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お兄さま、綾名は一億円で嫁ぎます  作者: 日々一陽
どこまでも、どこまでも
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エピローグ

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ふたりは並んで歩いた。


 綾名は桜色のきらびやかな振り袖を身にまとい、

 翔太は新調のタキシードに白い絹のネクタイを揺らしながら。


 春日のお屋敷はもう遙か遠く見えなくなってしまった。

 すれ違う人はみな不思議そうに僕らの格好を見る。


 肩に感じる綾名の気配は優しく微笑んでいて、翔太は真っ直ぐこの道の先を見据える。

 これからどこに行こうか、どの道を進もうか、そんな言葉はいらないと思った。綾名が隣にいる、一緒に歩いてくれている、それだけが大切なことだ。


 あの後、翔太が婚姻届を破り捨てると、綾名のご両親は申し合わせたように口を開いたまま固まってしまった。松友の金髪お母さまも同じで、悲鳴を押さえるように両手で口を塞いでいた。ただ、隣に座っていた父はこっちを見て苦笑いしていた。予想していたのかも知れない、翔太の暴挙を。

 結納に一億円を添えること、儀式の全てを翔太に任せること、そして慰謝料の使い方には一切の文句を言わないこと、そう念押ししていた。春休みのパーティーで春日家の状況を知っていた学者先生は僕がすることを予感していたのかも知れない。それでも全てお前の好きにしろと言って任せてくれた。


 さて、正面にかしこまっていた綾名。

 彼女はじっと翔太を睨んでいた。けれどもその目は怒っているようには見えなくて、驚いた風でもなかった。きっと僕の意図を理解してくれたんだと思った。幸せは半分こだって。


「お待ちください!」


 そう叫ぶや、彼女は流れるような動きで下座に移動すると一同に向かい背を伸ばし、そうして畳に両手をついた。


「春日家は松友さまのお陰で自由になりました。けれど綾名は、綾名は翔太さまと一緒に歩んでいきとうございます」


 凛と明瞭に通る声。

 その言葉を聞いた父はふたりに外に行くよう促した。この場はもういいから、と。



 想い出しながら歩いていると目の前の信号は赤。

 横断歩道の前で立ち止まると横からぽつりと声がした。


「翔太さまのバカ」


 やっぱり怒ってる?

 そりゃあ、婚姻届を破り捨てたんだもんな。

 自嘲気味にそう言うと綾名は頬を膨らます。


「もう、違いますよ!」


 信号が青になると、綾名はその先を続けながら足を踏み出した。


「もしかして、って思ってました。翔太さまは届けを受け取らないんじゃないかって」

「えっ、予想してた?」

「はい。でもまさか、あんなに見事に破り捨てるとは思いませんでしたけどね」


 綾名はふふっと笑いながら、ズバリと僕の気持を言い当ててくれた。


「綾名が一億円、なんてお嫌だったのでしょ?」

「正解」

「だけどやっぱり翔太さまはバカです、大バカです!」


 字面を見ると罵られているけれど、声色はそうじゃなかった。晴れ着なのに桜色の可愛いスニーカーを履いた綾名は跳ねるように躍り出た。


「あんな事をされて、綾名が本当に自由になれたとお思いですか?」


「えっ?」


 もう縁談を急ぐ理由はなくなったはず。春日家の借金は消えて綾名も自由になれたはず。もしかして、まだ僕の知らない制約があったのか?


 そんな僕の心配に。


「そうじゃなくって、綾名の気持ちのことです! 心のことです! あんな、あんなことされて、綾名の心は永遠に奪われてしまいました!」


 前に立ちふさがり上目に見上げてくる大きな瞳。拗ねたような甘えたような顔で見つめられて翔太の心臓がどくんと大きく跳ねた。どくんどくん。心臓はどんどん暴れていく。このまま放置していたら爆発しそうだ。それでも可憐な万華鏡はその澄んだ瞳で翔太の心を鷲づかみにしたまま離そうとはしない。


「わたしだって翔太さまの心を奪ってみせます」

「何言ってるんだ。そんなのとっくに」


 ふうっ、と息を吐くと翔太は笑ってみせた。

 そうして彼女の手を取り、また歩き始めた。


 心?

 そんなのとっくに奪われているよ。

 あの時のコロッケと引き替えに。




 お兄さま、綾名は一億円で嫁ぎます  完




【あとがき・ネタバレ注意】


 揚げたてコロッケって美味しいですよね。サクッとしっとりほくほくと。

 僕は結構好きです。ちょっと小腹が空いたとき、安くて美味しくて適量で、しかも栄養満点。別にコロッケ屋の回し者じゃありませんけどね。

 

 どうも、日々一陽です。

 家のため、一億円の借金と引き替えに未来を失った少女・綾名と、貧しくても一生懸命に生きる少年・翔太が紡ぐ、一途な恋の物語。なるべく明るく楽しくちょっとギャグも織り交ぜながら書いてみたつもりですが、いかがでしたでしょうか?


 書き終えてふと思ったんですが、この話って視点を変えると、


 悪い魔法に掛かって貧乏人に姿を変えられた王子様と、

 そんな彼に接吻をして魔法を解いたお姫様の物語


にも思えます。

 まあ、魔法は「婚外子」であり、接吻は「親を騙してのお泊まり等々」ですから、童話のように綺麗じゃないですけどね。


 ともあれ、これにて綾名と翔太の物語はひとまずの完結です。

 春日綾名は16歳、そして松友翔太もまだ17歳。

 こんなに若くてハッピーエンドなんてちょっとずるいですよね。

 でも、翔太の性格を考えると、まだ暫くは童貞を守り通すかも知れませんね。

 綾名の方は積極的でしょうけど。

 まあ、その辺りは皆さまのご想像にお任せします。

 

 ご愛読本当にありがとうございました。

 忌憚ないご意見ご感想をホントの本当に心からお待ちしております(ぺこり)。



 さて、物語は完結しましたが、このあとサイドストーリーにあたる「番外編」をご用意しています。よければ引き続きそちらもお楽しみください


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