第十八章 仮初めの決着
「――ッンで、そんなめんどいことになってんだよ!」
点心の少し前に二人の叔父を呼び出し、事情を説明した直後。開口一番、永豊君に、頭ごなしに怒鳴られたホンウィは、反射で言い返した。
「っせーな、ヒョク兄たちだって悪いんだぞ!? 書類そのままにしてとっとと帰りやがって!!」
バン! と手近な机に掌を叩き付けると、未処理に戻った上疎が雪崩を起こす。それにかぶるように、「はーあ!?」と言った永豊君が思う様顔をしかめた。
「そのまま帰っていいっつったじゃねーか!!」
「いいっつったさ! 首陽叔父上と一緒に置いとけとか、ひとっ言も言ってねーけど!!」
「しゃーねーだろ、あの人、見た目どーり押し強ぇんだから!!」
「取っ組み合ってでも一緒に連れて帰れよ!!」
「実行できるか!! 自慢じゃねぇけど俺、あの兄上に武術の試合で勝ったことねーんだぞ!?」
「んっとに自慢になんねーな!! 隙見て後ろからブン殴れば、あと持って帰るだけだろが!!」
「じゃー見本見してみろや」
「おお、見せたらぁー!!」
「……はい、そこまでね、二人とも」
勢い込んで執務室から本当に飛び出し掛けたホンウィの襟首を、それまで黙って二人を見ていた錦城叔父の手がむんずと掴んだ。
彼の空いた掌は、永豊君に向かって制するように挙げられている。
「止めんな、兄上! そのガキ、一度痛い目見たらいーんだから!!」
腕組みした永豊君がホンウィを指させば、ホンウィもどうにか錦城の手を逃れようともがきながら叫ぶ。
「そーだ、止めんな叔父上! もっと早く素直になりゃよかった、あんのクソ叔父上、一発殴らせろ!!」
「……うん、何かホンウィのほうの論点ズレてきてるから、落ち着こうか」
「「だって!!」」
ここは息ぴったりに、ホンウィと永豊君の声が重なる。幼い甥と弟に、錦城があくまでもにこやかに「はい、もう本当にそこまでだよ」と言った。
「これ以上、仮にも王宮内で、国王殿下とその叔父が、王族らしからぬ口調で怒鳴り合ってちゃ、まず内官や女官たちが何事かと思うじゃない?」
しかし、言い足りない二人はまたも同時に「「……だから?」」と首を傾げた。その眉根には、二人ともシワが寄っている。
「嫌だなぁ、最後まで言わないと分からない?」
ここへ来て、錦城の笑顔にも、どこか怖いモノが混ざった。
「すでに、国王殿下の叔父の一人が、独断と偏見で殿下直筆の批答燃やしちゃったー、なんて、特っ上に面倒くさい事態になってるのに、この上チンピラ口調で怒鳴り合ってる現場見られたらどうするつもり?」
「ど、どう、って……」
「誤魔化すのも結構面倒くさいよ。ホンウィ、自分でどうにかしてくれるの?」
ん? と首を傾げた錦城は、相変わらず笑顔だが、目が笑っていない。
「……ご、ごめんなさい」
ホンウィはあっさり白旗を揚げた。はっきり言って、ある意味首陽より怖い。
腕尽くで取っ組み合ったら、正直ホンウィは、錦城になら絶対に勝てる自信がある。錦城は、彼本人が言っていた通り、本来は文官肌だからだ。
しかし。
「ん?」
目の笑わない笑顔を向けられた永豊君も、同じく「……すいませんでした」と一瞬で降伏宣言した。
何だか分からないが、こういう時の錦城に逆らってはいけない。それを、ホンウィも永豊君も本能で知っている。
もちろん、本当に逆らったことがないので、実行したらどうなるかは体験したことがないのだけれど、あとが怖いのは間違いない気がする。
「……じゃあ、本題に戻ろっか」
ようやく、普通の笑顔に戻った錦城が、ホンウィの襟首を離した。
「まず、ホンウィ。首陽兄上が書いた批答だけど、全部回収できたの?」
「その箱ん中の上疎出した奴の名前と、戻ってきた批答への宛名、つき合わした。まだ返ってきてないのも少しある。回収だけは、今日中に片付くと思うけど」
「そっかー……じゃあ、あとは新しく批答書くの、仕切り直しだね」
「ああ。それと、今回はもう批答書く端から持ってって貰う。全部書いてから、とか悠長なことやってたから、今回間抜けなことになったわけだし」
「学習はしてんのな」
呆れたような口調の声が降ってきて、ホンウィはその主を睨んだ。
