◆ 1話 ◆
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
」
「大変なことになりました!」
4日後、綾名に貰った霜降り和牛と松友食品のレトルトスープによる贅沢なひとり晩餐会を楽しんでいた翔太の携帯が震えた。
お相手はこのところ毎日連絡をくれる可愛い妹。
昨日の話題は翔太のネット小説のこと。クリスマスの夜、恋に破れたヒロインがポケットから取り出したマッチを擦ると言う設定はさすがに今時あり得ないと言うツッコミ。その前の日は一条さんんからのドライブのお誘いがしつこくて、どう言い逃れするか困っているという話。そしてその前の日は、あの豪華列車のチケットは綾名のご両親が使わせてもらうという話だった。彼女曰く、ご両親からお礼がしたいとの申し出があったそうだが、翔太は頑なに断った。そもそも棚ぼたチケットなのだ。時代劇風に言うと「礼には及ばん」。
「で、何が大変なことになったんだ?」
「それがその、正式に二岡家と三藤家と四宮家からお話があって、一条さんと同じような条件を提示してきたんです」
「はあっ?」
綾名が言うには、どの家もまるで申し合わせたかのように一条家と同じく16歳の誕生日に結納を交わしたいと申し出てきたとか。もちろん一条の時と同じように、綾名の大学進学は自由、結婚生活はその後でもいいと言う好条件。それなら話は横並び、綾名の選択肢が広がったと言えなくもないが、その中に綾名の好きな人がいないとなると話がややこしくなっただけと言えなくもない。
しかし、と綾名は続ける。
「一条さんの時と結納金の条件が違うんですよ。二岡さんは2億円、三藤さんは3億円、四宮さんは4億円を提示されてまして、さながら綾名はオークション状態に陥りました」
「はああ~っ?」
翔太は驚きの声を上げた。もちろんそれは名前と金額の間にある不思議な因果関係についてではない。いや、それも少しあるけど。なにこのコント。
「よりによってわたしが嫌いな人ほど、お高く入札いただきまして……」
言葉の端々に綾名の自嘲と投げやりな気持ちが見え隠れする。
「まさか、そんなことで決まったりしないよね? 金が全てじゃないよね!」
「正直、綾名は怒っています。わたしの気持ちも確かめないで! しかも皆さん一条家と金額条件だけに差を付けて、金で綾名を釣ろうって言うんですから! 鯛と綾名はエビで釣れてもお金じゃ釣れないのに!」
「エビ、好きなんだ」
「はい、エビフライ大好きです」
投げやりというか開き直りというか、電話の声は元気そうだけど、でもきっとそうじゃない。
電話の向こうの綾名はどんな顔をしているのだろう……
「実は、このあまりにあからさまな提案に、さすがの父も怒ってまして。「綾名は物じゃない。うちの借金は1億円だ、ビタ一文たりとも追加は不要だ」とか意味不明のことを言い出してまして。でも「四宮くんはどうかな?」とかも言うし……」
結局、春日家の家族会議で「金額は関係なく綾名は好きな人を選べ」と言う結論に落ち着いたという。翔太は少し安心する。
「いいご家族だな」
「かもです。でも、綾名は選ばないといけなくなりました。困りました…… あの、お兄さまは誰がいいと、お思いですか?」
「それは綾名が決めることで」
「そんなの、無理、です」
電話の向こうの声が少しかすれて聞こえた。
翔太はごめん、とだけ呟いた。




