表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/27

第一章 疑惑

 王族というのは、何とも因果なものだ。

 特に、王の跡継ぎなんてその最たるものだと、ホンウィは痛感している。

 この年で、碌々親の死を悼む時間さえ与えられないなんて、どういう前世のごうだろうか。


 たった十歳で父を失くした少年が、即時王座で仕事をすることを強いられ、ゆっくり泣くことも許されないなんて、真剣に何か間違っている気がする。

 これで母が生きていれば、少しは心持ちが違っただろう。けれど、母もホンウィの生後三日で世を去っていた。産後の肥立ちがよくなかったらしい。


「――下」


 この二日の間に行われた葬儀の差配やら、そのの何やかやに、ホンウィは一切(たずさ)わっていなかった。

 ただ、父の遺体の枕辺で、泣くか呆然とするかしていただけだ。

 そのあいだに、姉や養母、父方の叔父たちが代わる代わる傍にいてくれた気もするが、その辺の記憶は曖昧だった。


「殿下」

 ハアッ、と子どもらしからぬ重い溜息を吐くのと、そう呼び掛ける声に気付くのとは同時だった。

「殿下?」

 しかし、それが自分を呼ぶ声だと理解するには、もう少し掛かった。

「殿下。大丈夫でございますか?」

「……え?」

 顔を覗き込むように言われて目を上げると、声の主である内官ネグァンと目が合った。瞬間、慌てて相手は瞼を伏せる。

 臣下は通常、王と目を合わせることはとんでもない無礼ということになっているのだから、当然の反応だ。

「あ……あ、悪い。俺……いや、私のことか」

 つい先日まで『世子セジャ様』と呼ばれていたものだから、王を意味する呼称にはまだ慣れない。

「はい、殿下」

 何事もなかったように小さく頭を下げた内官は、言葉を継いだ。

司憲府サホンブ李甫欽イ・ボフム掌令チャンリョンと、司諫院サガヌォン趙元禧チョ・ウォヌィ右献納ウホンナプがお目通りを願っておりますが」

「イ・ボフムとチョ・ウォヌィ?」

 ホンウィは眉根を寄せた。どちらも聞いたことがない名だ。

 司憲府は官吏の不正取り締まりや冤罪防止の役割を担っている部署、司諫院は王への諫言を担当する部署である。掌令と右献納はどちらも役職名で、前者は品階・従四品チョンサプム、後者は正五品チョンオプムに相当する。

