番外編 珊瑚の新しいお兄ちゃん【最終話】
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
三〇分後。
食堂のドアを開けた翔太兄ちゃんにクラッカーが乱れ飛んだ。
パン!
パパン!
パン!
翔太兄ちゃんの驚いた顔はきっとずっと忘れられない。
「珊瑚ちゃん! 翡翠お嬢さま! 瑠璃花お嬢さま!」
「もう、あなたは私たちのお兄さまでしょ? ちゃんと呼び捨てなさい」
瑠璃ねえの迫力に直立したまま言い直したお兄ちゃん」
「珊瑚ちゃん、翡翠ちゃん、瑠璃花さま」
「軽く死にたいのかしら?」
瑠璃ねえに睨まれて震え上がるお兄ちゃんを、珊瑚は主賓席に案内する。
「今日はね、兄妹だけで晩ご飯だよ」
テーブルには急遽出前で取った特上のお寿司。特別にお願いしてトロとウニをいっぱい入れて貰った。赤だしは料理が得意な翡翠ねえが作った。そしてこの白い紙袋はアヤねえの話を聞いて買ってきた――
「はい、お兄ちゃん」
3人を代表してあたしがその袋を手渡すと、瑠璃ねえと翡翠ねえが盛大な拍手をする。
「何これ? 開けてもいい?」
「もちろん。食べてもいいよ」
「食べても? あっ!」
袋を開けなくても分かったみたい。
そうだろうな、だってそれは翔太兄ちゃんの大切なものだもん。
ふたりのキューピットだもん――
あたしはアヤねえが昔、翔太兄ちゃんの妹だったってどういうことか聞いてみた。だって意味わかんないもん。そしたらアヤねえは「ふふふっ」って笑ってちょっと遠くを見た。
「わたしね、翔太さまに「お兄ちゃんになれ」って命令したの。コロッケあげるからって。珊瑚ちゃんと同じ小学校4年生の時だったな」
「アヤねえもお兄ちゃんが欲しかったの?」
う~ん、と考えたアヤねえ。珊瑚ちゃんはどうなのって聞く。あたし考えた。あたし、お兄ちゃんが欲しかったのかな。ううん、半分正解で半分違う。翔太兄ちゃんだからなんだ。珊瑚は翔太兄ちゃんが大好きなんだ。だからデートしたんだって思った。そうお話ししたら、アヤねえはクスクスと笑う。
「そうよね。わたしもそうだった。だってわたしの好きな人はずっと翔太さまだったんだもの。想い出すなあ、あの時のコロッケ……」
袋から2つのコロッケを皿に出した翔太兄ちゃんはあたしたちを見て「ありがとう」って言うと、ふたつのコロッケを半分ずつにした。
「こんな僕でもいいのかな。お兄ちゃんって呼んでくれるかな?」
小皿に載せて半分になったコロッケをあたしたちに配る。アヤねえに教えて貰ったコロッケの話は瑠璃ねえにも翡翠ねえにもお話しした。あたし感動したから一生懸命お話しした。だからみんなちょっと泣いた。50円のコロッケが買えなかったお兄ちゃん。松友に来てからも優しくて、全然変わらないお兄ちゃん。アヤねえにも仲良くしてあげてねって何度も何度もお願いされた。だからみんな今日から「お兄ちゃん」って呼ぼうって決めた。
「「「よろしくね、お兄ちゃん」」」
瑠璃ねえがさあ食べましょう、ってコロッケを頬張る。それに釣られてみんな頬張る。
珊瑚はお兄ちゃんのお皿にトロとウニを取ってあげる。だって回転寿司で「一度食べてみたい」って言ったんだもん。食べたことないんだって。だけど、お兄ちゃんはコロッケを食べ終わると箸を置いた。
「ありがとう、瑠璃花、翡翠、珊瑚。僕は……」
お兄ちゃんの口は何か動いているけれど、言葉は出なかった。
だって一番ポタポタと涙を落としてたのはお兄ちゃんだったから。
番外編 珊瑚の新しいお兄ちゃん 完
【あとがき】
温かくなってきました。週末はTシャツで過ごす今日この頃、しまむらのアニTが大活躍しています。高木さんにWORKING!!、おそ松さん。しかし周囲にはアニT着てる人って少ないんですよね。それでいいのかジャパニーズ!
どうも、いい歳したおっさんの日々一陽です。
番外編「珊瑚の新しいお兄ちゃん」はいかがでしたでしょうか。
自分の父親が意外なところから現れて、新しい生活が始まった翔太。それまでの貧乏暮らしから180度ひっくり返ったような世界、そして新しい人間関係。不安と孤独感に包まれた彼と小学4年生の新しい妹との、小さな小さなお話。
正直に申しましょう。当初、珊瑚ちゃんはほんのちょい役の予定だったんですけど、気がつくと姉の瑠璃花を超える大活躍をしていました。だって書いてて可愛かったんだもん。
僕は女じゃないのでよく分かりませんけど、女の子って4年生くらいになると結構しっかりしているように思うんですよね。男は子供ですけど。だから、珊瑚ちゃんはおませな女の子ですけど、決して特別な女の子じゃないと思うんですよ。でも、凄くいい子なのは間違いありません。近い将来、彼女が選んだ男は絶対幸せ者ですよね。
さて、ご愛読いただいた「お兄さま、綾名は一億円で嫁ぎます」はこれにて完結となります。最後までのご愛読本当にありがとうございました。
翔太と綾名に可愛がられて満面の笑顔を浮かべる珊瑚を想像しながら、この物語の筆を置きたいと思います。
以下、宣伝です。
次回作「こんなに華麗な美少女が、あたしに恋するはずがない!」も絶賛連載中です。
こちらは「元・男子校」にたったふたりで入学した女生徒のお話です。優しくて頭も良くって、その上途方もない美人の千歳。そんな彼女に心奪われる眞名美。しかし、千歳には重大な秘密がありました―― って言う、男の娘大活躍のお話です。そう、方や男の娘なので、決して百合ではありません。純然たるラブコメになる予定です。宜しければ是非こちらもお楽しみくださいませ。




