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◆ 8話 ◆

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 夢のような時間はあっという間に過ぎていった。

 お兄さまはわたしが焼いたオムレツを大袈裟に喜んでくれた。


「すっげえ。朝から高級ホテルの朝食みたいだ! 泊まったことないけど……」


 ポタージュスープを一口啜るとオムレツも嬉しそうに頬張ってくれる。

 ハムサンドも甘いバナナサンドも大好評!

 誰に褒められるよりお兄さまに美味しそうに食べて貰えるのが一番嬉しい!


 昨晩。

 綾名は初めて男と一夜を過ごした。

 それはまさに言葉の通りの意味であって、言葉が隠喩いんゆすることはなにひとつなかった。

 昨晩、と言ってもほんのさっきまで、お兄さまはずっと綾名を抱きしめていてくれた。

 その温かい胸で、強く優しく。

 どくどくと聞こえる振動はふたりの胸が共鳴している証拠あかしだった。


 いやらしいことは何ひとつしていない。ベッドで抱き合うことが厭らしいこと、と言われればそれまでだけど、でもそれは単なるハグ。ホンネのところは期待もしていたし、何もされないなんて綾名はそんなに魅力がないのかな、って考えもした。けれど時折きつく唇を噛んで首を横に振るお兄さまを見ると、綾名のことを大切に想ってくれてるんだって分かって、おやすみなさいって目を閉じた。


 わたしは幸せ。

 この気持ち、この感触、この香り。

 この記憶がある限りわたしは生きていける。

 もしこの記憶が上書きされる事があっても、それは綾名の将来が素晴らしいって事。


「あやな……」


 いつしかふたりは夢の世界に落ちたけれど、夜中何度も名前を呼ばれた。それはお兄さまの寝言。全部で5回も。だから少し寝不足だけど嬉しさ余って元気いっぱい。


 初めて迎えるふたりの朝。

 どこからか届く小鳥のさえずりを聞きながら、わたしの料理を美味しいって食べてくれるお兄さま。気分は新婚さんです。嬉し恥ずかし、ごきげんよう。


 恋って何なのか、言葉には出来ないけれど、きっと今の気持ちに違いない。

 恋を知ることが出来て、綾名は本当に幸せだって思う。


 食後。

 コーヒーを飲みながら今日の予定を話し合った。

 今日も夜、両親を迎えに大阪駅に行かなくちゃいけないから、それならふたりで早めに出かけようと言うことになって。10時過ぎからの映画を観ることにした。綾名の希望をお兄さまが聞いてくれた。

 映画を観てランチを食べてウィンドショッピングをして、そしてそして……


 今日という日が永遠に続けばいいのに。

 時計の針なんか止まればいいのに。

 時折、赤いベルトの腕時計を見て泣きたくなる……


 そうして。

 その夜、父と母が乗った豪華列車がホームに滑り込んできて。

 綾名は夢のような週末から現実世界に引き戻されたのだった。



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