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お兄さま、綾名は一億円で嫁ぎます  作者: 日々一陽
パーティーは大盤振る舞い
28/71

◆ 3話 ◆

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 華麗なパーティーが盛大に始まった。

 赤や黄や橙や、色とりどりの花が咲乱れる広い中庭に40名ほどのうら若き男女が集まって、飲んだり食べたり喋ったり。みんな力いっぱい着飾って、それがぜんぶ良家のお坊ちゃま、お嬢さまばかりって言うから堪らない。翔太は思う、育ちというのはふとした仕草や表情ですぐ分かってしまうんだな、と。そんな中に給仕として立つ貧乏の代表選手たる翔太は緊張しまくり。銀のトレーにグラスを乗せて、背筋を伸ばして笑顔を絶やさず……


「お飲み物はいかがでしょうか?」

「ペリエにレモンを浮かべてくれる?」

「ぺ、ペリエ、ですか?? 少々お待ちを……」


 ペリエって何だ? 酒か? 僕の知らないジュースか? と、必死に北丘さんを目で探す。


「あ、あの北丘さん、ペリエって何ですか?」

「フランス産の炭酸水よ。オーダー?」

「はい、レモンを浮かべて」


 こうして翔太は冷や汗タラタラ、慣れない笑顔に顔面をぴくぴくさせて、自分より年下の小太りお坊ちゃまにグラスを差し出すと、その隣のヤツが声を掛けてくる。


「これ、もういいからさ、そっちのグレープくれ」

「はいかしこまりました」


 たった一口付けただけのアップルタイザーを突き返し、グレープジュースに取り替えるメガネの少年。フレームの高級ブランドロゴが眩しい。今日の参加者は瑠璃花の友達か、瑠璃花のおばあさまが選び抜いた「綾名に相応しいお相手」のいずれか。だから翔太より年下がほとんど。男女比はほぼ1対1だろうか。翔太が聞いた話では、この中に綾名のお相手候補は3人、偶然だけどみんな名門・堂山丘高校の生徒らしい。お金持ちばかりが集う有名なお坊ちゃま校だ。聞いた話だと修学旅行は欧州に1週間、しかも5つ星ホテルを渡り歩くらしい。貧乏な翔太には羨ましくも腹立たしいけれど、綾名に釣り合うにはそうじゃなきゃダメなんだろうなって思ってしまう。翔太が会場を見回すとそのひとりがいた。青いシャツ着た赤毛のイケメン、スポーツマンっぽくて長身で甘いマスクの彼は鉄道会社オーナーの嫡男、二岡秀造。あんなヤツがうちの学校にいたら女子連中がキャーキャーうるさいに違いない。あんなのが相手なら綾名だってきっと…… そんなことを思うと翔太の胸は締め付けられる。


「ジンジャーエールはないの?」

「はいっ、ただいま!」


 女性達はみな綺麗なドレスを競い合っている。優雅な晴れ着もちらほら。誰もが十人並み以上の容姿を備えてハイレベル。学校の親友、笹岡が見たらヨダレを流して喜ぶんだろうな、と翔太は苦笑する。そんな中でも松友瑠璃花のオーラは際立っていた。ゴージャスなシャンパン色のドレスにゴージャスな金髪。切れ長の目は凛と涼しくて、アニメの世界のお姫様みたい。ただでさえ美人なのに後光すら射してるし。けれども、そんな彼女に負けず輝いているのが誰あろう綾名だ。長い黒髪をサラリなびかせ、零れる笑顔は大輪の向日葵。ピンクのドレスは決して目立つ物ではないけれど、彼女が着ると天女の羽衣に思えるから不思議。


「あっ、それわたしが持ちますよっ!」


 翔太が食べた後の皿やグラスを片付けていると綾名が早足で駆けてきた。


「大丈夫だよ。大切なパーティーだろ、ほら緑のブレザー着たメガネ君が綾名をじっと見てるぞ」

「ああ三藤さんとうさんですね。いいんです。あの人は」


 言うが早いか、綾名はテーブルのグラスを両手に持って歩き出す。


「気に入らないのか? 三藤さんとうって不動産会社の御曹司だろ?」

「そうですよ。でもあの人はさっきお兄さまに酷いことを言いました。だからダメです。失格です」

「酷いこと、って……」


 確かにさっき三藤はコーラが入ったグラスを倒したあと、翔太がテーブルを拭いて後片付けをしていると、替わりも早く持ってこいと急かした。しかしそれは給仕という立場上、仕方がないと翔太は思っている。だけど、綾名はそれを許せないと断罪する。


「お兄さまから見て、誰がいいと思いますか?」

「えっと、誰がダメとかはないし、それは綾名が見て、話して、決めることで……」

「何のためにお兄さまに来て貰ったと思ってるんですか? 終わったらちゃんと報告してくださいよ! 言ったでしょ、わたし、恋って、きっとしたことないんです」


 舞台裏へグラスを置くと、綾名は天使のような笑顔を残して表舞台へと戻っていく。

 やがて会場では芸能プロダクションから派遣されたという中年の男性司会屋さんがセッティングを始める。メイドさん達がビンゴのカードを配り始めると松友家が用意した豪華な景品がテーブルに並んで登場する。ゲーム機とかパソコンとかデジカメとか…… でも、ここにいる連中からしたらたいした物ではないのかも。


