◆ 3話 ◆
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
学校の友達は陰で私の家を「宝石宮殿」と呼んでいるらしい。宝石のように綺麗で輝いているから、ではなくて私の名前が瑠璃花、ひとつ下の妹が翡翠そして末っ子が珊瑚と言う名だからだそうだ。
私、瑠璃花がその宝石宮殿の2階にある自室でゲーム機と格闘しているとドアがノックされた。
「瑠璃花お嬢さま、青柳さまがおいでになりました」
「ありがとう。すぐ参りますわ」
北丘の声にそう答えてもゲームは続く。あと1分と20秒、ここで陣地を守り抜かなきゃ仲間に申し訳ない!
ダダダダダダ
ビシュ~ッ!
ダダダダダダダダダダ
ダダダダダダダダダダダダダダ
私の連射銃が火を噴きまくる。
「お姉ちゃん、翔太兄ちゃんが来たよ~っ!」
「今行くから~っ!」
ダダダダダダダダ
ダダダダダダダダダダダダ
ダダダダダダダダダダダダダダダダ
やばっ、やられた! リスタートだ!
「瑠璃ねえ! 早く行こうよ~っ!」
「あとちょっと~っ!」
ダダダダダダダダダダダダダ
ダダダダダダダダ
ダダダダ……
ダ……
……惜しい。
負けた。
それもこれも青柳くんがとっとと契約しないからだ!
私は部屋を出るとドアの前で待っていた珊瑚と手を繋いで階下へ降りた。
彼、青柳翔太は客間に通されていた。
「いらっしゃい、まあ座って」
私の言葉に席を立って挨拶した彼はまた着席する。
「で、契約書はハンコ押して持って来たわよね」
「それはですね、えっと」
「それは、じゃないでしょ! さっさと契約書を出しなさい!」
「瑠璃ねえ怒ってるの?」
横から珊瑚が不安げに見上げてくる。いけない、さっきゲームで負けたのを引きずってるかも。
「怒ってないわよ、ただこの青柳さんがハッキリしないからビシッと言っているだけだわ」
「ふうん。ねえ翔太兄ちゃんは忙しいの?」
珊瑚の質問に頭をかきながら「ちょっとだけ」と答える青柳くん。そりゃあ今年高3だから受験で忙しいのは分かるけど、彼は塾にも行ってないしカテキョも付いていないはず。だから週に一、二度ここに来てケーキを頬張りながら珊瑚の面倒見て、ついでにご飯を食べて帰ったらって、うちのパパの提案は蜂蜜の氷砂糖漬けよりも甘いのに。
「じゃあ珊瑚がお兄ちゃんの家に行ってもいいんだよ」
「それはダメだと思うよ」
私が「ダメです」と駄目出しする前に青柳さんが自らダメを出した。
「じゃあ、今から珊瑚のお部屋に行こう! 翔太兄ちゃんが来るかもって綺麗に掃除してあるよ」
「え、今からかい?」
「うんそうだよ、今から。瑠璃ねえいいでしょ?」
珊瑚が自分から進んで家庭教師を受け入れるなんて初めてのことだ。よほど気に入ってるんだろう。私が了解すると青柳くんは立ち上がる。
「じゃあ今から2時間教えてきますね。契約の話はそのあとで」
私は珊瑚の部屋の前までついて行き、それから北丘にジュースをお出しするように命じた。青柳くんは部屋のドアを開けたまま教え始めた。高3男子と小4女子、確かに賢明な選択だ。瑠璃花はふたりが教科書を広げるのを見届けるとまた自分の部屋に戻り、自分も明日の英文読解の予習を始めた。
トントントン
2時間後、予習にも飽きてゲーム機と格闘しているとノックのと同時に廊下から声がする。
「瑠璃ねえ終わったよ」
6時5分、いけない2時間過ぎてた。
「ちょっと待ってて」
ダダダダダダ
ダダダダダダダダダダ
バア~ン!
