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◆ 1話 ◆

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 1週間なんてあっという間だった。

 今日は珊瑚ちゃんがこのぼろアパートに来る日。

 翔太は朝から念入りに部屋を掃除してやっと一段落着いたところだ。


 仏壇を開けて線香をあげる。

 今日、綾名は忙しいって言っていた。月曜日に部室の前でバッタリと出会ったから、次の土曜日に珊瑚ちゃんが来ることを話した。勿論ゴージャスの君も一緒だから、もしかしたら「そしたらわたしも」って言うかな、とチラリ思ったけど、返ってきた答えはそうじゃなかった。


「ちゃんと契約してくださいね! 受験の足かせにならないようには瑠璃にちゃんと言いますから」

「ごめん…… ところでさ、綾名の方はどう? 最近連絡がないってゴージャスの君が言っていたけど」

「あ、ええ、色々忙しくって…… ほら、あの、わたしももうすぐ16なので……」


 聞いちゃいけないことを聞いた気がした。

 忙しいって、きっと婚約の準備に違いない。

 思わず彼女の左手を見る、しかしそこにリングはなかった。だけど、きっとそう言うことだろう。もうすぐ彼女の小さな手には誰かとお揃いのリングが輝くのだ。彼女は幸せだろうか? 本当に幸せなのだろうか? もしそうなら、その言葉を彼女の口からちゃんと聞きたい。


 他人行儀にお辞儀をすると料理研究部へと消えていった綾名。ますます僕の気持ちは複雑になった。本当に僕だけがいい目にあっていいのだろうか。毎週ちょっと珊瑚ちゃんの面倒を見るだけで驚くほどのバイト代が貰えるなんて。未来が開かれるなんて。元々珊瑚ちゃんは賢くてお勉強できる子なのだ。

 この1週間も綾名は元気なさげだった。それはもうますます泥沼にはまっていくかのように。水曜の朝は廊下で見かけたけど下を向いて歩いていたし、金曜日の昼休み、体育館に行く途中に覗いた1年2組の教室ではひとり机に突っ伏していた。料理研究部の赤峰さんも心配げに。


「綾名ちゃん、ますます元気ないのよね~。毎日ため息ばっかりで。本人は気がついてないんでしょうけど。マリッジブルー、ってあんなのかしら」


 結納のこと、赤峰さんにも話しているのかな。って言うか、婚約のことは別段秘密にはしていないようだった。だから祝福の言葉を掛けようと思うのだけれど、いざ彼女を見ると何も出来ない。


 今日、僕はやっぱりカテキョの話は断ろうと思う。少なくとも綾名を心から祝福できない間は。例えその結果この仕事がなくなろうとも。

 綾名と話すことがなくなって、綾名から小説の感想が貰えなくなって、綾名から笑顔が消えてしまって、なんだかもう、全てがどうでもよくなってきた……


 珊瑚ちゃんが来るまでの間スーパーMに買い物に行こう。そう思ってぼろアパートに鍵を掛けた。

 空にはどんより灰色の雲が覆っていた。だから朝8時半だというのに薄暗い。自転車にまたがるとスーパーまでは2分程度。家にはまだ松友食品のレトルトがたくさんある。牛乳とお米、そして卵さえ買えば当面大丈夫。あ、でもインスタントラーメンも買わなきゃ。時々恋しくなるんだよね、インスタントラーメンの味。今度は味噌ラーメンにしよう。唐辛子をたくさん掛けて食べよう……


 買い物のことを考えていてもふと綾名の笑顔を思い出す。あの宝くじさえ当たっていれば…… そんな詮ないことを考えてダメだダメだと頭を振る。結局スーパーMでは特売のバナナとキャベツと豚バラも買い込んだ。今晩はお好み焼きにしよう。


 自転車の後ろの荷台にお米を、前かごにその他の戦利品を詰め込むとぼろアパートへと舞い戻る。途中、商店街のお肉屋さんでコロッケを買った。揚げたての熱々コロッケを2個。珊瑚ちゃんのおやつにと思い立った。勿論ゴージャスの君にも。1個50円、2個で100円。1個買ったらもう1個おまけはしてくれなかったけど、肉屋のおじさんは相も変わらず愛想がよかった。


 荷物いっぱいの自転車を漕いでアパートに戻ると、一階奥の僕の部屋の前に男が立っていた。


「あの、何かご用でしょうか?」


 両手に大きなエコバックをぶら下げて声を掛ける。すると縁なしメガネを掛けた紳士が振り向いた。どこか学者先生のようなその風貌には勿論見覚えがあった。


「あ、戻ってきましたか」

「って、松友さん! どうしてここへ?」



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