうしようもなく思ってしまった。彼女の力になってあげられたらと。そして、少しだけこうも思った。僕にもあの力があれば、と。



いや、僕には無理だ。例えあの力があったとしても、"アレ"と戦えるわけがない。僕は彼女ののようにはなれない。


手短に、そんな事を考えた。



********



結果として、あの後3人でゲームセンターには行ったものの先の一件のせいかあまり遊ぶ雰囲気では無くなったが、1時間程度は遊び帰宅することとなった。


外に出ると、オレンジ色の空が広がっていた。

飲食店が多いせいか夜に賑わいを見せるこの通りに、ちらほらとスーツを着た人達も増えてきている。


「じゃあ帰ろうか」



「そだねー。今日は2人とも、ご飯はどうするの?」



恐らく、うちで食べていく?ということだろう。鐘月の家のラーメン屋は、味が良いのは勿論の事、僕にとっては居心地が良い。その為、週に3回は春介と食べに行っている。行き過ぎなのは自分でも分かっているのだけど、どうにも止められない。だけど、



「んー。今日は家で食べるよ」


「俺も今日は別の所で食っていくわ」


今日は何故かそんな気分にはなれなかった。そんな僕達の返答に、鐘月は特に気にした様子もなく「おっけー」と返してきた。


「私も今日は宿題あるからお店の方には出ないし、ちょうど良いかな」


そう言いながら、鐘月は学校指定のバッグの中を漁っている。


「あー、そう言えば宿題出されてたね。しかも沢渡先生から」


「本当にだりぃけど、あの人だかんなぁ。面倒くさいけどやるしかねぇ」


「春介は、沢渡先生の宿題はきちんとやってくーーー「ああぁぁぁ!!」



突然、大きな声がすぐ隣で発せられる。それは、バッグの中を漁っていた鐘月のものだった。


「ど、どうしたの?」


「ない!ないよ!」


ないって、まさか……


「もしかして、宿題のプリントを学校に忘れたの?」


「うん。ファイルに入れといたんだけど、そのファイルごと学校に忘れてきちゃったよ」


そう言う鐘月の顔には悲壮感が漂っている。


「お前は本当どっか抜けてるよな、鐘月」


「うぐっ。ま、まぁ取りに行けば良い話だから大丈夫大丈夫!」


「取りにいくって ーーー」


繁華街の通りを照らす太陽はもう沈みかけている。ここから学校までは歩いて20分ほどだ。往復で40分。照らしてくれている太陽は間違いなく沈んでしまうだろうが、時間的にはそれ程遅い時間にはならないだろう。


だけど、"あの夜"の事が脳裏をよぎる。心配のし過ぎなのは重々承知だ。それでも、目の前の友人が危険な目に合うかもしれないと考えてしまったら、動かざるを得ないわけで。


溜め息を吐く。これは、有り得ない可能性を考えている自分のバカさ加減によって出たものだ。


「ちょっと待って、鐘月」


その僕の静止に、ちょうど僕達に挨拶でもするつもりだったのか、背を向けて手を途中まで振り上げていた鐘月がこちらに向き直る。


「ん、どうしたの照夜?」


「僕も一緒にいくよ」


「え? でもかなり遠回りになっちゃうよね?ここからだと」



「まぁ、そうなんだけどね」


僕のマンションは、この繁華街を東に抜けた住宅街の中にある。道のりはほぼ真っ直ぐだ。そして(くだん)の学校だが、方向は変わらない。ただ北寄りに位置している。位置関係としては、三角形みたいなものだ。当然、普通に帰る時より時間は倍くらい掛かってしまう。だから、今鐘月の頭の中には疑問符が沢山浮かんでいるだろう。



