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始点は福音と共に



気づいて見渡せば、一面血の海だった。そこに生の息吹は無く、死が蔓延していた。


「ああ……そうだった」


唐突に気付く。


この世界を終わらせなくてはいけないのだと。

《この世界はもう終わってしまうのだと》


唐突に嗤いが込み上げてくる。だから…嗤う。それはとても愉快だった。《哀しかった》


だから歩く。生きている奴がいるなら殺さなくてはならない。《助けなくてはいけない》


そうすることで俺はーーー



「……まだ息があったか」



背後から聞こえる瓦礫を踏み締めるような音に思考を中断し、"息絶えた親友"の刀を拾い上げた。


「………少し借りるぞ」


拾ったところで、足音は止まる。

誰かは分かっていた。


背後を振り向く。



そいつは腰に届きそうな程もある血に塗れた黒髪をも重たげにしながら、俺の前に立ち塞がる。

だがその身体は今にも崩れそうだった。


たなびく黒髪を鬱陶(うっとう)しげにかき上げる姿は、"至る所に死体が転がっている"この場で無ければとても美しくみえただろう。


少女は立っているのもやっとの中、震える口を開く。


「……こういう選択をする、とは思っていなかったわ。何よりも誰よりも、仲間が傷つけられるのを良しとしなかったのは、あなた自身だったから」


言葉も途切れ途切れのなか、少女はゆっくりと近付き俺の頬を包み込むように両の手を当てる。そして…




 俺は何の感慨も、忌避すらも感じることなく、目の前にいる少女の腹部を手にしていた刀で刺した。



 少女は迫り上がる血を吐き出しながら、苦しそうに、微かな呻きと共に膝から崩れ落ちる。

だが少女は言葉を紡ぐことを止めない。

これだけは伝えないといけないとばかりに…。


「貴方が死ぬより、ずっと良い……。でも、……があ…ら…今…は……」


 意味を成さない言葉は終わりを迎え、少女が死んだ事を確認したのか俺は歩きだす。


しかし、直ぐに足を止めた。


それは一瞬の逡巡。


俺は"彼女"のことなど知らない。

そう思うことにして俺は歩きだした。







 人類史に終止符を打つ為に。










  *******



  ワンルームの狭い部屋に朝を(しら)せる無機質な音が響く。

その音に少々の鬱陶しさを覚えながら目が覚めた。


 少しの間、ベッドの中で微睡みの時間を楽しむがそれも一時、カーテンから差し込む光の眩しさのおかげですぐに目は冴える。

ふと思い出したかのように横にあるテーブルを見ると、デジタルの時計はあと少しで6時半を指そうかとしていた。


「もうこんな時間か」


 4月となり、気候も暖かいこの頃は起きるのが少し辛い。だけどそう言うわけもいかず、そろそろ起きなくてはならない。

ここから学校までなら歩いて15分もすれば着くため普通なら二度寝をしたくなるような時間だが、いつもの日課がある僕はこの時間に起きなくては学校に間に合わなくなってしまう。


「よし!」


 気合で起きると、ある物を持って自分の城であるマンションの一室を飛び出す。

4階に位置するここからの街並みは、初めて見た1年前と比べあまり変わった所はない。


だけど、あの時の少し期待と不安に入り混じった感慨は1年が経過した今、完全に無くなってしまった。


 そうして辿り着いた先は公園だ。マンションから歩いて10分程に位置するこの場所は、僕のお気に入りの場所である。


何故お気に入りなのか、それは人がほとんど来ない寂れた公園であるからに他ならない。遊具が撤去された後が残るこの公園は、何となく切なく感じるが、人が来ないのは僕にとって好都合で喜ばしいことであった。


そうして僕は手に持ったある物ーーー木刀を正眼に構えて素振りを始める。


これは運動不足を解消する為引っ越しの翌日から始めている僕の趣味ともいえるもので、最近では演舞の真似事なんかもやっている。流れるように木刀を振り、勢いを殺さず次に繋げていくようなそんなイメージだ。


 見せる相手もいないので自分でもどうなっているのかは分からないけど、恐らく目も当てられないものであることは間違いないだろう。それに、ただでさえ木刀を持って出歩いている不審者なのにそれをやたらめったら振り回していたらそれこそ通報されかねない。


そういった意味で人があまり近寄らないこの場所は都合が良かった。そうして僕は木刀を一心不乱に振り続けた。



*******



余裕を持つという言葉がある。

これはとても大事な事だ。


 人間は集中していると時間は早く経つように感じるわけで、だからこそ余裕を持った時間配分で日課を行う事が大切になってくる。

僕の場合は日課の時間は支度の時間を抜いて1時間もあり、これだけの時間を振り続けるという事はまずない。通常は休憩を挟むことで今は何時であるかを確認し、時間管理をしてそこそこの時間になったら余裕を持ちながら家に帰り、そして自宅から歩いて10分程の場所にある高校へと余裕を持ち通う。


