◆ 5話 ◆
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
手をあげてステージに駆け寄ったのは真っ赤のおべべの可愛い女の子。
会場からは歓声と拍手と、そして落胆の声が同時に響いた。
「ビンゴ出ました~っ! 優勝はこの女の子ですっ!」
「松友珊瑚ですっ! ありがとうございますっ! やったあ!」
マイクを向けられた珊瑚は嬉しそうに目録を頭上に掲げる。しかしなあ、と翔太は考える。主催者の家の人間が1等当ててどうすんだ。いや、それよりも何よりも景品は豪華列車1泊2日の旅へ2名様ご招待だ。小学生にその価値が分かるのか? きっとご両親と一緒に行くとか、そう言うことになるんだろうけど。
「この超・豪華な旅行、誰と一緒に行きますか?」
だよなあ、先ずはその質問だよな。
「えっとね、あのお兄ちゃんと!」
……はっ??
壇上で喜びを爆発させた金髪の女の子はビシッとこっちを指さしている……
一瞬で会場中の注目が自分に集まるのを感じる翔太。
トレーにグラスを載せたままでの突然の注目に、右を向いて左を見て、もいちど右見てまた左を見て…… いや目の前に横断歩道があるわけではない。しかし、横断歩道があったら青信号と共にダッシュでこの場から逃げたい気分。それほど今この瞬間の居心地はとてつもなく悪い。
「あのお兄ちゃんと一緒に行くよっ!」
間違いなく指さされているのは白いワイシャツで給仕をやってる男、そう青柳翔太に間違いなかった。司会の人は珊瑚が指さす先を何度か確認すると機転を利かした。
「お嬢さまのお兄さんですか? ご家族と仲良く楽しい時間が過ごせたらいいですねっ!」
「うんっ!」
いつの間にか翔太は松友一族にされていた。けどまあ嘘も方便、司会もこう言わなきゃ話が進まない。盛大な拍手と共にステージを降りた珊瑚はそのまま翔太の元に駆けてきた。
「当たったよ! ほらっ、列車で旅行だよ。ディナーとか観光地巡りとか付いてるんだって、お母さんが言ってた。ちゃんと土日のチケットだから学校もOKだよ。ねえお兄ちゃん、一緒に行こう!」
気に入られたものだ、珊瑚は自慢げに目録を見せながら翔太を見上げる。一方、困った翔太。貧乏な自分には全く無縁とはいえ、豪華列車のチケットがどれほど高価で貴重かくらいはちゃんと知っている。そんなもの小学生に一緒に行こうと誘われて、はいそうですか、なんて簡単に言えるわけがない。しかし、松友財閥の可愛いお嬢さまは目の前でスキップを踏みながら喜びを爆発させている。
「楽しみだねっ!」
「珊瑚ちゃん、ありがとう。でもね、お父さんとお母さんが一緒の方が楽しくないかな?」
「お兄ちゃんがいいよ。だって優しいし面白いもん」
ここまで気に入って貰えたら翔太だって悪い気はしない。
だけど中途半端な返事をしたら後々厄介なことになる予感がする。絶対綾名にロリコン呼ばわりされる。ってか、高3男子が赤の他人の小4女子と一泊旅行とか、もう完全に犯罪じゃん。
「じゃあさ、お父さんとお母さんがいいよって言ってくれたらね」
「あ、うん。わかった。お父さんに聞いてくるっ!」
笑顔のままで回れ右をした珊瑚は「パパ~~」と叫びながら建物の中に駆けていった。
「ふうっ!」
翔太の口からため息が漏れる。色々と疲れる。けど小学生の女の子を見ず知らずの高校男子と一緒に旅行に行かせる親なんているはずない。これでこの件はお終い。ちょっと勿体ない話ではあるけど。いや、本当に残念。
一等は決まったけど会場ではビンゴが続いている。
デジタル一眼レフカメラに大画面テレビ、携帯ゲーム機に国産ステーキ肉2キログラム等々、翔太から見たら超絶に豪華な景品が残っている。だからなのか、単にみんなお祭り騒ぎが好きなのか、ともかく会場は盛り上がりっぱなしだ。
ビンゴカードを持たない翔太は他人事のように冷めた目でその熱狂を眺める。会場が盛り上がって給仕やメイドたちはちょっと小休止。だから、ある人はただぼんやりと、またある人はまるで自分も参加しているかのように緊張した面持ちで成り行きを見守っている。
「お兄ちゃ~ん!」
やがて、元気な声が聞こえた。
