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◆ 7話 ◆

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 どれくらい語り合っただろう。

 あかりを落とした小綺麗な部屋は四角い窓から見える月明かりだけに照らされる。目が慣れてくると色んなものの輪郭がハッキリと見えた。


 翔太は綾名のベッドに横たわり、ドキドキと静まらない鼓動をいつまでも感じている。

 隣には長い髪を軽く縛った綾名のシルエット。月明かりの中の万華鏡はモノクロームのビーナスだった。若さとか子供っぽさとかが排除された完璧に整った美しさを見せて、神秘的ですらあった。


「どうしました?」

「ううん、綺麗だなって」

「月明かりが、ですか?」

「……綾名、が」


 綾名は繋いでいた手を離すとその手を翔太の肩に回した。

 さっきの約束と違う……

 そう言おうとした翔太は口は、しかし何も言葉を発しなかった。

 翔太が綾名のベッドに入るときの約束、それは「何もしないよ」。

 まだ15の、他の男と結ばれる綾名に対してそれは「お兄さま」として絶対守らないといけない約束事だろう。狂おしい綾名の香りがする布団の中で翔太は必死に戦った。理性と欲望との戦い。今のところ僅かに理性が勝っている。本当は既に下半身地方では欲望の方が優勢になっていて一触即発の状態なのだが、頭の中の理性軍は綾名姫を守るべく一致団結して沸き立つ欲望軍を押さえ込んでいる。


 しかし、だ。


 翔太の肩に手を回した綾名はその大きな瞳をじっと見開いて。

 翔太の中の理性軍が急進派と保守派に分裂した。


 (我慢だ翔太! 綾名を汚しちゃいけない!)

 (ど~んと受けて立て、翔太! 既に立ってるだろ!)


 綾名を突き放せと主張する保守派に対し脳内急進派が猛攻を仕掛ける。

 天井に逃した視線を動かすと綾名はまだじっと翔太を見つめていた。その魔性の瞳に脳内急進派の勝利は確定的になった。


「綾名……」

「お兄さま」


 しかしここで脳内保守派が最後の反撃を試みる。

 それは最大の譲歩によって最後の一線を死守するというものだった。


「じゃあ今日は一緒に抱き合って寝よう」

「はい。嬉しいです」


 綾名はその端正な顔を翔太の胸に埋めた。そんな彼女の背中に手を回す。

 細くて柔らかな彼女と体が密着する。

 綾名のいい匂い。

 少し震える彼女の小さな肩を右手のひらに感じながら泣いているのかな、と思った。悲しいからなのか嬉しいからなのか、それとも違う理由なのかわからない。でも、このままぎゅっと抱きしめていたい。綾名の体温が心地よい。綾名の吐息が愛おしい……


「ずっとこのままでいたい……」


 鈴のような声が翔太の胸元から聞こえる。


「ずっと、ずっと、ずっと…………」

 ……

 …………

 ………………


 空に三日月、薄明かりの公園でふたりコロッケを頬張る。

 綾名は僕の肩にその長い髪を寄り添えて空を見上げる。


「このコロッケは当たりくじ付きなんですよ。中に三角くじが入ってるでしょ」


 コロッケの中には三角形の赤い紙切れが。


「開けてください!」


 綾名が嬉しそうに微笑むとくじが自動的に開かれる。中には大きく【はずれ】の文字。


「はずれだってさ」


 と、僕の隣に座っていたのは真っ白い蛇。

 あ、白い蛇だ。と思って空を見上げる。

 いつの間にか空は青空……

 ……

 …………

 ………………


「夢か」


 気がつくと窓から朝の気配が忍び込んできていた。柔らかな早朝の光の中で寝ぼけた頭を起動させる。ここは僕の家じゃない、そうだった綾名の部屋だ。ってことは昨日の出来事は夢じゃないってこと……


 綾名のベッドの中から部屋の中に時計を探す。白いシンプルな掛け時計は7時を指していた。

 (昨日は寝付けなかったからなあ……)

 昨晩はずっと綾名を抱いていた。そう、ただ抱きしめていただけだ。いやらしいことは何もしていない。キスすらもしていない。それはもう神様にも仏様にもマリア様にも誓って。


 翔太はベッドから起き上がると机の上に綺麗に畳んであった服を着込む。そうして部屋を出るとカシャカシャと音がする方へと向かった。


「あっ、起きられましたか? おはようございます、お兄さま!」


 台所から白いエプロンを纏った綾名が顔を覗かせた。長い黒髪はいつものようにキラキラと輝いて、頬にはうっすら朱がさしている。


「おはよう綾名。もう起きてたんだ」


 テーブルには三角に切り分けられたサンドイッチが並んでいる。


「いまオムレツを焼きますから座ってお待ちくださいね!」



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