ダダダダダダダダダダダダダダ
あと少し、この一戦が終わるまで。
私は残り30秒と大詰めを迎えたゲームに没頭する。
ダダダダダダダダ
ダダダダダダダダダダダダ
ダダダダダダダダダダダダダダダダ
「瑠璃ねえっ!」
部屋のドアが乱暴に開かれた。
でも、この試合はあと10秒、やめられない止まらない!
ダダダダダダダダダダダダダ
ダダダダダダダ……
ダダダダ……
ダ…………
…………
「大勝利い~っ!」
声を上げて思いだした、部屋のドア、開いてるんだった。
恐る恐る振り向くと、そこには珊瑚と青柳くんの姿が。
「あ、待たせたわね。じゃあ行きましょうか」
いつもの私に戻って背筋を伸ばし堂々と立ち上がる。そうして廊下に出るとふたりを連れて客間へと向かった。
「さっきのゲームって今流行ってるヤツだよね」
「そうらしいわね。青柳くんもするの?」
「残念ながら」
そもそもゲーム機を持っていないらしい。だけどクラスメイトが話をするので知っているんだって。
「やりたいんだったら珊瑚のカテキョのあと使ってもいいわよ、ゲーム機」
「え?」
彼が驚いたのも無理はない。どうしてこの青柳翔太なる、とっても貧乏な高校生をここまで歓迎しなくちゃいけないのか。珊瑚が懐いているから? 親友であるアヤの頼みだから? 勿論それもある。だけどそこには瑠璃花自身の意志もあった。気になるのだ、彼の家にあったアレが。仏壇に置かれていた指輪を包む袱紗が……
客間に入ると雑談から始めた。翔太先生はどうだった? と珊瑚に問う。
「えっとね、すっごく面白くってよく分かった。あのね、漢字はお口で喋りながら書いたんだよ」
今日は算数と国語をしたらしい。珊瑚の顔は本当に楽しかったって言っていた。だから珊瑚の判断は聞くまでもなかった。
「珊瑚は大賛成! 翔太先生がくるの大賛成だよ!」
しかしそれを聞いた青柳くんは自嘲気味に笑っている。
瑠璃花はお気に入りのアニメが始まるよ、と体よく珊瑚を退室させた。
「で、契約書にサインしてくれるわよね」
ふたりきりになると本題を切り出す。
「あ、うん。でもちょっと待って欲しいんだ」
「どうして? 何か困ったことでもあるの?」
「って言うかさ、珊瑚ちゃんには僕なんか不要だろ?」
突然何言い出すんだか、この青柳のバカ。
「だって彼女、僕なんかが教えなくても問題スラスラ解けるよ。珊瑚ちゃんって地が賢いし今付いている家庭教師も優秀なんだろうね。僕の出る幕はないよ」
いや、そんなことは分かってる。そうじゃなくって青山羊さんは珊瑚に気に入られたんでしょ! やる気のカンフル剤として採用されたんでしょ! とコンコンと説明する。あ、青ヤギさんなのにコンコンとはこれ如何に。
しかし青ヤギさんの反応は的を得ない。
「いや、そんなんであんな破格のギャラを頂くなんて悪いじゃないか。だからもう少し考えさせてくれ」
「考えるって、やらないって言うの?」
「いやそうじゃなくって…… 待って欲しい」
「どうして? 何を待つの? こんないい話他にないはずよ。パパだってずいぶん思い切った決断をしたと思うわ。それを待てなんて、他にも人はたくさんいるのよ。待ってる間に仕事がなくなるわよ!」
「それならそれも、仕方ないかも」
「何ですってえ!」
この瑠璃花さまに刃向かうとは!
「ごめん」
「あなたバカなのっ! ●△@★なの! ◎♂◆したことあるの! #♀●ついてるのっ!」
ついついお下劣な言葉を浴びせちゃったかも知れない。罵倒しちゃった気がする。少し青ざめた青ヤギさん、何度もごめんと言う言葉を繰り返すと、まだ怒りさめやらぬ私に頭を下げてトボトボと帰って行った。
つい頭に血が上ってしまったけど、やっぱりあのことはパパにも言っておいた方がいいのかも知れない……




