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◆ 2話 ◆

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 朝は一番にパソコンを立ち上げてお兄さまの小説を読む。

 春休み中は毎日更新されるらしい。


 彼はまだ2つの作品しか書いていないけれど、4月になって始まった3つ目の連載は特に面白い。話は卒業式の前日、ヒロインが想いを綴るシーンから始まるラブストーリー。でも書き連ねられる想い出はどれもこれもトンデモな話ばかり。笑えるけど凄く切ない。

 この小説 綾名が貸した本の影響を色濃く受けている気がする。ストーリーは全然似てないけど、言葉使いとか間の取り方とかシーンの切り替え方とか、そういうところが何となく似ている。

 その影響かどうか、人気の度合いを表すブックマークの数は連載早々というのに前回作品の5倍に達していた。まあ、超人気って訳じゃないけど、そこそこ人気、って感じ。残念だけど書籍化とかそんなお話はないみたい。


 お兄さまの頑張る様子が目に浮かぶ、それは大学に行くための最後の隠し球。

 でも、世の中そんなに甘くないって、お兄さま自身が半分諦めてる。

 実は先日、綾名は松友家のゴージャス長女に「あるお願い」をした。それはちょっとした思いつき。パーティーの日、お兄さまにべったりだった珊瑚ちゃんを見てふと思いついたのだ。


「ねえ、珊瑚ちゃんの家庭教師っていくらくらい貰ってるの?」

「え? あのインテリなお姉さん? さあね、私の時は1時間当たり1万円は払ってたと思うわ」


 1時間1万円って1回2時間、週2回、で月に16万円なり? さすがは松友財閥。


「ねえねえ、来年になったら、お兄さまをカテキョに雇って上げてくれない?」

「はあっ?」

「珊瑚ちゃんの家庭教師。お兄さまならうってつけだと思うよ」


 結局、満足できる奨学金はなかったらしい。だからお兄さまは日々小説に最後の夢を賭けている。だけどそれはホントに賭けであって、だったらいっそ超いい待遇で働くってのもありかも、と思いついたのだ。


 しかし瑠璃は否定すべく首を横に振った。

 珊瑚ちゃんの先生は有名な予備校でも最も優秀な先生なのだそう。しかも女性。単なる大学生でしかも身元不詳な男にカテキョを頼むはずはない、と言うのだ。


「そうかも知れないけど、珊瑚ちゃんは気に入ってるんでしょ」

「そうみたいね」

「だったらその線で押して推して押し倒してよ。押してもダメなら引き落としよ」

「あんた、相撲の解説者?」


 瑠璃もお兄さまには好印象を持っているみたいで、取りあえず言うだけは言ってみるって言ってくれたけど。どうなったのかしら。


 そんなことを思い出しながら朝食を取りに食卓へ。


「ふむ、駅の再開発か。やっぱり鉄道会社は強いな」


 朝刊を読みながら父が聞こえるような独り言を呟く。

 一条さんのあとから名乗りがあった二岡家、三藤家、四宮家。結納金の提示が2億、3億、4億とそれぞれ上積みされていたけれど、父は結納金の金額より家柄の方が気になるらしい。だからかどうか、父は鉄道会社のオーナーである二岡家をさりげなく勧めてくる。


「綾名のことだから綾名が決めなさい」


 母は終始このスタンス。

 食卓には暖かい朝の香りが溢れている。

 今朝は鮭の切り身と玉子焼き、野菜のおひたしにお味噌汁。なんとも和風なマイファミリー。


「そうだな、綾名はうちの宝だからな。春日家の窮地を救った上に、豪華列車にも乗せてくれるんだからな。だからこそ綾名には将来のあるところに嫁いで貰ってだな……」

「どこもみな素晴らしいご家族ですよ」

「あ、うん、そうだな。そうだった」


 本当は家柄とか、将来があるとか、そんなことはどうでもいいのに。

 食事を終えると制服に着替えて家を出た。


 昨日は城が丘じょうがおか高校の入学式だった。今日からが本当の高校生活。

 と言うか、今日からは学校でお兄さまに会える…… かも知れない。


 バスに乗って学校について、校門をくぐって教室に向かう。

 桜色の木の下をひとりで歩く人、グループで騒ぎながら過ぎる人、友達とふたり並んでお喋りに花を咲かせている人、みんなそれぞれ十人十色。そんな中を綾名はひとりで歩く。銀嶺院の時はこんなことはなかった。いつもみんなに声を掛けられて、いつもみんなに囲まれていた。

 周りを見回す。お兄さまは、いない。

 教室もみんな知らない顔ばかり。

 銀嶺院中の子がここにいるわけないんだし当然か。


 ……と、


「あやっち? ねえ、あやっちじゃない?」


 声を掛けられて驚いた。


「って、もしかして、サト?」


 綾名の前に駆けてきてタレ眼を更に下げて破顔したのは夏目聡子なつめさとこ。綾名の小学時代の友達。確か3年と4年の時に同じクラスだったはず……


「あやっちって銀嶺院に行ったんだよね。どうして城高?」

「あ、あはは、実はね、お恥ずかし話、家庭の事情ってやつで……」


 何も隠すことはない。家の窮状を話すとサトはわたしを心配してくれた。

 小動物のような愛らしい顔でまじまじと。


「困ったことがあったら何でも言って。まああたしんちって庶民の代表格みたいなとこだから何も出来ないかもだけど、元気だけはいっぱいあるから」

「はははっ、さすがはサトだわ。でもわたしだって元気だけが取り柄だから」


 サトとふたりで笑っていると、予鈴が鳴ってやがて担任の先生が現れた。



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