「……とにかく通してくれ」

 両者とも、堂下官タンハグァン以下という身分で、本来なら王への謁見を願い出られる地位ではない。

 だが、今は先王の崩御に関連して、担当医たちを取り調べているはずだ。その件で訪ねて来たのなら、追い返す必要も理由もなかった。

 その辺りを、目の前の内官も考えたのだろう。彼は何か言いたげな顔をしたが、余計なことは口にせず、うやうやしく頭を下げると、しずしずと後退した。

 程なく、彼と入れ替わるように現れた二人の男は、青い官服を身に着けている。

 ちなみに、赤い官服は堂上官タンサングァンで、宮殿へ出入りできる身分である。

「掛けてくれ」

 ホンウィは、立ち上がりながら、執務机の前にある丸い机を示した。

 とは言っても、父が使っていた執務机は、ホンウィにはまだ大きい。椅子の上にそのまま座っても、机の上で執務をこなす際に、無理な姿勢になってしまう。

 その為、何冊か書物を重ねた上へ座っていたものだから、ほとんど飛び降りるようにして椅子から立った途端、書がバサバサと派手な音を立てて崩れた。

 二人の男は、それぞれに無表情を貫こうとしているようだったが、成功しているとは言いがたい。一人は唇の端が震えているし、もう一人は目が泳いでいた。

 ホンウィはホンウィで、以後は布で書を固定してから座ろうと脳内でだけ反省し、無言で移動した机の前の椅子に座り直す。

 ホンウィが座るのを待って、二人の男も腰を下ろした。

「……用件の前に自己紹介してくれるか。二人とも、会うのは初めてだったよな」

 言うと、二人はチラリと互いの目を見交わし、ホンウィに視線を戻す。

「申し遅れました。司憲府掌令、イ・ボフムと申します。先の殿下には、大変お世話になりました」

 ホンウィに近いほうへ座した男が、頭を下げる。

 年の頃は、四十代半ばだろうか。謹厳実直、という言葉を絵に描いたような容貌の男だ。

「司諫院右献納、チョ・ウォヌィです」

 続いて、彼の隣に座していた男も顎を引くようにして顔を伏せた。

 こちらは、ポフムより若そうだ。楕円の輪郭に、小さな目とやや丸い鼻筋が配置されている。

「分かった。これからよろしくな。で、早速だけど、用件は?」

 二人は、何に驚いたのか、少しだけ目をみはった。

 しかし、それについて何か言うこともなく、「恐れながら」と答える。口をひらいたのは、ポフムのほうだ。

義禁府ウィグムブと合同で進めている、先王殿下の薨去こうきょに関する問責の件です」

 義禁府とは、王命で犯罪捜査をする部署だ。

 扱う案件は、主に王族の犯罪や、反逆罪などの重犯罪である。

「殿下。申し上げにくいのですが、此度の先王殿下のご逝去、御医オウィの医療過誤の可能性が濃厚です」

 ホンウィは、眉尻を小さく跳ね上げた。だが、「どういうことだ」と訊き返すことはしない。

「……分かっている。何となく察しは付いてた」

「殿下」

「父上が臥せられた日から、まともに見舞いに行っても取り次いで貰えなかったのが妙だとは思ってたんだ」

 腕組みして、背もたれに背を預ける。

 だから、あの日――父が亡くなった日の朝は、裏手からこっそり入り込んだのだ。

「それに……あの日だって顔色がよかったとはお世辞にも言えなかったけど、でも……」

 あんなに急に容態が悪くなって亡くなるなんて、思ってもみなかった。もし分かっていたら、というところに思考が戻りそうになって、ホンウィは慌てて目を閉じる。

「殿下」

「悪い。報告を続けてくれ」

 目を上げて促すと、「はい、殿下」と頷いたウォヌィが、携えていた書物のような冊子を差し出す。

「こちらが、この二日間の調査記録のまとめです」

 受け取って開くと、ポフムが続けた。

「まず、腫れ物に対する処置が異常です。腰の上にできた腫れ物なら、患者が平民であっても当然気を付けねばなりません。ましてや、相手は国王殿下です。少しの運動にも気を遣い、キジ肉は避けるべきと、医術書にも明記されております。それを、本職の医官が、それも国王殿下の主治医たる御医が、知らなかったはずがありません」

「……なのに御医は、医書の通りの治療をしなかった?」

「左様です」

 とポフムが答えるのを聞きながら、軽い音を立ててチョクをめくると、証言したと思しき者たちの名が記されている。

「そう言えば、父上が亡くなる少し前に、明国からの使臣が来てたよな」

 ふと思い出して呟くと、「はい、殿下」と独り言にも合いの手が返る。

 あの時、ホンウィは、世子として自分が使臣の相手をすると申し出たが、父にも叔父にも笑って退けられてしまった。十歳の幼子に、何ができると。

「……あの時も、もしかして安静にすべきだったんじゃ……」

「その通りでございます。しかし、御医は大したことはないとお止めせず……」

 そう診断が出た以上、大したことのない腫れ物の為に、国王たる自分が、使臣をもてなす為の宴を欠席はできない。そう言った父に、自分が付いているから、とホンウィの頭を撫でてくれたのは、父のすぐ下の弟――ホンウィにとっては叔父に当たる王子だった。

「……証言してるのは、担当医班の者か?」

「はい、殿下。それと、助手であった医女たちも」

「御医と共に先王殿下の寝所へ出入りしていた二人の医官は、かたくなに口を閉ざしておりますが」

「その者たちの名は?」

邊漢山ピョン・ハンサン崔浥チェ・ウプです」

 視線を調査記録に落としていたホンウィは、ハタと思い当たって、目を見開いた。頁をめくる手が、一瞬震える。

「殿下?」

(……待てよ)

