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お兄さま、綾名は一億円で嫁ぎます  作者: 日々一陽
パーティーは大盤振る舞い
29/71

◆ 4話 ◆

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 珊瑚ちゃんに手を引かれるように戻ってきたお兄さま。

 彼女が無邪気に手を振って去っていくと綾名は思わず駆け寄った。


「もう、何処に行ってたんですか? 綾名ひとりじゃ心細いです」

「あっ、ごめんごめん。ちょっと珊瑚ちゃんとデートしてた。綾名知ってるんだろう、珊瑚ちゃん」

「ええ、瑠璃花の一番下の可愛らしい妹さんですね……」


 って、まさか? もしかして!


「お兄さまって、ロリコン趣味?」

「ちが~う!」


 お兄さまの話では、朝、珊瑚ちゃんはメイドさんと一緒に玄関まで迎えに来たんだとか。今も彼女に誘われて一緒にお寿司を食べてたって。優しいからなあ、お兄さま。学校でもモテるんだろうなあ、と思うとちょっと複雑…… 綾名がそんなことを思っていると蝶ネクタイをした司会者がビンゴの説明を始めた。給仕姿のお兄さまと話をしている綾名だけど周りの参加者も食べながら、喋りながら、写メなんか撮りながら説明を聞いている。いや、聞いてすらいない人も多いかも。ビンゴのルールなんて誰でも知ってるし。しかし司会者の横にずらり並べられた景品は結構凄そう。参加者全員プレゼントなんじゃないかって思うくらいたくさん置いてある。


「ところでお兄さま、ビンゴは?」

「んなもん出来るわけないだろ。今日僕は給仕、主催者側だよ」

「ですよね。ごめんなさい、綾名ばっかり楽しんで」


 そう、今日お兄さまをここに誘ったのは綾名のお相手をチェックして貰うため。確かにそれもある。でも、お兄さまにも一緒に楽しんで欲しかった。お兄さまと一緒に楽しみたかった。それなのに給仕の方が気が楽とか言い出すし、それに瑠璃も同調しちゃうし。そんなことを思っていると。


「で、お相手探しは順調? 綾名のお眼鏡にかなう男はいた?」

「残念ながら! 会場には一人だけいるんですけど、教えません!」

「えっ? いたんだ」

「あ・や・な・ちゃん! 何してるの?」


 綾名の肩が軽く叩かれた。

 見るとさっきまで話をしていた四宮さんだ。

 そしてその後ろには二岡さんも笑いかけている。


「ボーイさん、俺、メロンの生ジュース。綾名ちゃんは何がいい?」

「わたしは何も……」


 綾名は断るが、金髪の四宮さんは生のいちごジュースは美味しいよと目の前の給仕さんに注文する。お兄さまったら、かしこまりましたって頭下げて急いで行っちゃって。こんなことならわたしもメイドをすればよかったかしら。そうしたらお兄さまと一緒に働けたのに…… 綾名はそんなことを思いながら翔太の後ろ姿を目で追う。


「さあ、ビンゴが始まるよ、あっちに行こう」


 爽やかに声を掛けてきたのは二岡さん。

 彼はさりげなく綾名の手を取るとステージの方へと歩き出す。


「おいおい、今、綾名ちゃんと喋ってたのは俺なんだけどな!」


 反対の手を四宮さんに握られて、って、これじゃまるで連行シーンだわ。

 連れていかれたのは1等席のテーブル。

 今日が綾名と3名の御曹司たちの顔合わせの場でもあることは当人達と、瑠璃花や翔太など一部の人間しか知らないことだ。朝、綾名は高畑に連れられて瑠璃のおばあさまである松友美月まつともみつきさまに説明を受けた。彼女はもう70近いと言っていたけどそれよりずっと若く見えた。美月みつきさまのお話は面白かった。さすがは自称「仲人の達人」らしく、初めての遠足に行く園児に注意事項を噛んで含ませ説明する先生のように懇切丁寧にお相手のプロフィールを説明してくれた。勿論、向こうも綾名のことをかなり詳しく知っているらしい。でもね、と美月さまはにこり微笑んで「気楽にパーティーを楽しみなさいね、そうじゃなきゃ相手のホントの姿も見えませんよ」とも言ってくれた……


 やがてビンゴが始まる。

 四宮さんに促されてビンゴカードをテーブルに置くと



 ビンゴ~

 シュートッ!



 と、威勢のいい合い言葉が掛かる。

 勝手に綾名のカードをチェックする四宮さん。


「お邪魔してもいい?」


 肩を叩かれ振り返ると縁なしメガネの三藤さん。


「ねえ知ってる? 今日の一等は豪華列車1泊2日のチケットなんだって。当たったら一緒にどうかな、春日さん?」


 綾名は驚いた。いや三藤さんに誘われたことの方じゃなくって、豪華列車のチケットが景品ってこと。確かひとり何十万円もするらしいチケット。でも、凄いのは値段だけじゃなくって抽選倍率もびっくりするくらい高くってお金があってもチケット入手は至難の業、って聞いたことがある。


「待てよ、列車なんかよりライブの方が盛り上がるって。なあ綾名ちゃんは俺と一緒にライブ、行ってくれるよね?」


 バンドでギターやってるって言う四宮さんの手が綾名の肩に触れる。見た目はいいんだけど、こう言う強引なタイプってちょっと苦手。


「騒々しい音楽よりミュージカルなんかどうですか? 歌劇団のチケットならいつでも手に入りますよ」


 二岡はニヒルに笑いながら凄く近くに寄ってきた。肩が触れてるってもんじゃない、ピッタリくっついてきた。あの、窮屈なんですけど!


