◆ 6話 ◆
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「本当にいいの?」
部屋の扉を開けるとお兄さまが立ち止まった。
「どうぞご遠慮なく」
白い壁の部屋、中には机とベッドと本棚と、そして綾名とお兄さま。
勉強机に歩みより椅子に腰掛けたお兄さま、綾名はベッドにちょこんと座る。
「僕は床で寝るからね」
はあっ? 何言ってるんですか?
「風邪引きますよ? 体が痛くなりますよ?」
「大丈夫」
「綾名のこと、お嫌いですか?」
「そんなわけないじゃん」
「じゃあ一緒に!」
「いや、それとこれとは……」
お兄さまは優しい。わたしのために言ってくれているに違いない。
でも、わたしにはもう今しかないんだ!
「あの宝くじは当たるんですよ」
「だったね」
「さあご一緒に!」
綾名は自分の隣をポンポンと手で叩く。このベッドへいらっしゃいなって合図。
世界広しと言えど綾名がこんな事をするのはお兄さまただひとり。
それなのにお兄さまは首を横に振る……
「だったら綾名も床で寝ます!」
「体が痛くなるよ?」
「お兄さまがクッションになってれますっ!」
「風邪引くよ?」
「お兄さまが温めてくれますっ!」
「……」
「……」
結局、お兄さまはわたしのベッドに来てくれた。
壁際に横になるお兄さま、ひとりには凄く広いセミダブルのベッドもふたりが横になると手足をのびのび広げるスペースはない。まあ、わたしにはちょうどよい広さなわけだけど。
お兄さまは壁の方を見たまま。そこは何もない白い壁。
「ねえ、未来の話をしませんか?」
「未来の話?」
そう、未来の話。
未来はどうなるか分からない。
綾名の未来だって、そしてお兄さまの未来だって。
分からないから勝手な想像が許される。好きな未来を語り合える。それは本当になるかも知れないし、まったくの夢物語に終わるかも知れない。でもそれが現実になるかどうかは問題じゃない。大切なのは想いを口に出すこと。夢を語り合うこと。
「はい、未来のこと。5年後、10年後、そしてもっと先、お兄さまはどんな風になっているかって話」
う~ん、と小さく声に出してお兄さまはこっちを向いた。
「そうだなあ、未来なあ…… 綾名は?」
「わたし、ですか? 未来のわたしは…… 笑っています」
天井に目をやって考えた。わたしの未来、どこに住んでどんな仕事をしているのか、そして誰と一緒なのか? そんなことはすっ飛ばして、まず瞼に浮かんだなりたい未来の自分は笑っていたのだ。
「笑っている?」
「はい、きっと隣には大好きな人がいて一緒に笑っているんです。それがわたしの未来」
言いながらお兄さまを見るとこっちを見て笑っていた。そう、わたしのイメージ通りの笑顔がそこにあった。
「綾名らしいな」
綾名らしいって?
能天気に笑ってるところ?
まあ、それはよく言われることだけど。向日葵様ってあだ名だっていつも笑ってるから付けられたものだし。
それからお兄さまは自分の未来を語ってくれた。
大学に行って凄い発明をして地球征服を狙う悪の秘密結社が放つ侵略ロボットと戦うんだという。十分に発達した科学は魔法と同じだ、とかなんとか言い出して、途中から話が支離滅裂だけれど、お兄さまは一生懸命に話してくれる。
「で、結局地球は助かるんですか?」
「えっと、地球は助からないけど人類は助かる。ついでに言うと鹿は助かるけれどイノシシは絶滅する」
もう、話がぶっ飛んでいる。
それは人類が他の星へ移住する際、鹿は連れて行くがイノシシは連れて行かない、と言うことらしい。なぜ鹿は連れて行くのかというと、奈良県の謀略らしい。同じ理由でキタキツネとヤンバルクイナも助かるんだとか。
「でも熊本県が推した熊は助からないんだ。可哀想に」
お兄さま、何を真面目に語っているのだろう。
だけど綾名には何となく分かった。
お兄さまは現実離れした未来を語っているのだ。多分故意に。
それはお兄さまの未来も現在の延長線上にはあって欲しくない、と言うことなのだろう。
だから綾名も自分の未来に書き加えをした。
移住した綾名は月の裏側に住むかぐや姫から力を得て大魔法使いになり地球を復活させるのだと。そうしてイノシシと熊も蘇らせる……
「綾名の勝ちだな」
別に勝負していた訳じゃないんだけど、お兄さまはそう呟くと布団の中でわたしの手をぎゅっと握り返してくれた。