 記録をめくろうとしていた手を、完全に止めた。冊子が、手と一緒に膝へ落ちる。

『腫れ物に対する処置が異常です』

 先刻、言われたばかりのポフムの言葉を反芻する。

『本職の医官が知らなかったはずがないのに――』

「殿下。いかがなさいましたか?」

「……これって、本当に単なる医療過誤か?」

 もしも正しい治療法を知っていて、わざと違う処置を施したなら。それが、もしも――しかし、それ以上をはっきりと言葉にすることをホンウィは躊躇ためらった。

「……恐れながら、殿下。申し上げてもよろしいでしょうか」

「……何だ」

 目を上げると、ポフムは王と視線を合わせるという無礼を恐れもせず、まっすぐにこちらを見つめ返している。

「誠に申し上げにくいことなれど、我々も単なる医療過誤ではないと考えております」

「……どういう、ことだ」

 いや、分かっている。

 どういうことかなど、訊かなくても想像は付く。けれど、まさかそんな、大それたことを考える者がいるのだろうか。

 いるとしたら、誰が、なぜ、何の為にそんなことを――

「もし、本当に先王殿下が重篤な状態であれば、通常なら議政府ウィジョンブ〔行政最高機関〕との連携は欠かせません。国王殿下以外にも、大妃テビ〔皇太后〕様や王妃様がご重病の事態の際に、臨時に立てられるのが侍薬庁シヤクチョンであることは、殿下もご存知でしょう」

「まさか」

 ハッとしたように顔を上げたホンウィに、ポフムが頷く。

「殿下も先ほど仰っていましたが、今回、殿下だけでなく大臣すら、先王殿下が床に臥された五月三日から、ご危篤が報告された十四日の朝まで、誰も先王殿下の詳しい病状を知らなかったのです」

「それって、もしかして主治医班と大臣間の連絡が一切絶たれてたって意味か?」

 バカな、と口の中だけで呟く合間に、ウォヌィも口を添えた。

「仰る通りです。そして、意図的としか思えない不適切な治療が、よりによって国王殿下に施されました。こんなことは、御医であれ、一医官が何の動機もなく考えつくことではございません」

「つまり、先王殿下を、しいし奉るよう指示した黒幕が存在する。我々は、そのように考えております」

 二人が口々に発言する。

 自分が達した結論を、自分以外の人間の口から聞くほど確かなことはない。それを、ホンウィは身をもって体感していた。

 身体から力が抜けるような錯覚を覚えて、手にしていた記録の冊子を机の上に投げ出す。

「殿下」

 やはり二人が同時に言って、立ち上がる。

 ホンウィは、大丈夫だと示すように、二人に向けて掌を挙げた。

「……ほかに、分かっていることは」

「すべて、そちらの報告書の中に」

「……分かった。目を通しておく。それと、調査が進んだら定期的に報告に来てくれるか」

「承知いたしました、殿下」

「悪いな。ほかにも仕事があるだろうに、迷惑掛けて」

「殿下!」

 なぜか二人はビシリと姿勢を正し、頭を下げる。

「そんな恐れ多い! 国王殿下ともあろうお方が、我々堂下官風情に謝ることなど、あってはなりません」

「イ掌令様の仰る通りです。本来、こうしてお目通りを願うことは叶わぬ身……それを今回、すんなりお聞き入れ頂けただけでも我々には身に余る光栄だというのに」

 途端、ホンウィは鼻白んだ。自然、その切れ上がった目元が、呆れたように細くなる。

「……でなきゃどーしろってんだ? 余計な仕事させてんだから、謝罪以外にどうすればいいんだよ」

「……殿下」

 困ったように眉尻を下げるウォヌィを助けるように、ポフムが口を開いた。

「殿下は、ただ命じてくださればよいのです。殿下と臣下の間にあるモノは、平民同士のそれとは違いますゆえ、それで気分を害する者はおりません」

 ホンウィは、益々げんなりした気分になった。

 だが、それをこの場でどうこう言っても平行線だろう。

 短く息を吐いて、「分かった」と答える。

「新しいことが分かり次第、大殿テジョンへ報告に来い。時間は気にするな。夜中でも構わない。王命だから、叩き起こしても不敬罪には問わない。堂下官だって点で誰かに何か言われたら、王命だと言え。いいな」

