◆ 3話 ◆
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翔太と綾名は駅の改札前で再び落ち合う約束だった。
けれども一条は彼女の小さな手を取り駅まで付いてきた。
仕方なくひとり改札を抜ける綾名。そうして一条に向かって慇懃に頭を下げるとホームへ降りる階段へと消えた。
ふたりの後ろをつけてきた翔太、一条が去るのを見届けると改札を通り急いでホームへと向かう。走るように階段を下りていくと、長い黒髪の少女を見つけた。
「綾名!」
その声にホームでスマホを操作していた綾名は顔を上げる。
「お兄さまっ!」
綾名は階段下まで駆け寄ると勢いよく翔太に飛びついた。
「あっ、って、危ないって!」
少しよろめきながら彼女を受け止めた翔太は、縋るように見上げる綾名に微笑んで。
「大丈夫?」
「……はい」
「あっ、携帯が」
着信を告げるガラケーを取り出す翔太、綾名は慌てて自分のスマホにタッチする。
「それ、わたしです。いま連絡しようと」
「あ、ホントだ」
互いに微笑み合うと、どちらからともなく手を繋いでホームを歩く。
電車は出たばかり、ふたりは3人掛けのベンチに並んで腰を下ろす。
「あの…… どうでした? 一条さんは」
翔太には子供たちの声が邪魔をして話の半分しか聞こえなかった。
でも、裏を返すと半分はちゃんと聞こえていた。
「そうだな、背も高くて見た目もイケメンだし、頭も良くってお金持ちなんだろ?」
「それ、会う前の情報からなにひとつ変わってませんよ」
「ごめんごめん。そうだ、ポルシェに乗ってるんだって? すごいじゃん、メチャ高いんだろ!」
翔太は貧乏だがバカではない。
綾名と結婚するであろう男の悪口を言うなんて、そんな野暮なことをするつもりはサラサラない。けれども彼が見たのは、嬉しそうな一条と、愛想笑いを浮かべるだけの綾名。彼が聞いたのは、一方的に喋る一条と短い返答ばかりを繰り返す綾名。
言葉探しに悪戦苦闘する翔太の心を見透かしたのか、綾名はにこりと微笑んだ。
「ポルシェって高速道路を何キロで走れるんですか?」
「制限時速は100キロだろ、ポルシェだろうとランボルギーニだろうと100キロだ」
「なぁんだ、残念!」
そんな使い古されたネタで、ふたりは顔を見合わせ笑い出す。
「ふふふっ!」
「ははっ!」
やおら、綾名は背筋を伸ばすと居住まいを正した。
「聞こえてましたよね、一条さんとのお話。週末に約束があるというのはウソ、手首の怪我もウソ、わたしは大嘘つきになってしまいました。だからここで懺悔します。ごめんなさいお兄さま、許してください」
「どうして僕に謝るの?」
「だってわたしのお兄さまじゃないですか!」
「じゃあ、許す」
綾名は大げさに十字を切ると少しだけ微笑んで。
「あの、お兄さま。わたし、お兄さまにふたつお話があるんです。「謝罪」と「お願い」。どちらから聞いていただけますか?」
謝罪とお願い?
綾名はずっと微笑みを絶やさずに、じっと翔太を見つめている。
しかしその瞳はどこか必死で、思い詰めているようで。
翔太は考える。どんな内容かは分からないけど、今の綾名に、こんなに辛そうな綾名に「謝罪」をさせる選択肢はない。残るは一択だ。正解確率100%のイージー問題だ。
「じゃあ…… お願い、から」
「わかりました。じゃあ、お願いです。今からわたしと…… デートしてくださいっ!」