第九章 疑心の再燃
「それで、どこから行くんだ?」
前を歩く永豊君が、顔だけこちらを見ながら訊ねる。
「司憲府。それから、とって返して資善堂だな」
答えるホンウィの頭部には、翼善冠の代わりに幅巾が巻き付けられ、手には冊子の包みが携えられていた。
着衣も、あまり目立たないものに変えた。
いくらちょっとそこの司憲府まで、とは言っても、宮殿を出る以上、葬礼用の白い常服でも目立ちすぎる。色は白でも、胸部と背部、それに両肩に金糸で龍の補が縫い取りされているのだから。
今のホンウィの着衣は、薄青い中致莫だ。これなら、中流両班の子弟にしか見えないだろう。
「もしかして、大司憲に用?」
「ああ。八つ当たりしちゃったから、謝らないと」
永豊君が、思わずといった様子で吹き出す。
「……何がおかしいんデスカ、お兄様」
「いーや、何にも」
と言いつつも、どこか笑いの残滓を引きずっているように見えるのはなぜだろう。
釈然としない気分を抱え、やや唇を尖らせながら、ホンウィは永豊君と共に、建春門を出た。
***
司憲府は、光化門正面に伸びた通り――俗に六曹通りと呼ばれている場所にある。
人事担当の吏曹、経済担当の戸曹、礼法・教育担当の禮曹、軍事担当の兵曹、国土管理担当の工曹の六つの官庁を総称して六曹と言うが、この六曹のほか、議政府、司憲府、漢城府などの主立った官庁がこの通りには軒を連ねている。
宮殿内にある思政殿の建物から議政府までが、単純に直線距離にして二町と十八間〔約二百五十メートル〕ほどだ。司憲府は議政府の筋向かいにあり、こちらもさして遠くない。
永豊君共々、両班の一般的な普段着姿だったので、司憲府の正門に到着した時は、永豊君の名前で司憲府へ入った。
が、大司憲の執務棟へ通された途端、大司憲、ことキ・ゴンは、瞬時唖然としたのち、慌ただしく立ち上がった。
「こ、これは殿下!」
そう呼ぶのを、止める間もない。
そこまで案内してくれた軍士は、コンの数倍は驚愕し、ひれ伏さんばかりだ。
「気にせずともよい。仕事に戻ってくれ」
「は、はいっ」
ギクシャクとした動きは、まるで下手な人形師の操る傀儡のようである。
自身の足につまづきそうになりながら退出する軍士を見送って、ホンウィはコンと向き直った。
「……悪い」
室内に三人だけになると、ホンウィは頭を下げる。
「そ、そんな、殿下。どうか、お顔を上げてください」
「いや。さっきは本当に悪かった。あんたは何もしてないのに、ひどい八つ当たりをして」
すると、しばしの沈黙ののち、コンはふっと吐息を漏らして口を開いた。
「……殿下は……誠、よいお子ですな」
「……は?」
予想外の反応に、ホンウィは思わず眉根を寄せた。同時に、頭を上げている。
「え、何……どういう意味?」
「いえ。お気に障ったらお許しを。ただ……永豊君様もおられるこの場で申すと、本当に不敬罪で処罰されそうですがな。両班以上の特権階級層の者は皆、頭を下げるということを知らなさすぎると、常々思っていたのです。中でも王族に至っては、謝罪という単語が辞書にない有様ですからな。特に、身分的に目下の者に対しては」
「あんたも、割と言いたい放題言うな」
「何の。殿下には負けますよ。そのお言葉遣いが、すでに王らしくありませぬ」
「あ」
覚えず、口元に手が伸びる。
ポフム以外の者の前では、意識して王族ブリッコしていたものの、先刻はコンの前でうっかり爆発してしまった為、彼の前でも仮面が崩れていた。
「よろしいのですよ。ただ、ほかの者や公の場ではお気を付けられたほうがよいでしょう」
「……うん、まあ……分かってるつもりだけど」
はあ、と小さく溜息を吐いて、側頭部を掻いた。
「それで、わたくしの元にわざわざお運びいただいたのは、謝罪の為だけで?」
「いや……」
瞬時、目を伏せたホンウィは、静かに上げた目線をコンに据える。