「はい、殿下」


***


 翌日からの御前会議は、予想通り紛糾した。

 昨日の時点で、ポフムとウォヌィが報告に来たことが、議政府にも知らされたのだろう。


「当然、御医・全循義チョン・スヌィは死刑に処すべきです! 先王殿下を死に追いやったのですから、打ち首にして殿下の無念を晴らすべきかと」

「あのような平凡な腕しか持たぬ医官に、殿下の玉体をたくしたのが間違っていたのです!」

「いえ、お待ちを。確かにあり得ぬ誤診を犯しましたが、決して害意があったわけではありますまい。何らかの処罰は必要でしょうが、打ち首はあまりに過ぎた刑かと」


 目の前で、喧々囂々(けんけんごうごう)と繰り広げられる論争に、ホンウィは早くもうんざりしてきた。

 彼らの論点は、『チョン・スヌィの処罰に関連すること』ただ一点だ。

 御医であるチョン・スヌィがなぜそのようなことをしでかしたのか、本当に単なる医療過誤なのか、そうでないなら真相はどういうことなのか、といった言葉が一切出て来ない。

 彼らも単に、人を貶めるのが好きだけではないだろうか、という疑問さえ湧く。

 はあー、と、父が亡くなってからもう何度()いたのか分からない溜息を漏らす。しかし、言い争いに忙しい大臣たちは、誰一人こちらを注視しない。

 王位に就いたとは言え、相手はたった十歳の子どもとしか思っていないのは明らかだ。

 ホンウィは、おもむろに足を上げた。

 ガンッ! という派手な音が残響して、大臣たちの声がパタリとやむ。

 静まり返った広間で、大臣たちの視線が、初めてホンウィに集中した。

 彼らの目には、玉座に座した子どもが、いかにも王らしからぬ姿勢で、そこに居並ぶ大人たちを睥睨へいげいしている光景が映ったに違いない。

 今のホンウィは、肘掛けに行儀悪く肘を突き、前にある低い執務机の端を、足で思う様蹴飛ばした直後の体勢だ。

 ――ったくお前ら、処罰しろとかするなとか、本人の罪の大きさがどうとか、そんなことしか言い合うことねぇのかよ。

 と、実際に口に出し掛け、すんででこらえる。

 いくら何でも、この座に座っていてその言い様は、マズいなんてモノじゃ済まないだろう。実行したあとの騒ぎは、容易に想像がつく。

 やむなく、思い切り吸い込んであった息に、言葉を乗せずに吐き出した。そのかんの沈黙が、少々長すぎたらしい。

「あの……殿下?」

 恐る恐るといった口調で、傍に控えていた内官が声を掛けてくる。チラリと目を上げて彼を見ると、相手は怯えたように肩を竦めた。

 どうも、苛立ちを言葉の代わりに、すべて視線に乗せてしまったようだ。

 ハア、ともう一つ吐息を挟み、目を伏せる。次いで、上げた時と同じ速度で、ゆっくりと机に預けてあった足を戻した。

 そして、のろい動作で立ち上がる。

「――本日の朝義はこれまでとする」

「殿下?」

 狼狽うろたえたように言ったのは、ホンウィから見て左手に座っていた男だ。

 年の頃は六十代の半ばで、細面には、年輪を刻むように皺が出始めている。

 それに冷ややかな流し目をくれながら、ホンウィは玉座に付いているきざはしを降りた。

「先刻から聞いていれば、そなたたちの議題は、チョン・スヌィの責任を、どう問うかというモノばかりだ。進展はなさそうだから、朝義は以上とさせて貰う。話し合いという名の言い争いが続けたければ、好きにするがいい。場だけは提供しよう」

