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お兄さま、綾名は一億円で嫁ぎます  作者: 日々一陽
どこまでも、どこまでも
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◆ 1話 ◆

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 朝、お出かけの服を選んでいると玄関の呼び鈴が鳴った。

 母の返事が聞こえる。

 しかしわたしはベッドに腰掛けると今日23回目の溜息をついた。


「はあ~っ」


 どの服もなんだかパッとしない。気持ちが重たい。

 この水色のワンピ、丈が短くなってるような。

 だけど、赤のブラウスは合わせるスカートがないのよね。

 何着ていこう……


「はあ~っ」


 24回目。

 数えるわたしはヒマなのか?

 そんなヒマがあったら早く服を決めて着替えなきゃ。

 これから婚約指輪を買いに行くんだから。

 誰のって?

 勿論わたしの。

 わたしと弘庸ひろのぶさまの。

 わたしたちの、わたしたちによる、わたしたちのための婚約指輪。


 楽しいに決まってる!

 嬉しいに決まってる!

 ぐずぐずなんかしちゃ駄目だ。

 わたしはタンスの引き出しをまた開ける。


「はあ~っ」


 25回目。

 こんなことじゃ、いつまで経っても終わらない。

 このピンクのブラウスで手を打とうか……


 と、

 母の慌てたような声が綾名の部屋に届いた。


「綾名! ちょっと綾名! 早くいらっしゃい綾名!」


 廊下からバタバタと駆けてくる音が大きくなるとノックもなくドアが開かれた。


「どうしたのお母さん」

「高畑が、あ、いや、高畑さんが来てるのよ!」


 高畑さんって、じいやが?

 何だろう、まさかわたしの悪い行動がバレていて、それを告げ口に来た? お兄さまを家に連れ込んだのを目撃された?


 しかし、母の口から出た言葉は綾名の頭の中には全くない言葉だった。


「松友のご長男が綾名のことをお気に召したって!」


 松友のご長男??

 松友の家には女の子しかいないはず。瑠璃、翡翠ひすいちゃん、そして珊瑚ちゃん。ってことは松友家の分家? でも、じいやが来たって事は本家のはず。それって何かの間違いじゃ……


「高畑は松友家の使いとして書状を持って来たのよ。ほら早くいらっしゃい!」


 慌ててピンクのブラウスを着ると母に引っ張られるように応接に連れて行かれた。じいやは立ち上がりにっこり微笑んだ。


「どういうことなの? 松友のご長男って」

「綾名さま、翔太様ですよ」

「翔太さま?」


 ソファに腰掛け書状を読んでいた父は、それを綾名に手渡した。

 内容は今しがた母が言ったことそのままだった。即ち、松友家からの縁談の申し込みで、そこには一条家と同じ条件が記されていた。綾名が書状から顔を上げると、高畑は貯めていた言葉をゆっくりと吐いた。


「はい、翔太様です。綾名さまには「青柳翔太様」と言った方がお分かり易いでしょうか」

「青柳翔太さまあっ?!」


 その名前を聞いて大きな声を上げてしまった、一体どういうことなの? さっぱり分からない!

 立ったまま固まる綾名に高畑は白く小さな封筒を差し出した。


「これは翔太様から綾名さまへの、秘密のお手紙です」

「秘密の?」


 そこには青いインクで書かれた丁寧な字、間違いなく青柳翔太さま、そうお兄さまの字がそこにあった。内容は極めてシンプルだった。ふたりだけで話がしたい、だから公園で待っている、と。


 公然と秘密の手紙を手渡した高畑は。綾名の父に向き直った。


「もしこの話を受けていただけるのでしたら、一条家には私どもがきちんと話を付けに参ります」


 高畑の言葉に綾名を見る父。

 綾名は大きく息を吸った。混乱した心の中にひとつだけハッキリした気持ちが浮かび上がる。疑問はいっぱいある。いや、疑問だらけで何が起きているのかさえも分からない。だけど、答えだけが明確に浮かび上がる。自分の口元が、頬が、手が、最初は小さく、やがてどんどん震えていくのが分かる。

早く言わなきゃ、きっと声が出なくなってしまう……


「お父さま、お願いします。綾名は翔太さまの元に嫁ぎとうございます」



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