「まぁ、端的に言うと鐘月が心配だから。かな?」



言っていて若干の恥ずかしさは感じるが仕方ない。どうにも上手い口実が浮かばず、我慢出来なかったのか、口が勝手に本音を喋ってしまっていた。


これは笑われるかもしれない。そう思い鐘月の顔を見ると、何故か真顔だった。いや、よく見ると口の口角がピクピクしていて不思議な感じになっていた。


「え、と。鐘月……さん?なんか大丈夫?」



訝しげに、そしてほんの僅かな恐怖心を携えて訊ねる。正直、鐘月のこんな表情を見るのは初めてかも知れない。


僕の言葉に反応したのか右手を上げて指でVサインを形作ると、


「だ、だいじょうぶい!ちょちょちょっとあわあわててただけだから!」


「そ、そう。それならいいけどさ」


うん。これは大丈夫じゃない。凄い勢いで深呼吸までしてるもの。因みに春介は、その横でこれでもかというくらい笑い転げていた。そして、それを見た鐘月が春介の腹部を思い切り殴っていた。相変わらず楽しそうでなりよりだ。


春介がお腹を押さえながら苦痛に呻いてる中、鐘月の方はどうやら落ち着いてきたのか、いつもの雰囲気に戻っているように感じる。



「えーと。そ、それじゃあ……お願いしてもいい?」


そう不安そうに訊ねる彼女は普段とのギャップも相まって、結構ーーーいや正直に言ってかなり可愛かった。それこそ息が詰まり、身を軽く引いてしまうくらいには。



********




「夕方の誰もいない学校って雰囲気あるよね!少しワクワクするよ!」



「確かにそうだね。まぁ、もう暗くなってきてるけどさ」



無人の学校。そんなちょっとした非日常を経験しているからか、鐘月はテンションが高い。そんな鐘月と僕は、僕らの教室がある3階へと足を進めていた。階段の踊り場にある1枚のガラスからは、辛うじて夕陽が射し込んでいた。しかし、それも恐らく数分程度で月明かりへと変わっていくだろう。


ふと、腕時計に目をやる。午後6時30分。夜へと変わりつつある校庭に、運動部の姿は無い。もしかしたら何処かに残っている生徒が何人かいるかもしれないが、基本的にこの季節は午後の6時までには下校するようにと決められていた。恐らく、最近は何かと物騒だからと職員会議かなにかで決められたのだろう。


「おーい、照夜!なに一人で黄昏てんのさ!早く早くー!」


鐘月はいつのまにか階段を上って3階に到着していたようだ。笑顔でこちらに向かって手を振っている。


手を振る距離でもないだろうに。今日は特に機嫌が良さそうだ。




無人の教室に、ガラガラとドアをスライドさせる音が響く。 2ーC。 僕らが使っている教室だ。いつもの騒がしさは何処へやら。無人の教室はとても静観としている。窓からは月明かりが射し込み始めており、いつもの騒がしさとの対比のせいか、少し幻想的とさえ思える。


「良かったぁ!あったよ照夜!」


そうこう考えているうちに、鐘月はお目当てのものを見つけていたらしい。水色と白色のボーダーが入ったファイルを手に、こちらへと歩いて来ていた。


「それなら良かった。じゃあ帰ろうか」


「うん!付き合わせちゃってごめんね?凄い助かったよ!」


「と言っても、僕はただ鐘月に付いてきただけだったけどね」


「そんなことないよ!1人だったら絶対怖かっただろうし。それに、嬉しかったから」


「嬉しかった?」


夜の暗さもあってかよく見えないが、心なしか鐘月の顔がいつもよりも赤みを帯びているように見える。


「う、うん」


「まぁ、夜の学校って思ったより怖かったし。こんな雰囲気で1人はちょっと心細いよね」


「そういうことじゃないんだけどなぁ……」


「ならどういうことなのさ」


「そう簡単に答えを言う程、私は安くはないのですよ」


鐘月は、何故かふて腐れているみたいだ。どうやら僕は答えを間違えたらしい。表情がコロコロ変わる鐘月の事だ。すぐ機嫌を直してくれるだろう。


「と、取り敢えず。帰ろ ーーー 」



「照夜?どうし ーーー って大丈夫!?」



突然言葉を切った僕に、鐘月が心配そうに僕の顔を窺っている。だけど僕には、その言葉に答える余裕はなかった。


僕は今、耐え難い程の悪寒に苛まれていた。告白するならば、学校の敷地内に入る時点で既に悪寒を感じていた。その時は無人の、そして夕暮れ時の学校の雰囲気に鳥肌が立っただけなのだと思っていた。だけど今、僕の体を突き抜ける程の悪寒は、"あの夜"のものと同じだ。