「頼みがある」
「何でしょう」
「調査を、続行したい。だから、手伝って欲しい」
一拍の間ののち、コンは胸元へ手を添え、「承知いたしました」と言って一礼する。
「早速だけど、領議政と左議政はどうした?」
「御命通り、放免致しました」
「そうか、ありがとう。で、都承旨は?」
「何もご指示がなかったので、含元殿へそのままに。もちろん、見張りも付けてございます」
言いながら、コンは「どうぞお座りに」とホンウィと永豊君に席を勧めた。大司憲の執務机の前には、来客用なのか会議用か、長方形の机が一脚置かれている。
ホンウィが上座に、永豊君が次席に着くと、コンは自分も永豊君の向かいへ腰を下ろした。
「さっき、あんたは言ってたな。都承旨が、父上の死に関わってるんじゃないかって」
「左様です。でなければ、誰々をどこそこで目撃した、などと具体的な作り話はしないでしょう。更に言えば、単純な作り話にしては具体的過ぎます」
「つまり……その場にいたのは、領議政と左議政じゃなく、都承旨本人なんじゃねぇかってことか?」
「はい、殿下」
ホンウィは、俯いて拳を顎先に当てる。
その理屈で行くと、もしかしたら首陽もその場にいたのだろうか。
(いや……何言ってるんだ。俺は叔父上を信じるって決めたばっかじゃねぇか)
そして、彼の無実を証明する為に、ここにいるのだ。
「……でも、そうしたら何で標的が領議政と左議政だったんだろ」
ポツリとこぼしたのは、永豊君だ。
「と、仰いますと?」
「だって、そうだろ? 嘘を吐いて罪を逃れるだけなら、別にその場にいたのは自分以外の誰でもよかったはずだ。その辺の内官と、とか言っとけば、裏取りされることはなかったし、裏が取れたとしたってずっと時間が掛かった。こんなに早く嘘がバレることもなかったと思う」
「確かに……そうですな」
「それって、つまり二人を陥れる意図もあったってことか?」
ホンウィが訊ねると、永豊君が「多分な」と頷く。
「まあ、確実に陥れようって魂胆があったとしても、かなり杜撰だから、これは俺の勝手な推測だけど」
「いいえ。永豊君様のご推察、大方当たりかと存じます。肝要なのは、それが事実か否かを確かめることでございますが……」
「裏取り、頼めるか。領議政と左議政の時と違って、そう簡単じゃないぞ」
若干、不安を覚えながら、ホンウィは口を開いた。
何しろ、四日も前のことだ。その場を見た人間がいるかどうかも分からない。
だが、コンは不敵に笑って「お任せを」と答えた。
「こういう時の捜査や証拠固めも、司憲府の仕事の一環です。むしろ我々には専門でございますれば」
「どのくらい日にちが要る」
「三日もいただければ」
「分かった。任せる」
「畏まりました」
「それと、当日の首陽兄上と安平兄上の動向も調べて貰えるか」
「ヒョク兄」
永豊君の言ったことに、若干非難するような声が出てしまう。だが、この兄と見紛う若い叔父は、とことん容赦なかった。
「腹括ったなら、逃げてたってしかたねぇだろ」
「それは分かってるけど」
「いーや、分かってねぇよ。お前、無意識に兄上たちの話題避けてただろ」
「う……」
分かり易く目が泳いでしまう。
話題が出なければ、自分から言おうとは、確かに思わなかったかも知れない。言わずに済めば、それに越したことはないと思っていなかったと言えば嘘だろう。
「あの、恐れながら、永豊君様」
「ん?」
「どういう意味か、ご説明いただいてもよろしいでしょうか?」
「構わないよな、殿下?」
殿下呼びが、いかにもわざとらしい。嫌味だとしか考えられないが、逃げているのは、ほかならぬホンウィのほうだ。
「……勝手にしろよ」
「おお、するわ」
売り言葉に買い言葉のような応酬のあと、永豊君はコンに向き直る。先刻、ホンウィがしてやったばかりの話を、永豊君が掻い摘んでコンにしているのを、ホンウィは何とも言えない気分で聞いていた。