「うっさい」
「あー、はいはい、チョンも余計なこと言わないの。今度下らない言い争いに発展したら、僕はひっそり家に帰るからね」
「俺には別に痛くも痒くもねーけど」
「うわぁあ、叔父上っ! お願いだから帰らないでっっ!!」
永豊君の返しにかぶるように叫んで、ホンウィは慌てて錦城(の腰辺り)にしがみつく。
「俺も叔父上だけど?」
ホンウィの顔を覗き込むように、グイと近付いた永豊君の顔に、ホンウィは錦城にしがみついたまま人差し指の先を突き付けた。
「ヒョク兄も帰んな! 帰ったら惠嬪母上に言い付けるからな」
「うわ、汚っ! つか、錦城兄上に対するのと随分態度が違ーな」
「同じようにやろうか?」
しばし、間が空く。その間に、永豊君は、自分にホンウィがしがみついてしおらしく(?)『お願い』しているところを想像したのだろう。
「……いや、遠慮しとく」
掌をこちらへ押し出し、離れた彼の顔色は、心なしか青い。
「何でだよ」
「何か、気色悪いから」
「ひっでーな。可愛い甥が困って泣き付くのが気色悪いって」
「自分で言ってりゃ世話ねぇよ」
「はいはい。三度目はないよ? チョンはいい加減に煽るのやめて。話が進まないでしょ」
「へーい」
永豊君は肩を竦め、盛大に唇を曲げた。
***
そのあとは、まさに戦場だった。
点心を執務室へ運ばせ、三人でそれを摘みながら、改めて批答を書く作業と取っ組み合った。
その合間に、回収された批答が戻り、それらの点検をしたのち、纏めて焼却場へ送るよう指示を飛ばす。
改めて書き上げた批答は、墨が乾く端から、上疎の提出主に届けられた。地方から送られて来たものだけは、仕方がないのですべて書き上げるまで纏めて保管することになった。
この日の内には、到底終わりそうになかったが、夕刻の会議の二刻〔約三十分〕ほど前には作業を切り上げた。
会議までの残り二刻で、地方へ送る批答は燃やされたりしないよう指示を徹底し、厳重に保管する。そして、処理済みの上疎を、公文書を保管する書庫へ運ぶ手配をする頃には、会議の少し前になっていた。
後片付けまで手伝って貰い、錦城と永豊君を見送って息を吐く間もなく、ホンウィは会議を行う大広間へ足を向けた。
「殿下のおなーりー!」
大広間に、尚膳の声が響く。
居並ぶ大臣と録事〔記録係〕が揃って頭を下げる中を、ホンウィは玉座へ進んだ。
短い階を上り、大広間を振り返る。王座に腰を落とすと、一拍の間ののち、コンとポフム、サンピルと数名の軍士が、先王の死に関係した医官全員を伴って広間へ入室した。カン・メンギョンもその中にいる。
軍士たちは、医官たちを小突いて、その場へひざまづかせた。
更にそこから少しの間を置いて、ホンウィは口を開く。
「今日は、先日から懸案だった、先代殿下のご逝去の件だ。ここにいる皆には、議政府からすでに通達が行っているであろう。その者たちの処遇についてはこれから申し渡すが……」
一旦、そこで言葉を切ると、医官たちのほうへ目を向けた。
「最後の機会だ。申したき儀があれば、申すがよい」
先頭に、スヌィと並んで座っていたメンギョンが、「それでは、恐れながら申し上げます」と口を切った。
「わたくしは、身に覚えなき罪咎でここに座しております。どうか、誤解をお解きになり、わたくしを放免くださいませ」
「ほう?」
ホンウィは、面白がるように唇の端を吊り上げる。
「それはまた、妙なことを聞く。大司憲」
「はい、殿下」
「この者の罪状は、何であったかな」
「はい。都承旨の罪状は、偽証であります。まだこの件が捜査中の頃、思政殿の南回廊にて、先王殿下が亡くなられた日の午前中、御医と安平大君様、領議政様と左議政様が密談していたとの目撃証言をしましたが、その後の調べで、領議政様と左議政様は、同時刻、議政府内にいたことが証明されております。また、安平大君様についても、同時刻にはご自宅におられたことが確認できております」
淡々とコンが述べると、メンギョンはコンのほうへ首を巡らせた。
「だから何です! 見間違いによる証言を偽証だなどと言われては、そもそも証言などできぬではないですか!」
