◆ 6話 ◆
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
賑やかなパーティーが終わった。
正直、疲れた。
綾名は御曹司たちや、銀嶺院の友達に別れを告げるとピンクのドレスから普段着に戻る。そうしてお兄さまを探した。
食事を取っていないお兄さまは他の給仕さんやメイドさんと一緒にまかないを食べている最中だった。
「春日さまもお食べになりますか? 今日のまかないはちらし寿司ですよ、残り物ですけど味は折り紙付きですよ」
「いいえ、もうお腹いっぱいです。ちょっと青柳さんにお話があるだけで」
「では隣の休憩室を使ってください」
北丘メイド長の計らいで綾名は使用人達の休憩室でお兄さまとテーブルを挟んだ。
休憩室らしくロッカーとテーブルくらいしかない、素っ気ない部屋。
お兄さまはちらし寿司を食べながら。
「どうだった? 結構楽しんでいたみたいだけど」
「そうですね、ちょっとは楽しんだかも知れません。だけど、ちょっと疲れました」
パーティーと言う雰囲気がなせる技なのだろう、ビンゴやダンスや輪投げゲームなんかを通して二岡さんや三藤さん、四宮さんとかとも、それなりに仲良く過ごせた。一条さんの時よりはずっと楽しめたかも。たけど、残ったのは虚しさと疲労感だけ。
「で、いい人はいた?」
「それがその……」
三藤さんは使用人の人達を見下す態度が許せなかった。それはお兄さまだけじゃなくって他の給仕さんやメイドさんにも同じような態度だった。紳士じゃない。四宮さんは押しが強くて苦手なタイプ。今風に言えばオレさま男子、悪い人じゃないかも知れないけど、自信過剰で独りよがり。パス。
「二岡さんはどうなの?」
さすがお兄さまはよく見てらっしゃる。
彼に大きな欠点はなかった。常識ある行動をするし、四宮さんに比べるとちょうどいいくらいに積極的だし、見た目だって悪くない。だけど、それだったら一条さんだって同じ。欠点がない、客観的にはいい男、だけど、だから好きかと言われれば、それは別……
「でもこれは相手もあることですし。二岡さんがどう思っているかは……」
「絶対気があるよ。3人とも綾名にぞっこんなのは見てて丸わかりだったよ。ずっきんどっきんしてたよ!」
「そうでしょうか? でも、もし、そうだったとしても、わたしは……」
お兄さまはわたしを見るとにこりと微笑んだ。
「今すぐ決めなくてもいいんだろ、少し考えれば?」
その言葉に綾名の心が「どくん」と音を立てました。
綾名だってとっくに気がついています、自分が好きな人が誰かくらい。
そして、恋って何か? も、かなり分かってきたつもり、自分なりに。だけど、どんなに色んなことが分かってきても、どうしようもないことがひとつだけあるって気がついた。一億円? 違います。そんなわかりきったことじゃなくて。勿論、一億円も綾名にはどうしようもないことですけど。でも、もっと重要なこと。そう、それは自分の気持ち。どうしてなのか、自分の気持ちって自分でどうしようもない……
「そうですね。そうします。少し考えます。ところでこれ、今日のビンゴの景品、お兄さまにプレゼントしますね」
差し出した箱には高級霜降り和牛ステーキが5枚入っている。
「綾名の家で食べたら?」
「ほら、もう一箱あるんです。だから半分こです」
「……じゃあさ」
お兄さまは目の前に目録を広げた。
「これ、なんだけど」
それはあの豪華列車ロイヤルツイン2名様のチケット。二岡さんも三藤さんも四宮さんもみんな絶賛の超プレミアムなプラチナチケット。でもどうしてお兄さまが持ってるの? 確かこれは瑠璃の妹の珊瑚ちゃんが当てたはず……
疑問に思う綾名にお兄さまはその理由を説明してくれた。珊瑚ちゃんがお兄さまにあげるって言ったとか。そんなに気に入られたんだ、お兄さま。ちょっとビックリ玉手箱。
お兄さまはその目録を見ながら、ちらし寿司を食べる箸を休めて考え込んでいる。