「ライブとかミュージカルなんかより豪華列車の方がいいに決まってるだろ! ねえ綾名さん」


 メガネ越しに細いその目を綾名に向けたまま、三藤さんは四宮さんの向こうに陣取る。

 3人に見つめられた綾名は少し困ってしまう。


「あ、そうそう、豪華列車って凄いんですよね。設備も豪華でお食事も凄くって……」

「ほらやっぱり。春日さんは僕と豪華列車の旅がいいんだってさ!」


 完全に勝ち誇った三藤さん、ガッツポーズまで出して。

 ってかこの人、ビンゴの一等は自分の物だって決めつけてるみたいだけど、本当に当たるのかしら。わたし、どうせ誰も当たらないだろうって思ってそっちに話を振ったのに。そう思うと綾名は少し可笑しくなった。


「うふふっ、それは当たってからのお話ですよね?」

「あっ、そりゃまあそうだけど」

「俺が当てるからさ、安心してよね、綾名ちゃん」

「三藤も四宮もバカだな。知らないのか? この二岡、ビンゴにはめっぽう強いって。人呼んで「ビンゴマイスター」。ビンゴ界の横綱だぞ。勝者は僕に決まってる。ねえ綾名さん、当たったら僕と一緒に!」

「ダメだよ、綾名ちゃんは僕がキープ!」


 四宮さんに肩を引き寄せられてしまう。

 しかし、二岡さんも負けてはいない。


「馴れ馴れしいな四宮! 綾名さんが嫌がってるだろ、その手を離せよ」

「そうだ。最後ビンゴの勝者になって笑うのはこの三藤英生さまなんだからな」


 小柄な三藤さんは下から四宮さんを睨みつけるけど。


「やだね。綾名ちゃんは俺のものなんだからさ!」

「それは綾名さんが決めることだ。ねえ、綾名さん!」


 二岡さんも負けじと綾名の肩に手を回してきて……

 今日は瑠璃と松友のおばあさまが、わたしのためを思ってセッティングしてくれたパーティー。血統書付きの御曹司をご紹介してくださるって言って、いいご縁があればいいねって言ってくださって、楽しんでくださいねって言ってくださって。だから綺麗なドレスも着て温和しめにずっとニコニコしてきたけれど……


 でも、もう、いい加減に限界……


「あのっ……」

「失礼します!」


 と、その時。

 四宮さんとわたしの背後から声を掛けてきたのはお兄さま!


「こちらご注文のメロンジュースといちごジュースでございます」


 お兄さまはわざわざ四宮さんと綾名の間へ割り込ますようにジュースを差し出してくる。


「失礼だな君!」

「ですから失礼します、と申しました。何せこの辺だけはやたらと人口密度が高く混み合っておりまして」


 にこりと笑うと、今度は二岡さんの後ろを回って彼の前からいちごジュースをテーブルに置く。

 (嬉しい! 大好き!)

 綾名の気持ちがぴょんぴょんと跳ねて、表情から溢れる。


「ありがとうございますっ! いちごジュース、ホントに美味しそうっ。早速いただきますねっ!」


 綾名はすぐさま真っ赤なストローに口を付ける。


「ちっ、何だよこいつ」

「失礼しました」

「ああ、失礼だよ!」


 罵声を浴びても慇懃に頭を下げたお兄さまはそのまま後ろに下がっていった。


「あ~あ、しらけちゃったね綾名ちゃん!」

「そうですか? このジュース凄く美味しいですよ。はい、四宮さんもメロンジュースをどうぞ!」

「いいなあそのジュース」

「二岡さんも注文しますか? わたし、さっきの人に頼んできますけど?」

「いいよ……」


 二岡の声に被さるように、ビンゴのかけ声がこだました。



 ビンゴ~

 シュートッ!



「あっ、ビンゴが進んでる! 次は52番ですって!」


 綾名は笑顔を満開にして自分のカードをチェックする。つられるように二岡、三藤、四宮も綾名に右にならえ。みんな豪華列車のチケットを当てる気満々、と言うか既に当たったつもりになってるみたい。


「あっ、ほらほら二岡さん8番ですって!」

「よしっ!」

「俺のカードはレアカードだからね、絶対勝つよ。ほら見てよ!」

「あっ、ホントですねっ、もう3つも並んでる! ホントに優勝しちゃうかも!」

「春日さん、それはないからね。勝つのはこの三藤だから」

「みんなで同時にビンゴできたらいいですねっ!」


 穴が並んだとか数字が惜しいだとか並びが悪いだとか俺のカードは神、だとか。気がつくとみんなでわいわい楽しんでいて、なんとなく和気藹々。


 見回すと周りも盛り上がっていた。聞けば豪華列車の一等景品は車両に3室しかないロイヤルツインというホテルばりの個室らしく、凄い人気でお金があっても何十倍という抽選に当たらないと手に入らないらしい。その豪華景品に目が眩んでいるのはこのテーブルの3人だけではない。会場のみんなの目も獲物を狙うオオカミのように、金網に残った最後のカルビ肉を狙う中坊のようにギラギラ光っている。


 三藤さんが斜めにリーチ、四宮さんが真ん中横にリーチ、ビンゴマイスターの二岡さんはたくさん開いているけれどリーチなし、そして綾名は全然だめだめな状況。司会の人がリーチの人に挙手を求めると既に6人ほどがリーチの状態。


次の賽が振られる。


「では次いきましようか! 豪華列車プラチナチケットを目指して~っ!」



ビンゴ~

シュートッ!



「次の数字は…… 6番!」


 その声と共に「やったあっ!」って大きな声が響いた。




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