ーーーアレがいる。あの化け物が。どこか分からないけど、間違いなく。それに多分……"近い"。何故なのか、今はそれが分かった。


「あっ……」と鐘月が声を出す。思わずその顔を見る。真正面から見たその顔は、とても安堵しているようだ。まるで、助けでも来たかのようなそれだ。


この状況で、僕らの他にも人がいるという事が鐘月の表情から視えて安心したからか、少しだけ冷静になれた頭で考える。


まさか、教員?この学校って警備の人とかいるのかな。どっちにしろこのまま見つかるのはあまり良くない。どんな処分になるか分からない。ん?……いやいやいや、何を考えているんだ僕は!ここには"アレ"がいるんだ。絶対大人の人がいた方がいいに決まってる。


「あの人、保健医の"山下先生"だよ!良かったぁ。ちょっと待っててね照夜。今呼んでくる!」


そう言って、鐘月は慌てて走り出そうとする。


「ちょっと待ってくれ!!」


それは反射だった。走り出しかけていた鐘月の手を後ろ手で掴む。未だ強烈な悪寒は僕を襲っている。寧ろそれは強くなっていた。膝はとうに崩れ、冷や汗が止めどなく頰を伝っている。若干貧血気味のような気もする。だが、僕は鐘月を引き止めざるを得なかった。


「ど、どうしたの!?何処か痛む?」


首を振る。大きく振る。例え痛みがあったとしても、そんな事は大した問題ではない。もし、僕の妄想と言っても過言ではないこの想像が正しければ……。


「鐘月……」


「やっぱり何処か痛む?」


「そうじゃない。そうじゃ、なくて。や、山下先生ってーーー」


唇が震える。喉も正常に機能してくれない。これは体調の悪さからきたものではない。純粋な"恐怖"からくるものだった。それでも言葉を紡ぎだす。恐らくこんな悠長なことをしている時間がないことは、自分の無意識が理解していた。それでもーーー




「山下先生は、何週間か前に"行方不明"になった筈だよね?」



決定的なそれを。言うならば答え合わせとして、鐘月から聞く必要があった。すぐに、「え?」と後ろから不思議そうな声が聞こえた後、鐘月は何か得心がいったのか僕の前に立つと、僕に目線を合わせるように屈む。



「照夜、やっぱりかなり調子が悪いんだね。ごめん、無理してるの全然気が付かなかった。早く山下先生に診てもらおう?山下先生、私達が上がってきた階段の所にいるから、遠いけど歩ける?今、肩を貸すから」


鐘月は僕の右腕を自身の首に掛ける。


「大丈夫、歩けるから」


僕は、とても安心できた温かさから身を離し、背後へと振り返る。



窓から廊下に射し込む月明かりのお陰か、遠目でもよく分かる。僕はその姿をもう知ってしまっていた。



「ねぇ、鐘月。あれは"誰だ?"」


「だから、男子に人気のあったあの山下先生だよ。ねぇ、やっぱり私が呼んでこようか?照夜はそこに座ってて大丈夫だから」


確認したかった言葉の先は、まるで耳に入ってこなかった。耳鳴りの時のような、不意に周囲の音が遠ざかるような感覚に陥る。


「そうなんだ。山下先生。人気あったんだなぁ。ーーー アレで?」





僕の視界の先、階段の前。そこには、忘れもしない。あの夜の化け物がいた。


















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