真っ赤なお洋服を着て駆けてくる珊瑚、そしてその後ろには縁なしメガネの学者先生。彼がきっとここのご当主様なのだろう。
「お兄ちゃん、あのね。あの列車には小学生は乗れないんだって。だからこれと交換した!」
彼女の手には遊園地の入園券が握りしめられている。
「すまないが今度の休みにでも珊瑚を連れて行ってくれないか?」
彼女の後ろに立ったメガネの学者先生は威張った風でもなく、かといってへりくだった感じもなく、ごく普通に翔太に話しかける。しかし……
「はいっ?」
翔太としては当然の驚きだ。いいのだろうか、何処の馬の骨とも分からない高校生坊主に自分の子供を預けて。しかも可愛い盛りの小学生女子。
「君は見かけない顔だが、新しい使用人なのかな。名前は?」
「はい、青柳翔太です」
「青柳くん、か。珊瑚の指名なんだ。スケジュールは北丘さんと調整してくれ」
あ、こりゃ何か勘違いしてるな。
翔太はそう思ったが、さてどう切りだそう……
「お父さま!」
助け船はすぐに現れた。それはシャンパン色のゴージャスなドレスをゴージャスに着こなすゴージャスな金髪の美少女・松友瑠璃花。
「お父さま、彼はうちの使用人ではありません。私のお友達です。ただ、ちょっとだけ物好きな人でパーティーにお誘いしたら給仕をしてみたいって」
「ほう」
「ドMです」
「ちが~う!」
「芸名は、くりいむぱん」
「芸名いうなっ!」
「使用人は口答えしないように」
「使用人じゃないって!」
そんなやりとりを、学者先生はまるでいつものことのように笑い飛ばした。
「はっはっは、そうだったのか。それはすまないことを言った」
「この前、奨学金のお話ししたでしょ? それが彼です」
「そうか。君がその青柳くん…… か。よかったら今度はパーティーを楽しむ方で来てくれよ」
「はい、ありがとうございます」
で、結局。
遊園地には珊瑚と瑠璃花と、メイド長の北丘さんで行くことになった。
それはそれで一件落着、なのだが……
問題は豪華列車のプラチナチケットの方である。
いま、その目録は翔太の手にあるのだ。
「この列車は中学生以上しか乗れないんだよ。けれどビンゴで勝ったのは珊瑚だ。その珊瑚が君に、と言うのだから受け取ってくれ」
「いやいやいやいやちょっと待ってください! こんな高価な物貰うわけにはいきませんよ。だいたい僕はビンゴにも参加してないし、貧乏だから場違いだし、そうそう、ディナーを食べるフォーマルな服とかもないし……」
「ともかくこれは珊瑚のお守りをしてくれたお礼だ。あとはどう使おうと君の勝手。高畑、この件ちゃんと面倒を見るようにな!」
松友家の当主、松友弥太郎は有無を言わさず目録を翔太に持たせて去っていった。
困ったことになった。
ふと見るとステージには綾名の姿があった。観衆を前にしても臆せず凛々しく可憐な笑顔を振りまいている。その周り、何故か二岡、三藤、四宮もステージに上がって綾名を取り囲み喜んでいる。和気藹々って感じ。綾名は頭上に目録をかざすと笑顔でステージを降りる。一体何をゲットしたのだろうか。
(綾名とふたりでこの豪華列車に乗れたら……)
翔太は真っ先にそんな使い方を考えた。彼女と一緒ならどんなに楽しいだろう。
貧乏が板に付いた翔太が不安なフルコースのマナーとか上品な振る舞いとか、彼女がいればそんな心配も無用だ。綾名は何でもそつなくこなすに違いない。綾名とふたりなら長い列車での時間も組み込まれた観光も、絶対楽しいに違いない……
しかし、それはあり得ない夢だ。
なぜなら彼女の未来は翔太に繋がっていない。一条か二岡か三藤か四宮か、よくぞまあここまで綺麗に数字が並んだもんだと感心するが、ともかく翔太ではない。なのに一緒に一泊旅行、というのはあり得ない。もし最後のアバンチュールと割り切ったとしてもバレないようにカムフラージュすることが困難だ。翔太は先日、綾名がアパートに泊まろうとしたときのことを思い出す。あの時綾名はアリバイ工作に必死だった。でもこんな豪華列車、親が見送りに来たら全部バレるし、何より翔太がこのチケットを持っていることを、あの高畑が知っているのだ。どう考えてもみんなを騙すことは不可能だ。
せっかく高価なプレゼントを貰ったのに、翔太の気持ちは晴れないまま時間は進んでいった。




