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◆ 1話 ◆

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 駅には西口と東口、ふたつの出入り口があった。

 人もまばらな地下通路の分かれ道、綾名は西口を指さして。


「えっとですね、この先の公園で10時半の待ち合わせなんです」

「で、その後は一日中デート?」

「まさか! すぐ終わります。12時から友達とのお別れ会がある、ってことにしてます。ウソですけど。でも、それなら30分で終われるでしょ。今日は顔見せ、予告編、お試し版です」


 約束の時間までまだ30分。

 先に場所を確かめようとふたりは少し離れて公園に入った。


 カラフルな花壇が広がる緑が多い公園は春休みだからだろう、親子連れや子供たちで賑わっている。

 待ち合わせ場所は駅側入り口近くにある広場のベンチ。広場には大きな噴水もあって夏になったら子供たちが水と戯れるエンジョイスポットだ。さすがにまだ肌寒い今日はそんな勇者な子供はいないけど。先方の家すぐ近くの、この公園を指定したのは綾名の方だ。


「やっぱり早めに一度は会っておこうかなって」

「当然だよな」


 今日、一条弘庸いちじょうひろのぶにこの話を持ちかけたのも綾名だ。

 4月、綾名が高校生になるのを待って正式な面会が予定されている。勿論家族ぐるみで。しかし綾名はその前にちょっとだけ会って欲しいと一条家の従者に頼んだのだ。正式の場ってどうぜホテルのレストランとか先方のお屋敷とか、そんな息が詰まる格調高い場所に決まっている。そこはもう圧倒的にアウェーだ。聞きたいことも聞けず、言いたいことも言えず、ボケにつっこみも許されず、ただ借りてきたネコみたいにどんな質問にもニャーと答えるしかない。はいニャー、そうですニャー、喜んでニャー。そんなネコ面会の前に少しでも相手の人となりを知っておきたかった。


 とは言え、面会はしてなくてもお家の事情から事実上決まっている縁談だ。

 綾名は生涯連れ添う伴侶にこれから初めて会うのだ。


 心配。

 不安。

 逃げ出したい。

 期待や楽しみよりも、後ろ向きな気持ちが勝ってしまう。


「わたし人見知りだからちょっとだけ、怖いんです」

「うそだ、あの明るい性格の綾名が?」

「ホントは内気で小心者なんですよ!」


 綾名はちょっとムキになる。

 お兄さまにこの胸の内を全てさらして見せてあげたい。

 だいたい相手は春日家の弱みにつけ込んで綾名を買うのだ!


 ……そう思ってはいけない。彼のお陰で春日家は救われるのだ。理屈では分かっている…… 『無理矢理お見合いをさせられたら相手が会社のイケメン若社長で、意地悪だけど溺愛されまくり』ってな小説も読んだことがある。キラキラしていてドキドキが止まらないラブストーリーだった。勿論ハッピーエンド。わたしの場合もそうだったらいいなって思う。それでも綾名の気持ちはネガティブに傾いてしまう。不安で不安で仕方がない。本当はイヤだ、逃げ出したい。だいたい綾名はまだ15だ。キスどころか手を繋いでデートすらしたことがない。いいえ、そんなことよりも、きっと綾名はまだ恋を知らない。小説みたいに毎晩抱きしめ合う激しい恋じゃなくてもいい、この胸が焦がれる恋がしたい。そうしてその人と結ばれたい。それなのに! まだ何も知らない15の綾名を買おうとする人をどうして好きにならないといけないの? 本当は今すぐ全てを捨てて逃げてしまいたい。でもそんなことをしたら春日家は……


「じゃあ、実際会ってみてイヤだって思ったら逃げればいいさ。綾名、足速いし」

「お兄さまが助けに来てください!」


 綾名の真剣な眼差しに、深く大きく深呼吸をした翔太。


「そういう事態になったらな」

「期待してますよ、お兄さま」

「もしかして、緊張してる?」

「はい」


 ふたりは目を合わせると、どちらからともなく手を繋いだ。そうして待ち合わせのベンチの前に立つ。

ふと見ると足下の砂に倒れる一羽のちょう

 翔太は独り言のように。


「ギフチョウ、かな?」

「何だか寂しいですね。ありに運ばれていくんですね」


 時折風に揺らぐ大きな羽の周りを数匹の黒い点が忙しく動き回る。きっと美味しい晩餐を発見したと仲間に連絡してるのだろう。やがてたくさんの蟻がやってきて、よいしょよいしょと彼女を運んでいくに違いない。しかし、そんなことも他人事のように蝶は静かに横たわる。


「ギフチョウはこの季節のたった二週間を飛び回るんだ。そうして卵を産んで一生を終える」

はかないですね」


 確かに、蝶は哀れに見えた。

 雑草が所々に生える広場の片隅、陽光にさらされて砂にもまみれて。

 でも蟻の仕事も邪魔してはならない気がして、綾名はそっと視線をあげる。


「…… あの、お兄さま。そこの陰に隠れませんか? 一条さまを少しだけ拝見してから出て行きたいのです」

「わかった」


 ベンチの裏の深い茂みには倉庫らしき小さなプレハブ小屋、ふたりはその陰に身を隠す。


「どんな人かな」

「お兄さまもご意見ご感想を聞かせてくださいね。400字詰め原稿用紙3枚にまとめて」

「長いな」

「2枚半は書かないと再提出ですよ」

「夏休みの宿題か?」


 そんな冗談を言い合っていると、やがて男が歩いてきた。

 金髪に日焼けした肌、洒落たカーキ色のジャケットを颯爽と羽織った長身の男はベンチに歩み寄りながら周囲をキョロキョロと見回す。


(あれがわたしの結婚する人……)


 繋ぐ右手にぎゅっと力を入れる綾名。

 ふたりに注目されているとも知らず、その男、一条弘庸は時計を見るとまた周囲を見回す。子供たちが遊び回る公園の広場、約束の時間まではあと5分。右を向いたり左を見たり、時計を見たりスマホを見たり、髪を触ったりお尻を触ったり……


「あぶっ!」

「……」


 急に一条がこっちを見た。

 翔太と綾名は慌てて顔を引っ込める。


「すう~っ…… はあ~っ……」

「緊張してる?」

「空気が薄いのです」

「背が高くてお洒落な人だね」

「きょろきょろそわそわしてますよ?」

「言うとおりイケメンだし」

「あっち向いたりこっち向いたりして、よく分かりませんけど?」


「……」

「……」

「そろそろ時間じゃ?」

「あ、ええ、そうね。そうですね。わたし、行きますね……」


 綾名はぎこちなく笑顔を作って手を振ると、一条に見つからないよう遠回りをしてベンチの方へ向かっていった。




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