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◆ 5話 ◆

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 放課後、翔太が教室を出ると綾名が待っていた。


「部活、行くんですよね。一緒にいきませんか」

「あ、いいけど」


 いきなりクラスメイトの視線を感じる。

 今日、親友の笹岡ささおかから聞いた話だとウワサになっているとか。銀嶺院からすっごい美人のお嬢さまが入学してきたと。野郎どもの間では話題沸騰で一緒に見に行こうと誘われたけどさすがに断った。


 昼休み、『綾名見学ツアー』から戻ってきた笹岡はニヤニヤと鼻歌交じりに浮かれていた。


「ホントにすっごい美人だぜ、とてもお高い印象なのに愛想もいいしさ。目が合ったら会釈してくれたぞ。へへっ、俺に気があるんじゃなかろうか?」


 何でも1年2組の廊下には意味もなくたむろする野郎どもが行き来しまくっていると言う。

 綾名と廊下を歩きながら、翔太は痛いほどの視線を感じた。しかし、そんな注目なんか何処吹く風、綾名は平然と僕の横を歩きながら。


「ねえお兄さま、珊瑚さんごちゃんの家庭教師をしませんか?」

「えっ?」


 突然、そんな話を始めた。


「それってバイト?」

「はい、松友珊瑚ちゃんのカテキョです。大学生になったらって話なんですけど、条件が凄くよくってですね……」


 なるほど綾名の言う条件は驚くほどよかった。

 週4時間で月16万円とか。

 真面目にコンビニバイトしている人にはとても言えない好条件。

 もちろん長時間は働けないし、裕福になれるって訳じゃないけど、今のぼろアパートで毎朝特売のクリームパンを食べて生きるには十分すぎる収入だ。


 しかし。


「面接してくれるって瑠璃花さんのお父さんが?」

「多分ね。でもお兄さまなら絶対大丈夫よ!」


 だろうか?

 どうやらこの話、綾名が思いついてゴージャスの君にごり押ししてくれたらしい。しかしそんなうまい話があっていいものか? 取りあえず面接して、やっぱりダメだって娘を納得させるためのステップなのかも。


それに。


「それって4年間続けて貰えるの? 珊瑚ちゃんも3年後には中学生だし、途中で僕に愛想尽かしたらクビになるんだろ」

「お兄さまなら大丈夫ですよ、ね、面接受けてくれますよねっ!」


 色々と疑問や不安はあるけど、確かにいい話だ。

 どんな奨学金とも比べものにならない。さすがは松友財閥。お嬢さまのカテキョの待遇も超一流だ。しかし、そのハードルは凄く高いはず。でもまあダメ元だ。ネット小説を書いて書籍化を待つのと同じくらいにダメ元だ。ジャンボ宝くじを買うのと同じくらいダメ元だ。


「うん分かったよ」

「やったあ! 面接の日時とか確認しておきますねっ!」


 料理研究部の前で会釈する綾名に軽く手をあげ文芸部へと向かう。すぐ隣、横開きの素っ気ない文芸部のドアに手を掛けると綾名はまだ料理研究部の前に立ったままだった。


「あの、これ!」


 彼女の前にはひとりの男子。

 栗毛の彼は緊張した面持ちで白い封筒を差し出す。

 どう見てもラブレター、なのだけど。


「今読んでもいいですか?」

「えっ?」


 そう言うなり、にこりと微笑んで丁寧に封筒を開けるとピンクの便せんに目を落とす。

 綾名、それラブレターだって分かってるのか?

 その場で読むなんて、彼、その場に直立不動で固まってるじゃん。

 やがて、綾名の表情が消えたかと思うとすぐに笑顔に戻る。


「ごめんなさい。わたし、もう決まってるんです、結婚」

「えっ 結婚?」

「だからご希望に添えないんです。ごめんなさい」


 更に固まる男に深く頭を下げると料理研究部へと姿を消した。


「「「えっ? ええ~っ!」」」


 声を上げたのはその男だけじゃなかった。成り行きを見守っていた通行人A(男)と通行人B(これまた男)も一緒に声を上げていた……


 この出来事により、城ヶ丘高の綾名フィーバーはあっけなく終焉を迎えた。

 


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