番外編 珊瑚の新しいお兄ちゃん【4】
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
騙されたっ!
抗議してやる、翔太兄ちゃんに断固抗議してやるっ!
ずんずんずんずん――
翌日、家に戻ったあたしは真っ直ぐ「音楽のお部屋」に突き進んだ。
だって、翔太兄ちゃんはあたしを騙してたんだもん――
今日は学校から帰ると、アヤねえに会いに行った。昨日瑠璃ねえに頼んだらふたつ返事で会ってくれるって言ってくれたんだ。アヤねえは瑠璃ねえのお友達で、珊瑚の家にはよく来てくれたけど、あたしがアヤねえの家に行くのは初めてだった。外から見たら江戸時代のお屋敷みたいなお家。
案内されたアヤねえの部屋は珊瑚の部屋より狭いけど、真っ白で可愛らしいお部屋でした。
「ケーキはどれがいい?」
机の上に白い箱を開け、ケーキを勧めてくれるアヤねえ。メイドさんや執事の人はいないらしく、自ら紅茶を入れてくれるアヤねえ。すっごく綺麗だし、とっても大人に見えるな。大学生って言っても信じちゃう。
「じゃあ苺のケーキをいただきます」
目の前に、苺のケーキと紅茶が並んだ。
「どうぞ召し上がれ」
ひとくち食べてふたくち食べて、もうひとくち食べて、苺も甘くて美味しいケーキ。バクバク食べるあたしをアヤねえはニコニコ眺めてる。
「で、どうしたの珊瑚ちゃん? 突然会いたいって」
「あ、うん。実はね、もぐもぐ。アヤねえに聞きたいことがあって……」
何て言おう。単刀直入に言っていいのかな。それとも周りから少しずつ攻めていく方がいいのかな。
「なあに?」
アヤねえ、何だか嬉しそうに、じっと珊瑚の言葉を待っている。
「あ、あのさ。翔太にい、じゃなくってさ。青柳翔太さんがあたしのお兄ちゃんになったの、知ってる?」
「うん知ってるわよ。ビックリしちゃった」
知ってたんだ。ま、そりゃ瑠璃ねえの親友だし当然か。
「だよね、ビックリだよね。珊瑚もビックリした。でもすっごく嬉しい。だってさ、翔太兄ちゃん優しいんだよ。お勉強教えてくれるの上手だし、珊瑚の知らないこといっぱい知ってるし、珊瑚にマンガを貸してくれるし、珊瑚のピーマン食べてくれるし」
「悪いお兄さんね」
「悪くないよ。優しいよ。最高のお兄ちゃんだよ」
それは良かったわね、ってアヤねえは笑う。
「でさ、アヤねえは翔太兄ちゃんのことどう思う?」
驚いた。
ビックリした。
あたしの質問にアヤねえはハッキリこう答えたんだ。
「もちろん大好きよ」
「えっ? でもアヤねえは大学生の人と結婚するんでしょ?」
「それがね――」
アヤねえは、それはもう嬉しくって堪らないって顔で本物の王子さまが現れたんだって言った。アヤねえのお家の借金を全部払ってくれて、大学生の人との結婚を断ってくれたその王子さまと結ばれるんだって。そう、王子さまの名前は「翔太さま」。
「でも昨日、翔太兄ちゃんはそんなこと教えてくれなかったよ。アヤねえには片想いだって言ってたよ。珊瑚には教えてくれなかったよ!」
アヤねえに抗議するのは間違ってるって分かってる。でも酷いよ。アヤねえは結納もまだだし、きっと全部決まってからお話しするつもりだったんだよって言うけれど、珊瑚だけ子供扱いは酷い。デートの時、もう子供じゃないって言ったのに酷いったら酷い!
「翔太さまと仲良くしてあげてね」
アヤねえには、お願いするわねって言われたけど――
思いだしても腹が立つ。
許せない、翔太兄ちゃん許せない。
珊瑚が怒ったらどうなるか、目にもの見せてあげるから!
トントン
部屋の中から「は~い」って声がして、ドアがゆっくりこっちに開いた。
顔を出したのは勿論翔太兄ちゃん。ジーパンに赤いチェックのカジュアルシャツの格好で、あたしを見ると「あっ、珊瑚ちゃん」って言って、中にどうぞって身振りをした。
「翔太兄ちゃんのバカッ!」
思いっきり叫ぶとビクッとこっちを見た翔太兄ちゃん。
今がチャンスだ!
バシャッ!
決まった。
翔太兄ちゃんの顔には真っ白なクリームパイが、べちゃべちゃベットリとめり込んだ。
「うぶぶぶぶ……」
翔太兄ちゃん、クリームだらけで言葉が出ない。
きっと翔太兄ちゃんは、珊瑚がアヤねえの家に行って全部聞いたこと、そしてすっごく怒っていることをもう知っている。だってアヤねえが連絡するに違いないから。だから先手必勝なんだ。
「うぶぶぶふうっ…… ごめん珊瑚ちゃん、隠してて」
謝る翔太兄ちゃんだけど珊瑚は絶対許さない。
「それだけ? 謝るのそれだけ?」
「えっと、それだけ、って?」
もう、だから男って鈍感。
「アヤねえって人がいるのに、あたしとデートしたでしょ! アヤねえに隠れて珊瑚と浮気したでしょ! アヤねえが知ったらカンカンに怒るよ! ちゃんとアヤねえに謝ったの?」
「あ…………」
あたしは持っていたタオルでお兄ちゃんの顔にべったり付いたクリームを拭き取ってあげた。最後、自分で顔を拭う翔太兄ちゃん。完全に隙だらけ――
ちゅっ!
「――え?」
「珊瑚は本気だったんだよ。本気で、本気で翔太兄ちゃんのこと心配したんだよ。アヤねえと一緒になる方法はないかって昨日は眠れなかったんだよ」
お兄ちゃんのほっぺたに残ったクリームは、少しだけ甘かった。
「ホントごめん珊瑚ちゃ……」
「そんなことよりさ、お風呂湧いてるから早く入って綺麗にして。そしたら食堂に来るんだよ。三〇分後だよ、ちょうどだよ。早くても遅くても許さないよ!」
「――分かった」
そのまま部屋を出て行くお兄ちゃん。一歩二歩三歩、廊下を歩く後ろ姿に珊瑚は心の中だけで大声を上げた。
「おめでとう、翔太兄ちゃん!」




