◆ 4話 ◆
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翔太をじっと見つめながら綾名は不安げな声で尋ねる。
「お口に合いましたか?」
綾名が作ってくれた夕食のメニューは唐揚げに肉じゃが、ほうれん草のお浸しに味噌汁。この地味なメニューは執拗に何が食べたいかを聞かれた翔太が「鶏の唐揚げ」と答えた結果だった。本当は焼き肉とかステーキとかすき焼きとか、そんながっつり牛肉の料理が食べたかったのだけれど材料費が掛かりそうだと思うと言えなかった。遠慮ってやつだ。じゃあ我慢して唐揚げだったのかというとそれは違う。熱々の唐揚げって長いこと食べていなかった。煮たり焼いたり炒めたりはするんだけど「揚げもの」をすることはないからだ。だって油使うのって面倒だし、そもそも翔太の家の台所には揚げ物用の油はない。
「うん、とっても美味しかったよ」
その端正な顔をぱあっと花開かせる綾名。本当に彼女の表情は見ていて飽きることがない。いつまでも見ていたい万華鏡だ。
「でも、じゃがいもは少し固かったですよね、それに唐揚げだって」
綾名の言うとおりだった。肉じゃがのじゃがいもには芯が残っていた。唐揚げも何個かが黒くなっていた。それは全部綾名が引き受けたようで翔太のは全て綺麗な揚げ色をしていたのだけれど。でも、彼女が一生懸命に作ってくれた事に変わりはない。何より綾名は高校一年生、それで一流レストラン顔負けの料理が出てきたら逆に引いてしまう。
「美味しかったよ、唐揚げ。皮のところがパリッとしててさ」
綾名は「お世辞ばっかり」とか言いながら冷めてしまったお茶が入った湯飲みを台所に持って行く。そうして熱いお茶を注いで戻ってくる。
「ケーキをいただく前に、お風呂が沸いてますから、どうぞ」
「えっ?」
「暖まりますよ」
お風呂って、それはさすがに。
今ここには翔太と綾名しかいないのだし……
「うちのお風呂って結構広いんですよ。自慢の庭も見えるんです。ねっ、せっかくだから」
「だけど着替えもないし」
「じゃあコンビニで買ってきましょう、ねっ!」
翔太の手を取り玄関に引っ張っていく綾名。
「ねっ、コンビニはすぐそこにありますから、ねっねっ!」
「おい綾名、って引っ張るなって、綾名……」
「ダメです! お風呂はちゃんと入らないと!」
……
30分後、翔太は春日家の広い浴室にどっぷりと浸かっていた。
8畳間ほどの空間だろうか、旅館の大浴場とまではいかないが、アパートのユニットバスと比べると軽トラとロールスロイスのリムジンくらいの違いはある、乗ったことないけど。ともかく開放感が違う。夜なのにライトアップしているように大きなガラス窓から庭園に広がる池が見える。外から覗かれないかが気になるが、庭が広くて低木もあり塀もあるからその心配はなさそうだ。外からは黒い屋根瓦の伝統的な日本家屋に見える春日邸だが、中はなかなか近代的。この浴室だってシャワーもあるしスイッチひとつで湯船から泡が出る。壁に富士山の絵がないのは残念だけど、お風呂テレビは付いている。気持ちよくって何時間でも入っていられそうだ。ああ極楽極楽……
「湯加減はどうですか?」
浴室への磨りガラスから声がする。
「ああ最高だよ。広いし眺めもいいし湯加減もちょうどいいし」
「じゃあわたしも入りますね」
「…………えっ?」
「お嫌ですか?」
「あ、うっ……」
いやちょっと待て。
磨りガラスの向こうでは何やら綾名が動く姿。いやいやいやいや。どうしよう。そりゃ僕は構わないけど。ってか見たいけど。だって綾名だよ、黒髪美人でスタイル抜群の綾名だよ。ちょっと胸は残念だけど彼女はまだ15歳、開き始めたつぼみには満開の花にはない青く魅惑的な色香がある。見たくない男がいたらそいつはバカだ、アホだ、アブノーマルだ。だから見たい、ええ見たいですとも、一緒に入りたいですとも、それがホンネだけど。でもいいのか? 綾名はそれで……
そんなこんなを頭の中でぐるぐるぐるぐるかき回していると、横開きの扉ががたりと動いて綾名がにこりと顔を見せた。
「お悩みのようですね。冗談ですよ。お兄さまの下着、洗っておきますね!」
そう言うと扉が閉まり、やがて洗濯機が回る音が聞こえ始めた。