それだけで人というのはいい気分になれるのだ。

だからこそ余裕を持つのは大切な事である。


つまり、長々と何が言いたいかというと…。


「おい!聞いているのか!瀬乃(せの 照夜(てるや!」


「はい!聞いています!すみませんでした!」


 1年の時の学年主任であり、日常的に怒っているような顔をしていることで有名な<鬼教官>(本名は沢渡さわたり つかさ先生)に、僕は遅刻したことについて校門前で怒られていた。


「まったく…。今日は始業式だぞ!休み明けだからといって少し弛んでると自分で思わないか!」


「思うであります!軍曹殿!」


「ふざけているのか!?貴様は!」


「すすす、すみませんでした!」


敬礼はお気に召さなかったみたいだ。というより、この人と話をしていると軍隊にいるような気持ちになってくるから不思議だ。


「しかしお前、どうしたんだ?」


「え?何がですか?」


あれ?知らないうちに何かやらかしていたのだろうか。


「いや、瀬乃は今まで遅刻なんてしたことがなかっただろう。何かあったのかと思ってな」


 なるほど、確かに僕は欠席も遅刻もしたことはない。それにあまり目立ちたくないという理由ではあるが、学校では模範的に生活していた。そんな生徒が始業式という大事な行事に遅刻したのだ。もしかしたら心配してくれていたのかもしれない。そう思うと少し嬉しい


「で、大丈夫なのか?」


「うっ…えーとですね」


どう答えたものかと考えてしまい、言葉に詰まってしまう。


「あー、なんだ…別に言いたくないことであるなら無理に言わんでいい。」


 こういう風に顔に見合わず普段は優しい人なので<鬼教官>なんてアダ名を付けながらも、僕も含め慕っている人が多いのだろう。


そんな人だからこそ、調子に乗って木刀を振り回していたら遅刻したなんて恥ずかしい話をしたくないのだが、心配させたままというのも何だか忍びない。


「いやぁ、別に言いにくいことではなくてですね…。実は学校に来る前に公園で毎日木刀で素振りをしているんですけど、いや、そのいつもはきちんと時間配分を考えてですね?行っているんですが…って先生?」


僕が慌てて言い訳を並べ立てていると、一瞬…先生の顔が信じられないものを見るような表情を見せた、気がした。


「…あ、いやなんでもない。それより早くホールの方へ向った方がいいぞ。もう全員移動している」


やはり、毎朝木刀を振り回しているなんていう話は不味かったのかいきなり話を終わらせてきた先生に、何ともいえない気分になりつつも返事をして走り出す。


時間的に始業式開始から10分は経っているはずなので急がなくてはいけない。もう手遅れかもしれないが、あまり目立つ行動は避けなくては。




*******




今しがた急いで走り去っていったある生徒を目で追いながら、男は動揺を隠せずにいた。


「……どういうことだ」


言葉が(こぼ)れる。


あの小僧が言っていたことが本当だとしたら、その"性質"から逸脱しているということだ。まさか見誤ったかーーーと思考を重ねるが、やがて諦めたのかため息を吐く。


「止めだ止めだ、どうも俺はこの手の問題が苦手でならん」


まいったとばかりに男は、逆立つ短髪の頭をかき腕時計を見やると「そろそろ戻るか」と呟き、気怠そうにホールへと歩く。



「考えてもしかないことを今考えるべきじゃないな。どのみち、小僧がどちらかなんてことは遠からず分かることだ」




*******





僕がこそこそとホールへ入ると、僕に気づいた女性の先生が近づいてくる。名前を聞かれたので答えると、ホールを埋め尽くす程の人の列の一つに案内される。最後に君はCクラスなのでここに座って下さいと言い残し、先生は定位置に戻っていった。