しかし、コンは動じず、うっすらと笑みを浮かべる。
「また、司憲府での取り調べに於いても、彼は同じ証言をしつこく繰り返しております。それについては、公式に記録も取れております。加えて、当日の同時刻、思政殿の南回廊では都承旨本人が目撃されております」
「その、目撃者というのは、誰のことですかな」
問うたのは、右参賛、イ・サチョルだ。
「それは、この場では申せませぬ」
「は! 随分確実な目撃証言があったものだな。大方でっち上げであろう」
「すまぬが、右参賛」
口を挟んだホンウィに、サチョルが視線を転じる。
「大司憲に口止めしたのは私だ。ゆえに、彼を責めないでやって欲しい」
「口止め……で、ございますか?」
「そうだ」
「それはまた、何故」
「証言者の名前は控えてある。だから、この場で披露しようと思えば、できぬではない。だが、その証言者たちは、一様にある者に脅迫を受けたのだ。もし、見たことを話せば命はない、とな」
「では、その脅迫者を捕らえ、尋問すべきでは」
「確たる証拠が何もないのだ。目星は付いているが、憶測だけで捕らえることはできぬ。それは、義禁府に捕らえられた医女と、見張りの軍士を殺した者に関しても同様だ。義禁府の提調も全力でやった結果であるゆえ、此度、キェ・サンピルも提調へ留任とする」
「しかし、殿下!」
「キェ提調にも話したがな。一度の失態でいちいち解任していては、同じ過ちを繰り返す。そのほうが事態をより面倒にする。引責辞任と言えば、いかにも責任を取っていそうに聞こえるが、ある意味一番ラクな責任の取り方だと思わぬか。あとは後任に丸投げして、自分は隠居という名の逃亡を決め込めるのだからな」
「しかし、医女と軍士が殺された日の夜当直だった者をすべて罷免されたとか。矛盾しておりませぬか」
サチョルは、自身の勝ちを確信した目でホンウィを見据えた。だが、ホンウィもたじろがず、サチョルの視線を弾き返す。
「キェ提調についての今後は、彼の働き次第で留め置きとなるか、やはり罷免となるかが決まろう。さし当たって今、彼の留任を覆すつもりはない」
「では、義禁府の軍士の罷免は」
「それについても同様だ。医女と軍士殺害犯を逃したのは、偏にそれまでの因習の愚かしさに甘えていた彼らの責任だ。今後の戒めとして、罷免しても行き過ぎではないと判断している。ただ、彼らについても降格・転属先でどういう働きをするかでまた変わって来よう。――さて、都承旨はまだ何か言い分があるか?」
目線を転じると、メンギョンは眉間にシワを寄せたものの、「……いえ」と短く言って目を伏せた。
「左様か。では、都承旨以外の者の言い分はどうだ。取り調べ時と変わらぬか?」
スヌィを始めとする医官たち、一人一人と目線を合わせる。しかし、ピョン・ハンサン、チェ・ウプほか、スヌィ以外の八名は、一瞬目を合わせたかと思うと、ばつが悪そうに視線を逸らすばかりだ。
「……殿下。恐れながら、申し上げてもよろしいでしょうか」
最後に目線が絡んだスヌィだけが、口を開いた。
「申してみよ」
「は。わたくしの言上は、公式に残っている供述と変わりませぬ」
ほかの大臣たちには、意味が分からなかったに違いない。
公式? 公式とはどういう意味だ、という囁きが、さざ波のようにあちらこちらから聞こえてくる。
ホンウィは、伏せ気味にした目で、スヌィを見つめた。
公式――つまり、記録を取らなかった間に話したことを、この場で改めて言う気はない、ということだ。
「……理由を、訊ねてもよいか」
「殿下には、先刻ご承知のはずのことです。改めて申し上げずとも、お分かりでしょう」
このやり取りも、大多数の大臣たちには理解できなかったようだ。再び広間の中にさわさわと木々のざわめきのような、声にならない声が満ちる。
ホンウィは、瞬時目を閉じた。そして、次に上げた黒い瞳には、決然とした光が宿っている。
