◆ 4話 ◆
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窓の外をキラキラと景色が流れていく。
その日の夕方、綾名は一条さんとの会食に向かった。
正式の面会はなんとかかんとか引き延ばしたのだが、その前にもう一度ふたりだけで会いましょうと言う依頼は断り切れなかった。一流ホテルのレストランで一対一。綾名は家に戻ると着飾ってタクシーに乗った。でもなぜか車窓に思うのはこれからのことではなくて今日のこと。
部活は面白そうだった。料理研究部は女性ばかり10名ほどの所帯で、部長の赤峰さんは綾名を見ると「青柳くんのお友達ね」と言って歓迎してくれた。ここは毎週テーマを決めて前人未踏のレシピに挑むところらしい。別に変わりダネを作らなくても、王道の料理をきちんと身につけることも大切だと綾名は思うのだが、「日本初や世界初の料理を開拓する」のがポリシーなのだそうだ。チャレンジャーだ。お兄さまが「謎料理部」と言っていた意味がよく分かった。
本当は文芸部に入りたかった。だけどこの先ずっと放課後お兄さまと一緒だと言うのは嬉しくもあるけど怖くもあった。だってわたしはもうすぐ誰かと結ばれるのだ。それなのに毎日大好きな人の顔を見るのはきっと耐えきれない。お兄さまと恋人ごっこができるのもあと少し。その間に妹としてやるべきことをやらないと。
後部座席から窓の外を見る。日も暮れようとしている。車で溢れる幹線道路をどんどんと市の中心部へと進む。
綾名はスマホを取り出すと瑠璃に頼み事の催促をした。メッセージを送るとすぐに返信があった。
先ず面接をしてから、だって
たったこれだけの文面だけど思わず右手を握りしめ「よしっ!」と声が出てしまった。第一関門は突破。正直けんもほろろに断られると思っていただけに嬉しさ倍増喜び大爆発。早速お兄さまに連絡しなくちゃ! 明日学校で話をしよう。うん、きっとうまくいく。だってお兄さまは勉強教えるのが凄く上手だから。綾名もよく教えて貰ったけどいつもわたし目線で話してくれたからよく分かった。珊瑚ちゃんも懐いてるしきっと大丈夫。
タクシーはビルの谷間をすり抜けて重厚なレンガ風建物の前に止まった。ドアが開くとボーイさんが出迎えてくれる。レストランへ向かうべく大きなガラスのドアを抜けると一条弘庸さんが笑顔で寄ってきた。
「お久しぶりですね、綾名さん」
「ごきげんよう、こちらこそご無沙汰しました」
一条さんのエスコートで、さもお高そうなレストランに入る。
今日、あらためて会うと同年代の二岡さんや三藤さん、四宮さんに比べて落ち着いた大人の雰囲気がある人だ。ふと公園にあった蝶の死骸が想い出される。あの行為は許せないけど、でも大人にとっては小さな事なのかも知れない。
「どうしました、元気なさそうだね。初登校で疲れたとか?」
彼は以前と同じように色んな話題を振ってくる。
「聞いたよ、松友家のパーティーに参加したんだってね。もしかして結納金がご不満?」
「いえ、そんなことはありません」
「そう、ならよかった」
勝手にパーティーに参加したこと責められるんだ、そう思って身構える綾名に一条はあっさり話題を替えた。せっかくの食事なのだから楽しい話をしましょうと高校時代のテニスの話を始めた。まあ、自慢話なのだけど。
悪い人じゃない、それは前から分かっている。
だけど何だろう、ドキドキしない。
それは二岡さんに対しても同じだし、三藤さんや四宮さんだってそう。
「一条さんは恋ってしたことがありますか?」
デザートも終わり別れる間際、そんなぶっ飛んだことを聞いてしまった。
「恋? はははっ、あるよ。今、してるから」
!!
ハッとした。
そうだ、彼が恋をするのにわたしの気持ちなんか関係ないのだ。
ああ、さっきの質問を撤回したい。
聞いちゃいけないことを聞いちゃった。
だけど綾名が知りたかった何かがそこにあった気がした。
一条さんには言えないけれど、二岡さんからも三藤さんからも四宮さんからも、一度ふたりで、とお誘いを受けている。けど今ハッキリ決心がついた。
きっぱり断ろう。




