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◆ 1話 ◆

 日曜日、綾名は約束の時間ぴったりにやってきた。

 手にはスーパーのレジ袋、そして黄色いトートバック。

 部屋に入った彼女はピンクのエプロン姿に早変わりする。


「パンケーキ焼きますね、晩ご飯も綾名が作りますから」

「あ、実はさ……」


 翔太は冷蔵庫から午前中に買ってきたケーキの箱を取り出す。


「ええ~っ! 買ってきてくださったんですか! でも…… それじゃ、どっちも食べちゃいましょう!」


 翔太の部屋に粉ふるい器がないことを知った綾名は薄力粉をボウルにあけて、それを持ってきた泡立て器で掻き混ぜ始めた。そうすると粉の塊がなくなるんだとか。翔太の仕事は紅茶を入れて皿を出すだけ。お菓子作りにはトンと疎い翔太は綾名の作業を見てるだけ。でも綾名はとても楽しそう。小学生の時のことや、ふたりでデートした時のことなんかを話しているとあっという間にパンケーキが焼き上がる。


 翔太が買ってきたケーキは後回しにすることにした。綾名が晩ご飯にハンバーグを作ってくれると言うから、その後に食べることにしたのだ。遅くなっても大丈夫か心配だったけど綾名は問題ないという。


「さあどうぞ、お口に合うかどうかわかりませんけど」

「ありがとう。いただくよ」


 温かいパンケーキにクリームをたっぷり載せて、もぐもぐ。


「……どうでしょう」

「うん、ふわふわで美味しいよ!」


 翔太の言葉に端正な顔を綻ばす綾名。その笑顔はまさに大輪の向日葵で、翔太は安堵の息を吐いた。それはこの1週間、綾名が笑顔を見せなかったからだ。


 月曜日、翔太は学校で綾名のクラスを尋ねた。家庭教師の件がうまくいったことを報告するために。綾名は喜んでくれたけど、どこかよそよそしい感じだった。目を合わせてくれないし何か隠しごとでもあるのかって感じ。金曜にも赤峰さんに「綾名ちゃん、全然元気にならないわね。本当に何があったか知らないの?」って聞かれた。もちろん何も答えられなかったけど。

 でも、もしかしたらって思い当たることはある。日曜・僕の面接の日、綾名は一条一家と顔合わせをしていたらしいのだ。そこで何かあったのかも知れない。だけどそれは全部翔太の想像で本当のところは分からない。


「ねえお兄さま、珊瑚ちゃんの家庭教師っていつから始めるんですか? 瑠璃は大学に入る前から来て貰う、みたいなことを言ってましたけど?」

「あ、うん、その通りなんだ。受験勉強もあるから週末の夕方に少しだけってことにしたんだけど、それにしては報酬も多いし。ちょっと恐縮しちゃうと言うか」

「いいじゃないですか。だって相手は松友財閥なんですからね」

「それもこれも全部綾名のお陰だな」

「いいえ、お兄さまの人徳です。面接の日、珊瑚ちゃんに聞きましたよ、パーティーの時、「珊瑚ちゃんは賢い」って褒めてあげたんですってね。お寿司も分けて食べたんですってね。凄く嬉しそうでしたよ。でもゴージャスの瑠璃が言うにはお寿司の件は見つかったら大目玉だそうですけど」


 そうか、やっぱり危なかったんだ、あれ。


「珊瑚ちゃんったら、お兄さまがカテキョしてくれたら全部100点取れるって豪語してました。だからお父さまも決断したんだとか」

「責任重大だな。僕、大丈夫かな?」

「大丈夫ですよ。あの子とっても頭いいらしいから。今でも100点しか取らないそうですよ」

「なあんだ。じゃあ僕なんか要らないじゃないか」

「かもです」


 ふたりはぴったり同時に笑い出す。

 全ては綾名のお陰だ。これは僕の未来へのパスポート。だから自分の勉強も頑張らないと。先週受けた模試は今ひとつだった。まあこのところ色々忙しくて勉強より小説書いたり読んだりばっかりだったから、次こそは。


 しかし問題は綾名の方だ。あのパーティー以降お見合いの話とか全然教えてくれない。ゴージャスの君が漏らした話では二岡、三藤、四宮にはお断りをしたって話だけど……


「あのさ、綾名」

「はい?」


 言いかけて、どう聞いたらいいのか迷ってしまう。


「綾名は、その……」

「あ、紅茶のお代わりですか? すぐ入れますね」

「いや、そうじゃ……」


 にこりと微笑んで席を立った綾名は湯沸かしに水を入れ火に掛けると僕に背を向けたまま。


「実は今日、わたしはお兄さまに謝らないといけないことがあるんです」

「謝る?」

「はい、あの時のこと。6年前のわたしの罪」

「罪?」



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