「……分かった。では、これより裁きを申し渡す。チョン・スヌィ前御医には打ち首の求刑があったが、本人はあくまでも真摯に治療と向き合い、力及ばなかったと主張している。よって、罪一等を減じ、典医監の庁直へ降格とする。また、ピョン・ハンサン、チェ・ウプ両医官も同様だ。求刑、棍杖百と都から三千里以上離れた地への流刑を減じ、医官を免職の上、令吏へ降格とする。チョ・ギョンヂ、チョン・イングィ、キム・ギロ、チョ・フンジュ、チョン・チャリャン、ソン・チョム各医官には、求刑された棍杖九十を減じるが、同じく医官を罷免し、内医院への仕進とする。以上だ」
しばし、その場が静まり返った。
庁直は、ここでは典医監に仕える従僕を指し、地位としては、官公庁所属の奴婢である公奴婢に近い。また、令吏とは、中央官庁所属の七品から八品の下級官吏のことだ。仕進は、役人として仕えることを意味し、いずれも死刑や流刑、棍杖に比べれば、処罰としては軽い。
故意ではないとしても、国王を死に追いやった罪状を鑑みれば、破格の減刑である。
事前にそれを知らされていた領議政ファンボ・イン、左議政キム・ヂョンソ、大司憲キ・ゴン、義禁府提調キェ・サンピルは、悔しげな表情でそれぞれ目を閉じ、あるいは顔をしかめている。
「また、偽証を行い、僅かながら捜査を混乱させた都承旨カン・メンギョンも罷免とする。都承旨の後任、及びピョン・ハンサン、チェ・ウプ両医官の正式な所属、カン・メンギョンの転属先は、追って沙汰する」
「お待ちを、殿下!」
「それはあまりにも不当な処罰でございます!!」
取り調べに立ち会った者以外の大臣たちが、一斉に騒ぎ出す。
「殿下、お考え直しください。百歩譲って故意でなくとも、先王殿下を死なせたのです。せめて御医には死罰をお与えください」
「そうです、殿下。どうか、厳罰を」
「どうか、お考え直しください、殿下」
「どうかお考え直しください、殿下ー」
「静まれ!」
揃って斉唱し出したのへ、ピシャリと一括すると、大臣たちは一瞬で口を閉じた。
先の会議で、机をひっくり返したり放り投げたりしたのが、やや効いているらしい。ホンウィは、静かになった広間を睥睨して言葉を継いだ。
「……私としても、父の無念を晴らしたい気持ちはある。国王としての立場を考えずともよいのなら、とっくに彼らを八つ裂きにしているだろう。だが、あくまでも国王としては、できる限り公平であらねばならぬ」
その場は再度、静寂に満ちる。
誰も彼も、一様に渋面を浮かべて視線を下に投げていた。
「仮に、王の死因が寿命であっても、医官の責任を問うという制度には、私も常々疑問を持ってきた。いくら医官とは言え、人の寿命を永遠にすることはできぬだろう。不治の病も同様だ。どんなに医官が名医であっても、その名医が全力を尽くしても、力が及ばぬこともあろう。それこそ、万能薬でも見つけぬ限りはな」
「殿下、それは」
「医官本人が、全力を尽くしたと申しておるのだ。ほかに何か、怪しいと思える確たる証拠でもない限り、本人の言を尊重しないわけにはいくまい」
「ですが、殿下! 此度の取り調べには、拷問は行われなかったと漏れ聞いております!」
(どこから漏れ聞いたんだよっ)
思い切り舌打ちしそうになったが、どうにか堪える。
「拷問せずに聞き出したことなど、誠ではございません。どうか、再捜査をご命じくださいませ」
「どうか、再捜査をご命じくださいませ、殿下ー」
「私は、この件について、決定を覆すつもりはない」
今のところはな、と脳裏でだけ付け足し、凛と告げる。その脳内の呟きが、もちろん聞こえないのであろう大臣たちは、揃って顔を上げた。
「殿下! 時には大臣の諫言にも耳を傾けるものです。それでこそ、殿下の公平な政が保たれるというもの」
「いいえ、殿下。賢明なご判断です」
そう、支持するようなことを言ったのは、それまで医官たちの肩を持っているとばかり思っていた、サチョルだ。いや、肩を持っているからこそだろう。
「医官たちに、先王殿下を害する意図がなかったのは明らか。拷問も必要ございません。わたくしは、殿下のご意思を尊重いたします」
「わたくしもです」
「わたくしも、尊重いたします、殿下」
ホンウィは、かすかに眉根を寄せた。
これまで、医官を庇うようなことを言っていたのは、サチョルだけかと思っていたら、この軽い処罰を支持する輩が意外に多い。
(……まさか……首陽叔父上の手が回ってる……?)