 必要最低限だけ言い捨てながら、ホンウィは座した大臣たちのあいだにできた中央の道をさっさと歩いていく。

 瞬時、唖然としていた大臣たちの一人が、「殿下!」と叫んだ。

 だが、足を止める理由はない。無視して歩いていると、「お待ちください!」と違う声が続く。そこで、ホンウィはようやく足を止めた。

「……呼んだだけでは引き留めたことにはならぬのだぞ。何か用か?」

 ふん、と鼻を鳴らして振り返る。先刻、一番前に座っていた男と、その隣にいた男が立ち上がってこちらを見ていた。

 ホンウィが立ち止まったのを確認すると、彼らはホンウィの手前まで歩いてきて、改めて膝を突く。

「恐れながら、殿下。それでは殿下は、チョン・スヌィの責任を問わぬと申されるのですか?」

 ホンウィは、クスリと軽く笑って「そうではない」と返した。

「では訊くが、そなたたちの言うところの『責任を問う』とは何をすることだ?」

「は?」

「罰を与えれば、それで責任を問うたことになるのか? あの者を亡き者にすれば、父上が生き返るとでも?」

「……い、いえ、それは……」

 もう何度目か分からない吐息を漏らして、ホンウィは男たちに向き直った。

「そなたたちが先刻から申していたコトを、簡単に纏めると、まず、『チョン・スヌィは死刑に処せ、そうすれば先王殿下の無念は晴れる』。コレは本当にそうかは疑問だな。次に、『あのような平凡な医師に、殿下の玉体を託したのが間違っていた』。だから何だ? その内容がその通りなら、先王殿下の治療をあの者に任せた、そなたたちの責任も問うべきであろう。それから、『確かにあり得ぬ誤診を犯したが、決して害意があったわけじゃないだろうから、何らかの処罰は必要でも、打ち首はあまりに過ぎた刑だ』。この辺はここで議論を重ねても、真相など分からぬのではないか?」

 追い付いて来て、ひざまづいている男たちはもちろん、ほかの大臣たちも唖然としている。

 まさか、この夏で十一を迎えるほんの子どもが、こうも事細かい指摘をするとは思ってもみなかったのだろう。

「どうした。何とか言ったらどうだ。私の申したことは何か間違っているか?」

「いいえ! 滅相もございません!」

「しかし、殿下。チョン・スヌィを始めとする担当医班の罪は明らかで」

「言われるまでもない。だが、彼らをただ打ち首にしても流刑にしても、真相は分からぬ」

 静かに、だがピシャリと遮ると、男たちはまたも棒でも飲まされたように口を閉じる。

「いくら医官たちを責めたところで、父上は最早生き返らぬ。たとえ、彼らを殺したとしてもだ。違うか?」

「い、いいえ、ですが」

「ならば、私はせめて真相を知りたい。コレが単なる医療過誤だったのか、それともほかに何らかの理由があるのかどうかを、だ」

 大臣たちは、今や皆、俯いて視線を泳がせていた。

 ここにいる全員が、ホンウィの倍以上は長く生きているクセに、反論が尽きるのが早過ぎる。

「この場で議論を尽くすことで真相が分かると申すなら、気が済むまで続けるがいい。私は私でやらせて貰うことにしよう」

 きびすを返したホンウィの背に、泡を食ったような叫びが追い縋る。

「殿下! 恐れながら、一体何をなさるおつもりで!?」

「殿下は殿下で、とは如何なる意味でしょう!!」

「そうしたことは我々にお任せになって……」

「どうかお考え直しくださいませ、殿下!」

「黙れ!」

 鋭く一喝すると、またしても大臣たちが一斉に口を閉じた。

「私が何をしようとしているか、説明されぬと分からぬのか! そなたたち、私の何倍生きている!? バカの一つ覚えのように、私に『考え直せ』と叫ぶ前に、己の頭で考えよ!!」

 ――第一、俺が今さっき何て言ったか、もう忘れたのか! 相手の言ったことが脳内素通りするなら、早々に辞職願でも提出しやがれッッ!!

 と続けたい衝動を、拳を握り締めることでどうにかねじ伏せ、ホンウィは今度こそ広場をあとにした。


©️神蔵 眞吹2018.

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