◆ 3話 ◆
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
放課後、翔太は文芸部室へと向かった。文芸部は旧校舎と呼ばれる建屋の2階にある。今日から新入部員が来るかも知れない、気合いを入れなくっちゃ。
旧校舎は化学室や物理室、家庭科室やパソコン室など特別な教室や文化系クラブの部室が集まっている。
「青柳くん」
聞き慣れた声に振り向くと赤峰さんだった。
赤峰塔子。赤毛のツインテが目印の彼女とは今年も同じクラスになった。彼女は同時に文芸部の隣の『料理研究部』の部長さんでもある。
「ああ、赤峰さん、今年も同じクラスだったね。よろしく」
「こちらこそよろしくね。ところで大学に行く気にはなった?」
「だからそれは無理だって」
「どうしてよ、奨学金貰ったらいいじゃない!」
「僕にも色々事情があってさ」
彼女はことある事に大学進学を強要してくる。どうしても翔太を大学に行かせたいらしいのだが、最新翔太は少しうんざりしていた。決して悪い子じゃないのだが。
「よっ、青柳! いつもお熱いな!」
マンガ研究部の谷口が肩を叩いて去っていく。
そうなのだ、赤峰さんと僕は一部でウワサになっているらしい。彼女は部活で作った料理を包んで持ち帰らせてくれたりする。だから翔太も話題のラノベを貸したり、文芸部誌を進呈したりする、ギブアンドテイクの仲だ。
「大学受けないんなら、もう試食の料理包んであげないわよ」
「そんなこと言われても無理なものは無理だし」
「じゃあもう知らないから!」
彼女はプイと頬を膨らませると隣のドアの中へと吸い込まれていく。
料理研究部の試食品持ち帰りは週に1回くらいだった。だけど、週に1回と言ってバカにしちゃいけない。毎月4食分は家計が助かる計算になるのだ。しかも結構美味しいし。
料理研究部は別名「謎料理部」とも呼ばれ、「お茶漬けシャーベット」だとか「フルーツキムチ」だとか、「パクチー饅頭」だとか、ともかくぶっ飛んだ料理にチャレンジすることで知られていた。結果、出来た料理の90%は人間が食べるに値しないと評され、「ネズミも寄らない料理研究部」と恐れられている。しかし、僕の手元には残り10%の品が選定されているようで、今まで不味い料理にあたったことはない……
などと考えている翔太の視界の隅に、さらりと長い黒髪の少女が見えた。
もしかして、今の言い争い見られてた?
彼女は嬉しそうに顔を綻ばして真っ直ぐこっちに歩いてくる。
「あれっ? どうしたの? 文芸部はやっぱりやめるって言ってなかった?」
濃い色のセーラー服を着た綾名、真夏の向日葵みたいに眩しい彼女は昨晩電話で文芸部には入らないつもりだと言っていた。春休み中は翔太と同じところがいいから文芸部に入ろうかな~っ、とか言っていた綾名だけど考えが変わったみたい。
「はい、残念ながら文芸部に来た訳じゃないんです。実は料理研究部に入ろうかと」
「あ、そうなんだ。謎料理部ならうちの隣だよ」
「謎料理部?」
「やばっ、口が滑った。ごめん、今のは聞かなかったことにしてくれ」
まずい、赤峰さんに聞かれたら殺される!
しかし綾名は軽く笑って。
「分かりました。忘れました」
「ところで城ヶ丘はどんな感じ?」
「あのですね、クラスには小学時代に仲がよかった同級生もいたんです。なので結構楽しめそうです。あの……」
「ん?」
「わたしもお兄さまには大学に行って欲しいです。そのためには何だってしますから言いつけてくださいね。では」
やはり赤峰さんとの会話を聞いていたんだ……
笑顔で一礼する綾名に手をあげ翔太は文芸部室に入った。