「……で、大司憲はどう思う?」
「そうですな……」
コンは、ただでも厳つく見える顔を、更に難しくしながら、眉間にシワを寄せた。
「……これは……あくまでも、わたくし個人の推測です。殿下には少々お辛い話になるやも知れませんが、殿下の危惧していらっしゃることが八割方当たっているのではありますまいか」
ホンウィは、唇を噛み締めた。
もしかしたら、自分の憶測ではないかと、そうならいいと思っていたのに。他人が同じように考えた推測を聞かされるほど、痛いことはない。
それは、客観的な意見だからだ。
「じゃあ、残りの二割は?」
黙ってしまったホンウィに代わって、永豊君が問いを重ねる。
「一つは、今申した通り、首陽大君様も関わっていらっしゃる可能性。もう一つは、都承旨が安平大君様のお名を挙げるのを忘れたか、意図的に隠している可能性。ただ、意図的に隠したとしたら、首陽大君様には安平大君様のお名を出したのに、殿下には隠したのはなぜかという疑問が残りますな」
「そっちの可能性は低いと?」
「不自然です。都承旨が安平大君様も陥れるつもりだったとしたら、そこは徹底するはずですから。どちらにせよ、都承旨の行動の動機は、現時点では分かり兼ねますが」
「どの道、そこも捜査過程で明らかになるだろうな」
「はい、永豊君様。必ずや、明らかにしてみせます」
「頼んだ」
「は」
「で、ユウォル」
「……え?」
再度、脳内が混乱していたホンウィは、少し呆けたような声を出してしまう。
「え、じゃないよ。持ってるモノ、大司憲に渡したら?」
「殿下。何かお持ちで?」
「あ、ああ……これ」
ホンウィは携えてきた日誌の包みを、コンに差し出す。
「昨日、殺された医女の友人だって女から預かった。父上の病状と御医の治療、それに、医術書に載ってる処方との比較が割と細かく記されてる。証拠の一つになると思う」
「拝見します」
コンは、恭しく受け取った包みを開き、日誌を手に取った。
しばらく、彼が日誌に目を落とし、それをめくる音が続く。やがて、三冊共にざっと目を通し終えたのか、コンは強張った顔を上げた。
「……これは、由々しき事実ですが……同時に助かります。現場の者の証言ほど確かなモノはございません。本人が亡くなっているのが何とも残念ですが……」
「……その辺の、義禁府の管理不行き届きと、囚人と見張り殺害の調査の件だけど、できたら司憲府からも人を出してくれねぇか」
「それはもちろんです。昨日の内に、掌令から報告が上がっていますので」
「そう言えば、今日はその掌令の姿が見えねぇな」
「ああ、彼なら昨日から王宮に詰めております。含元殿の見張りで」
「そっか」
ホンウィは頷いて、席を立った。永豊君もそれに倣う。
「その日誌は司憲府に預ける。心して保管して欲しい」
「畏まりました」
「それと、その日誌を付けたヨ・ガリョン医女の友人だが……証人として呼ぶ必要があるか?」
「それは……彼女がどこまで知っているのかによりますな」
「彼女は、カリョンが日誌を預けに来た時、“御医が必ず罪を逃れようとするだろう”と言ったのは聞いたらしい。けど、それ以上の、父上の診療のことについてはまったく知らないと思ってよさそうだ」
「ならば必要ないでしょう」
「分かった」
ホンウィが再度首肯すると、コンも立ち上がった。
「では、確認いたします。先代殿下のご逝去の日の朝から午前中に掛けての思政殿・南回廊での目撃証言、及び首陽大君様と安平大君様の現場不在証明の確認。これらの調査を承ります。結果は五月二十一日に殿下の元へ。それで間違いございませんな」
首陽と安平の、不在証明。
そう確認されて、怯まなかったと言えば嘘だ。しかし。
「……ああ。頼んだ」
ホンウィは、はっきりと首を縦に振る。
