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◆ 4話 ◆

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「怒らせちゃったかな」


 翔太はひとり呟きながらひっそり寝静まった商店街を歩く。夕食はファミレスで済ませた。普段滅多にすることのない外食、貧乏人の看板を背負って立つ翔太には許されない行為だが今日はそんな気分だったのだ。誰もいない我が家じゃなくて賑やかなところにいたい、って気分。時計は夜10時を回っている。古本屋やレンタルビデオ屋で時間を潰した。別に欲しい本があるわけでも借りたいビデオがあるわけでもなかった。何となく帰りたくなかっただけ。


 瑠璃花嬢が怒るのも当然だ。あんなにいい話は他にないことくらい分かってる。松友グループの総帥、瑠璃花嬢のお父さまが直々に面談をして採用してくれると言ったのは綾名やゴージャスの君の頑張りのお陰だし、きっと僕への同情もあるに違いない。それなのに理由も言わず契約は待ってくれとか、わがままなことだ。だけど今日、翔太は見てしまった。昼過ぎに買い物に出かけたときのこと、真っ赤なポルシェの助手席に座る綾名の横顔を。表情は分からなかった。隣でハンドルを握る一条さんは笑顔爆発で何か喋っていたけれど。


 これでいいんだ。

 僕にできることは綾名の幸せを願うだけ。

 そう、これでいい。


 だけど胸が締め付けられるようだった。

 きっとふたりが結婚したら僕のこの迷いも吹っ切れる、そう思った。だからそれまで、彼女がくれた最高のプレゼントは開けずにいよう。契約は待って貰おう、そう思った。

 けれどそれがゴージャスなゲーマーお嬢さまを怒らせてしまった。


(綾名も怒るだろうな……)


 最後、瑠璃花嬢には「だったらこの話はなかったことにしちゃうわよ」と言われた。きっと今頃なかったことになっているだろう。だって僕なんかいらないんだから。珊瑚ちゃんは今のカテキョで十分なのだ。僕なんかいなくても優秀なのだ。


 しかし、あの後綾名はどこに行ったのだろう? 高級レストラン? 観劇? 遊園地? まあ僕とみたいに貧乏デートじゃないことは確かだろう。これでいい。これでいいんだ。最初から分かっていた事じゃないか……


 月は半月、その光にいくつかの雲が浮かび上がる。明日綾名に会うことがあっても今日のことを教えてはくれないだろう。って、僕は何を考えてるんだ? そんなこと当たり前じゃないか……

 見慣れたぼろアパート、鍵を開けると灯りを付ける。


「ただいま」


 勿論そこには誰もいない。

 殺風景な部屋の中でひとつだけ色を放つテーブルの一輪挿し。

 綾名が持って来た真っ赤な薔薇もここに咲いて1週間、そろそろ元気がなくなってきたようだ。僕はその花を手に持つと、もう一度家を出た。子供の頃よく遊んだ近所の公園に行くと砂場の脇のクローバーの群れにそっと薔薇を置いた。


(さようなら)


 そう呟いたとき、携帯がブルブルッと震えた。

 見るとゴージャスの君からのメールだった。




 今度の土曜日に珊瑚を連れてそっちの家に行きます。

 ちゃんと契約してよね!




 …………

 まだ見捨てられてはいないんだ。



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