もしも、永豊君の言う通り、本当に首陽が王位を欲しがっているのだとしたら。いや、スヌィがすでに証言している。父を弑するようスヌィを仕向けたのは、首陽その人だと。
スヌィは、理由までは聞かなかったと言っていたが、王弟が兄王を殺す意図なんて、普通に考えたら一つだ。
それでなくても、李氏王朝が始まって以来、二代目以降には早くも王位争奪戦が起きていたのは、ホンウィも知っている。
祖父・世宗は、それを正し、落ち着かせるべく、長幼の序を重んじる道を選んだ。祖父の長男だった父を世子に据え、父の長男であるホンウィをその後継に定めたのも、その為なのだ。しかし――。
(……いや、それを考えるのはあとでいい)
内心で首を振ると、瞬時伏せた目を上げる。
「……私の決定を支持してくれる大臣がいるのはありがたい。ひとまず、父上のご逝去に関する件は、これにて落着とする。大司憲」
「はい、殿下」
「そういうわけだ。今日のところは全員司憲府へ留置して、明日になったらチョン・スヌィは典医監へ、ピョン・ハンサンとチェ・ウプ以外の元医官は、内医院へ移送してくれ。ピョン元医官とチェ元医官、カン・メンギョンに関しては、然るべき異動先が決まるまで司憲府へ留置とする。監視と警護を怠りなく頼む」
「承知いたしました、殿下」
コンは、胸部へ手を当て、恭しく頭を下げる。そして、ポフム、サンピルと軍士を促し、元医官たちとメンギョンを連行して退出した。
彼らを見送ると、大臣たちが改めて王座に向き直る。
「ところで、殿下。伺いたき儀があるのですが、よろしいでしょうか?」
口を開いたのは、ファンボ・インだ。
「何だ」
「先日の、身分と性差の話でございます。本日、批答が届いた者とそうでない者がいるようですが」
「ああ、そのことか」
吐息を一つ挟んで、ホンウィは改めて広間へ視線を投げた。
「少々手違いがあってな。昨日の内に、私の書いた批答が勝手に焼却処理に回され、私の意図とは違う批答が届けられた。この中にも、昨日届いた批答を返却した者もいよう」
一度言葉を切ると、該当者と思しき人間が周囲を見回したり、隣の者と顔を見合わせたりしている。
「そういう間違いがもう起こらぬよう、書き直した批答は書いた端から届けるよう手配した。順次、届ける予定であるから、心配は要らぬ。だが、個別に批答が要らぬと言うことであれば、皆が集まっているのだから、この場で私の答えを述べても構わぬが」
とは言え、上疎を上げた全員がこの場にいるわけではないので、この場にいない者に関しては、まだ作業が残る計算だ。が、この場にいる者の分だけでも、作業が減るのは正直助かる。
しかし、意外にもインは否定の言葉を口に乗せた。
「いいえ、殿下。その必要はございませぬ」
「それは、どちらの意味だ。批答が要らぬと言うことか。それとも、この場の回答が必要ないということか?」
「両方でございます」
これには、心底首を傾げた。
「どういう意味だ?」
「批答を受け取った者とそうでない者がいる、ということは、先日の我々の上疎に対する殿下のご回答を、知っている者とそうでない者がいる、ということです。提出された上疎の内容は、概ね皆同じ。そして、批答を受け取った者から自然、殿下のご回答はすべての者に知れ渡っております」
「……なるほどな。上疎に対する王の回答を、簡単に口外するのも褒められた行為ではないが」
今回に限っては、こちらの手間を省いてくれたということで、感謝してもいい。
その口に出さない言葉に気付く様子もなく、インは「申し訳ございません」と頭を下げた。
「しかし、そのご回答に対する、我々の回答は決まっております。殿下」
下げた頭を少しだけ上げたインは、神妙な表情で告げた。
「どうか、今後しばらく、政からお退きくださいませ」
©️神蔵 眞吹2019.