怖がっていたって仕方ない。事態は前へ進みはしない。
首陽の無実を確認するには、こうするしかないのだから。
「承知いたしました」
コンが、改めて頭を下げる。
「チョン御医の本格的な取り調べだけど……全部証拠が出揃ってからのほうがいいよな」
「左様ですな。言い逃れできぬように準備してからのほうがよろしいでしょう」
「問題は都承旨か……」
唸るように言うと、コンと永豊君が首を傾げた。
「何の問題でしょうか」
「彼も容疑がまだ晴れたわけじゃねぇのは明らかだろ? 解放するかで迷ってんのか?」
「や、そうじゃなくて、拘束場所」
あっさり言うと、コンと永豊君の目が同時に点になった。
「だって資善堂が医師団だろ。で、都承旨が含元殿で、これで宮中の建物二つ容疑者で塞がってるってどうよと思わねぇ? いい加減どっちか空けて欲しいっていうか」
「……指示したの、お前だよな?」
「仰る通りなんだけどよ。一緒にしとくと、今度口裏合わされるんじゃねぇかって気がして不安っつーか……かと言って、うっかり義禁府に戻して肝心の口塞がれたら目も当てられねーし」
すでに、三人の証人の口が塞がれている。これ以上の証拠隠滅は、御免こうむりたい。
かなり真剣に悩んでいると、ふと視線を感じて、ホンウィは顔を上げた。
「……何だよ」
永豊君はともかく、コンまでが、どこか胡乱な顔付きでこちらを見下ろしている。
「俺、何かおかしなこと言った?」
「いえ……その」
「やー、叔父バカって言われるの承知で、今までお前のこと、年の割に賢いって思ってたけど……その辺やっぱまだガキだな」
「なっ」
直線的な貶し文句に、一瞬顎が外れる錯覚を覚えた。
「どーゆー意味だよっ!」
「そのまんまの意味だよ。意外に後先考えてねーんだろ」
「うっ、うるさいな! じゃ、どーすりゃよかったんだよ!」
その場その場で取れる最善策を選択してきたら、結果、少々面倒臭いことになってしまった。ホンウィに言わせれば、それだけなのだが。
「殿下、お気になさらず。若い内は失敗して何ぼ、と申しますゆえ」
「そうそう、お気になさらず、殿下」
コンに続いて言った永豊君に、頭をポンポンとからかうように叩かれて、反射でその手を跳ね除ける。
「気にするわっ! つか、コン、てめぇ全っ然助け船になってねぇから!!」
「おやおや。それは失礼しました」
「失礼だと思ってねーだろっっ!!」
「いいえ、殿下。滅相もございません」
二人のやり取りに、堪え切れない、とばかりについに爆笑した永豊君に、コンが釣られるように軽く吹き出す。
しかし、さすがに臣下が王の眼前で本気で笑うわけにはいかないと思ったのか、彼は辛うじて口元へ手を当て、後ろを向いた。
室内にはしばらく、永豊君の笑う声と、コンが肩を震わせる姿に、すっかりお冠になったホンウィが逆ギレ気味にキャンキャンと吠える声が響いていた。
***
「……ッ、あーっ、笑った笑った」
「……まだ言うか、このクソ兄が」
「いえいえ、本当に滅相もない。ただ、お前くらいの子があーやってムキになってると何つーか……」
クックッ、と思い出し笑いでもするように、横を歩く永豊君は肩を上下させる。
「ったく……」
唇を尖らせながら、いつものように建春門から宮殿へ足を踏み入れる。
何の気もなく、右手に視線を投げると、その先にある資善堂から、見慣れた人影が出てくるところだった。覚えず瞠目して足が止まる。
それに、永豊君も気付いたのだろう。
慌ててホンウィの手を引いた。
何するんだ、と言い掛けるのも察したのか、永豊君の空いた手が口を塞ぐ。
資善堂から出てきた人影――首陽大君その人から死角になる植え込みの陰までホンウィを引きずり込むと、永豊君はようやくホンウィの口から手を離した。
「――ヒョク兄!」
抗議の声は、囁くような音量になる。
「何なんだよ、一体!」