遅れてしまった所為で一番後ろに座ることになったけど、注目されない分良かったなー。そう思いつつ座りながら、いわゆる体操座りの形に脚を組みかえる。


「えー、であるからして我が校はーーー」


校長先生の話はまだ続いているみたいで、話を聞いている生徒は皆んな、うんざりしている様子だ。


コソコソと話をしている人もいる。校長先生の話というのはどこの高校も長いと良く聞くが、この高校の校長も例にもれず長い。


例の日課のこともあり、来て早々に迫りくる眠気と格闘していると肩を叩かれる。


咄嗟にマズイと思い振り返るとーーー


「よう、どうしたそんな顔して。先生とでも思ったか?」


そこには、その体躯に見合わない、イタズラが成功した子供のような顔をした黒髪短髪の青年。


間中(まなか) 春介(しゅんすけ)が座っていた。

因みに僕の数少ない友達である。


「まったく、十二分に驚いたよ。というか春介も遅れて来たクチか?」


「ん?『も』ってまさか、お前も遅れて来たのか?お前がか?」


信じられないといった表情を浮かべながら固まる春介。確かに珍しいがそこまで驚くことだろうか。


「流石に驚き過ぎじゃないのか?僕は二宮金次郎の様な勤勉家でもないんだぜ」


少し戯けた様な言い方をする僕を見て我に帰ったのか、目の前の友人は少し苦笑しながら「違いねぇ」と呟くと「眠いから寝るわ」と言い残し顔を伏せた。


いつもの事なので、終わり間際にでも起こせばいいだろう。そう考えて如何にも話を聞いているかのように僕はまた前に向き直った。


「ーーーそれではこれにて始業式を終了します」


僕は始業式の終わりを告げるアナウンスを聞き流しながら、後ろで軽くイビキをかいていた春介を起こす。


「起きろよ春介」


「ん、む?……ああ、終わったか」


そう言うと、春介は口を大きく開けてアクビをしながら、凝り固まった体をほぐす様に伸びをする。


「起きたなら早く行こう。最後に教室に入るのは嫌だぞ僕は」


周りを見渡すと、結構な人数がもう外へ出ている。皆んなもう各々の教室での顔合わせだけだから早く帰りたいのだろう。

僕もそれは一緒だが、それ以前に最後に教室に入る事で、先生かと思われて注目されるのが嫌なのでなるべく早く行きたい。


「はいはい、んじゃあ行くか」



*******



他愛も無い話をしながら教室に向かう途中でふと思う。


「そういや、春介もCクラスだったよね?」


「ん?そりゃあな」


「担任の先生は誰になると思う?」


「担任なんて誰でもいいだろ?んなもん、誰がなった所で同じだしな」


「んー、そうかな?沢渡先生あたりが担任になったら、朝のホームルームで毎日持ち物検査とかされそうじゃない?」


あの顔で迫られたらと思うと誰も下手なことは出来なさそうだ。


「あー、沢わた…り先生か。それは本気で勘弁して欲しいな」


何か嫌な思い出でもあるのか、本当に嫌そうな顔だ。


怖いもんな、沢渡先生。


そんな話をしている間に教室の前まで着いた。中に入ると、もう皆んな幾つかのグループで固まり談笑しているみたいだ。黒板の貼り紙から、どうやら席は名前順のようだけど……。


「まだ先生も来てないし、僕か春介の席で適当に話でもする?」


「そうだな、じゃあ照夜の席で適当に喋るか」




*******




そうして話をしていると、突然教室の扉が開いた。


その音で皆んなが扉に注目した瞬間、皆んなが一斉に自分の席へと戻っていく。それはまさに危険を感知した小動物のような行動だった。

それは僕達も例外ではなく……


「まさか、本当に沢渡先生になるとは思わなかったよ」


「本当にな……けどまぁしょうがねえか」


そう。扉を開けて入って来たのは沢渡先生だった。

それを一瞥(いちべつ)した春介は心なし肩を落としながら、自分の席に戻っていく。


「全員知っているかもしれんが、一応自己紹介しておく!私の名前は沢渡 司という!縁あってお前らの担任を任される事となった!弛んどる奴がいたらビシバシ指導していくからそのつもりでな!」


流石と言わざるを得ない程の迫力だ。

そして僕は後ろの席なので皆んなの表情が良く分かるけど……。


「「……」」


殆どの人が遠くの方を見るかのような表情(かお)をしていることから、現実逃避をしているのかも知れない。顔が皆んな穏やかだから、ちょっとしたホラーに見えるけど。


しかし、そんな生徒達の事などお構いないとばかりに先生は話を続ける。


「それとだがな、実はこのクラスに"転校生"が来ている」


そしてその一言は、皆んなを現実に戻すだけの力があった。

途端に騒然となる生徒達を(いさ)めるかのように先生は手を一回だけ叩くと、教室は一瞬にして静まる。


よく訓練されている生徒達だ。


「静かになったな……おい、入ってこい」


呼ばれて教室から入ってきたのは……美少女だった。瞬間皆んながざわめき立つのが分かるが、僕の耳にはそんな喧騒は入ってこなかった。


肩甲骨まで伸びる艶やかな黒髪に少し冷たさを感じる瞳、だけどその冷たさはその相貌と相まってクールな雰囲気に引き立てられていた。とても綺麗だと、そう思った。


ーーーしかしてそれは、一瞬にも満たない情景だった。


そんな既視感が僕を襲う。


そして僕はーーー




「ーーーー」




きっと何かを呟いた。


鐘が鳴る。


それはこの風見市だけの特色といえる、12時を知らせる音色だ。この鐘の音は、毎日12時キッカリに突風が吹く風音市の特性を利用したものだ。

現在の時刻は11時59分。

その事実は、この鐘の音が彼女を祝福しているようにしか、僕には聴こえなかった。






*******



そこはあらゆる概念の外側にある場所。


そこに何かが存在することが許される(はず)は無かった。

しかしそこに1つ、いや"1人の少女"だけはそこにある事を許されていた。


許されていた……という表現は正しくないかも知れない。

何故なら、彼女は四肢と首を鎖で繋がれ、そこにある事を強制されていたのだから。


何が彼女に理由を与えたのか、今まで閉じられていた彼女の目が突然開くと、その小さな唇も同時に動かす。


「聴こえたーーー」


そう呟いた筈である。


その瞬間、表情の無かった彼女の顔が喜色に"歪む"。その表情からは抑えきれない狂気が見え隠れしていた。


彼女は嗤い笑う。


避けて通れぬ運命を。待ち望んでいた運命を。


そして言葉を紡いだ。


「ーーーここが始まり」




何処かの歯車が噛み合い、動き出す様を…夢想した。




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