もしかして、わたしを誘ってくれるかも? 綾名の心臓がドキドキと音を立て騒ぎ始める。豪華列車も凄いけど何より一泊二日だ。列車の中のホテル並み豪華個室でふたりきりって、何というロマンス! 何という甘いシチュエーション! いけない、ドキドキ止まらない。心臓が爆発して死んじゃったらどうしよう。『女子高生が謎の死! 超豪華デートに誘われ心臓発作か?』とか新聞にでかでかと載る様を想像する。いやだ、そんなの死んでも死にきれない。せめて見出しの『女子高生』のところは『美人女子高生』じゃないと悲しい。いやいや、やっぱり外面より内面を褒めて欲しいかも。『優しく可愛らしくみんなに人気抜群の超美人女子高生が謎の死』とか。そんな口が裂けても誰にも言えそうにないことを脳内で妄想する綾名に、お兄さまはゆっくりと、でもハッキリとこう言った。
「これなんだけどさ、綾名にあげるよ」
「え? って…… はええ~っ?!」
驚いてちょっとヘンな声を上げてしまった、恥ずかしい。
「あげるって、でもこれすごく貴重な……」
「知ってるよ。でもね。こんなの映画のチケットじゃないんだし適当に友達誘って行くわけにも行かないだろ。まして男ふたりでツインに一泊とか、そんな趣味ないし。田舎の祖母を誘おうかとも考えたけど、ばあちゃんは乗り物大嫌いなんだ。飛行機が飛ぶのを信じられないどころか、電車が揺れるだけで地震が来たと大騒ぎするくらい。だったらいっそひとりで乗ろうかとも考えたけど、この列車、フォーマルな服も必要だろ? そんなの持ってないし、堅苦しいディナーのマナーもからっきしだしさ」
だからと言って、はいそうですか、と貰うわけにもいかない。いやいや、と綾名は考える。ここはいっそ貰ってしまってわたしがお兄さまを誘えばいいんじゃないか。お兄さまはわたしの状況を知っている。一条さんか二岡さんか、はたまた、わたしはイヤだけど三藤さんか四宮さんか。ともかく綾名は縁談狂想曲の真っ最中。そんなわたしを一泊旅行に誘うほどお兄さまはデリカシーがない人じゃない。関係ないけど『デリカシー』って響き、何となく美味しそうな感じがしない? 『デリカ』+『カシー』って響きで、お総菜とお菓子?
閑話休題。
ともかく、お兄さまが誘いにくいのならわたしが誘えばどうかしら? 綾名の頼みならきっとお兄さまは聞いてくれるはず。でももし断られたら…… って、ああ、そうだわ!
「ねえお兄さま、じゃあこのチケットも半分こにしましょう。ねっ、いつでも兄妹は半分こですから」
じっとチケットを見つめていたお兄さま、わたしの言葉にキョトンと瞳を上げ、すぐに笑ってくれた。
「はははっ、ありがとう綾名。嬉しいよ。正直に白状するよ。僕も綾名を誘おうと思ったんだ。でもさ、それって色々難しいだろ?」
「色々難しいって、やっぱりわたしの縁談のこと?」
「ああ、そうだね。勿論それもあるし、あとね、このことは高畑さんも知ってるんだよ」
じいやが知ってる……
って!
綾名は気がついた。そうか、難しいというのはアリバイ工作が出来ないってことだわ。どうやってお兄さまとふたりでいることを隠しながらこの列車に乗るか…… 列車のことを話したら、うちのお父さまとお母さまはホームまで見送りに来るだろう。それは相手が誰であってもきっと同じだ、そう言う親だ。瑠璃の家に泊まるって嘘も使えない。じいやが知っているのは厄介だ。ホームまでチェックに来る可能性すらある。そうなったら他の友達を巻き込んでアリバイ作っても無意味だ。はてさてどうすれば……
「綾名、お母さんと行っておいでよ。お父さんとでもいいけどさ。きっと喜ぶよ」
「それじゃわたし、妹失格です」
「何言ってるの。ああ言う旅は僕なんかより綾名のご両親の方が似合うよ」
「そうでしょうか」
お兄さまの言うことも少し分かる気がする。酸いも甘いも噛み分けたカップルに向けた贅沢でゆったりとした時間。だけど……
だったら!
そうだ、そうすれば!!
「分かりました。このチケットは綾名が預かります。でもこの日、お兄さまも予定を開けておいてくださいね。休みの日ですから」
「あ、うん、僕はいつもヒマだから……」