「……だってお前、今、兄上とツラ付き合わせて、冷静でいられるか?」
「ぅぐっ……」
とっさに言葉を返せない。
直線的に、言ってはならないことを言ってしまうような気はする。
けれど、自分は絶対に首陽を疑ってなどいない。疑ってはいけないのだ。
「……そういうヒョク兄はどうなんだよ」
「俺?」
「ああ、そーだよ。もしかして、俺なんかより、ヒョク兄のほうがキツいんじゃねぇのか。だって、ヒョク兄にとって首陽叔父上は実の兄上なんだから」
甥である自分より、永豊君は血筋的にずっと首陽に近い。腹違いとは言え、実の兄を疑わなければならないなんて、もしかしたらホンウィよりも辛い思いをしているのかも知れない。
それを裏付けるように、永豊君は、今日会ってから初めて少し顔を俯けた。
そうしてしまうと、しゃがんで身を隠している彼の顔の上半分は、笠の鍔に隠れてしまって、表情が見えなくなる。
「……は、後先考えてねえガキかと思えば、変なところで鋭いよな、お前」
「図星かよ」
「だったらどうだってんだよ」
吐き捨てるように言って、永豊君はホンウィの額を人差し指でチョンとツツいた。
「でもやっぱガキだな。こういう時は、知らん振りしとくのも優しさだぜ」
「……ごめん」
その謝罪には、たった今だけのことでなく、司憲府でのことや、今日宮殿を出る前に尻を叩いて貰ったことも含まれていた。
自分のほうが辛いのにそれを一切表に出さず、ひたすら幼い甥を気遣ってくれる彼は、やはりそれだけ大人なのだ。そう思うと、たった七つの差が、ひどく大きく感じられる。
永豊君は、ホンウィの謝罪に対して何も言わなかった。
相変わらず、目元は鍔に隠したまま、ただ唇を吊り上げてホンウィの頭を撫でる。
「……それにしても、首陽兄上はこんな所で何やってんだ?」
資善堂をあとにする首陽の背を見送りながら、永豊君はポツリと漏らした。
「資善堂には、フィジ兄上の主治医たちが幽閉されてるって、お前言ったよな」
「うん。中から出て来たってことは、御医たちと話でもしてたのか……?」
ホンウィは自身の呟きに目を見開いた。覚えず、永豊君に向けた視線が彼のそれとピタリと重なる。
永豊君も、目を瞠ってこちらを見ていた。
「……何の為だよ」
呆然と言った永豊君と見つめ合っていたのは、ほんの一瞬だった。
「今すぐ踏み込んで確認する」
「ちょっ、待てユウォル!」
植え込みの陰から飛び出そうとするホンウィの腕を、永豊君が再びしっかりと掴んだ。
ふりほどこうともがくが、どうにもならない。容赦なくぶちかましてもいいのなら話は別だが、じきに成人を迎える年の彼と、まだ十歳のホンウィでは、単純な腕力に差があり過ぎた。
「離せよ、ヒョク兄!」
「だから落ち着けよ! 踏み込んで何を確認するってんだ!?」
「決まってるだろ! 今、首陽叔父上と何を話したのか訊くんだ」
「訊いて答えると思うかよ」
「答えなくてもいずれは訊かなきゃならねぇだろ! 今踏み込んで訊けば、取り繕う暇なんてないから、少なくとも、絶対何か尻尾くらいは出す!」
永豊君は、言い返さなかった。
怯んだ、というのでもなく、返す言葉がないのとも違う表情だ。瞬時、沈黙した永豊君は、吐息と共に口を開いた。
「……分かったよ、俺が行く」
「ヒョク兄が?」
「ああ。だからお前は着替えて来い。そのあとでなら資善堂に顔出してもいいから。お前がいない間の内容はあとで教えてやる」
「着替えって……」
「その格好で、御医の前に出るつもりか? その辺の見張りの軍士にまずどこ行ってたんだって怪しまれるだろ」
「あ」
言われてみればそうだ。
分かった、と頷くと、永豊君はさっさと立ち上がって資善堂へ向かった。
軍士の目線が永豊君へ向いた瞬間、ホンウィは植え込みの陰を移動し、資善堂の裏手へ走り込んだ。
©️神蔵 眞吹2018.