「ねえお兄ちゃんは参加しないの?」


 突然の声に驚いた翔太は周りを見るが誰もいない。背中を突かれて振り向くと、背後に真っ赤なお洋服の可愛らしい女の子を見つける。


珊瑚さんごちゃん」


 片手にビンゴカードを持った珊瑚は、にこりんこっ、と笑った。


「勉強終わったから来たよ。えっと、そのジュースちょうだい」


 珊瑚は翔太からリンゴジュースを受け取ると一気に飲み干した。


「珊瑚ちゃんは勉強好きなんだ」

「好きじゃないよ。だって算数の問題とかヘンだよ」


 彼女はさっき解いたという問題を翔太に出題する。




 家にいたさくらちゃんは、駅で待っているお父さんに忘れ物を届けに行きました。

 お父さんを待たせているので時速5キロメートルで急いで歩いて行きました。

 時間は12分かかりました。

 さて、駅までの距離は何キロメートルでしょうか?




 翔太はサクッと解いて見せたが、珊瑚はブブーッ! っと口をとがらせる。


「だっておかしいよ、急いでたんでしょ? お父さん待ってるんだよ! だったらどうして走らないの? 珊瑚なら走るよ! もっと速く走るよ! 劇速だよ! 自転車だったらもっと速いよ! だからこの問題は失格だよ!」

「なるほどね、珊瑚ちゃん賢いんだ」

「えっ? そうなの? あたし先生に「バカなこと言ってないで真面目に解きなさい」って怒られたよ。バカって言われたよ?」

「そんなことはないよ。だってさ、珊瑚ちゃんは時速5キロメートルより走った方が速いって知ってるんだよね。だったらお利口さんだ」


 にぱあっ、と、さっきにも増して笑顔を爆発させた珊瑚は翔太の袖を取る。


「ねえお兄ちゃんもお寿司食べようよ。美味しいんだよ」

「あ、僕はほら給仕さんだからね。珊瑚ちゃん食べておいで」


 たたたた…… と、彼女は寿司のカウンターへ走っていく。

 その後ろ姿を見て翔太は思う。経験上、彼女のような理屈をこねる子は得てして聡いものだ。素直そうだし性格も明るくて可愛いし、どこか昔の綾名を彷彿とさせるな……


「と、さあ仕事仕事!」


 翔太は自分に言い聞かせる。丸テーブルの空いた皿を片付けようと歩き出すが、別のメイドが先に処理し始めた。立ち止まった翔太はトレイを持ったまま綾名の姿を探す。今日の翔太の一番のお仕事、それは綾名のお相手チェックだ。その辺は北丘さんも知っている。


 綾名は花壇の横でブロンドのキラキラしたイケメンに話しかけられていた。彼は確か四宮大地しのみやだいち、流通王手の御曹司だ。ちょっとチャラい感じ。スマホを片手に何やら綾名に話しかけているが、綾名は手を振りお断りのポーズ。さてはメアドの交換とか一緒に写真を撮ろうとかしてるのだろか。


「グレープタイザーを貰おうか」


 気がつくと翔太の目の前に風格ある中年の男が立っていた。背は高めだろう、白いワイシャツをラフに着て、縁なしメガネを掛けた学者先生のような風貌だ。髪の毛はふさふさしてるけど。


「あ、はい」


 翔太がトレーに載せていたグレープタイザーを手渡すと、彼は不思議そうに翔太を見てから歩いて行く。その後ろには見覚えがある初老の紳士。


「旦那さま、ビンゴは参加なさいますか?」

「わしが参加してどうする。分かってるだろう」

「ははっ」


 高畑さんが旦那さまと呼ぶって?

 翔太はじっと学者先生の後を目で追う。堂々として歩く彼は参加者に例外なく会釈をしていく。彼に挨拶をされた人は皆同様にぺこぺこと頭を下げたり、寄っていって笑顔で挨拶をしたり、握手をしながら二言三言言葉を交わしたりと、無視する人は皆無だ。


「はいっお兄ちゃん。お寿司持ってきてあげたよ」

「珊瑚ちゃん!」


 いくらの軍艦巻きばかりを4貫も載せた皿を両手で持った珊瑚は、笑顔でそれを翔太に手渡す。美味しいんだよ、全部あげるよ、と言う彼女に翔太は少し困惑する。いや、ふつう給仕が食べちゃダメでしょう。人目もあるんだし…… そんなことを思っていると珊瑚は手でおいでおいでをする。


「こっちこっち、お兄ちゃんこっちで食べよう」


 料理が並ぶテーブルの後ろに抜けた珊瑚は建物の裏に曲がる。彼女を追った翔太が周りを見ると、そこからはもう会場は見えなかった。


「ここなら食べても大丈夫だよ」


 この子ちゃんと分かってるんだ、と思うと翔太は少し安心した。


「じゃあ、珊瑚ちゃんも一緒に食べよう」

「珊瑚はさっき食べたよ?」

「でももっと食べたいだろ?」

「うんっ!」


 翔太はいくらが溢れんばかりの軍艦巻きをパクッと口の中に放り込む。瞬間、海苔の香りが口の中に広がる。噛むといくらがプチプチと弾けるようで、じんわり旨味が広がっていく。美味しい。寿司ってこんなに旨いんだ!

 珊瑚ちゃんもお口をモグモグ動かしてご満悦。


「ねっ、美味しいでしょ!」

「ホントだね、すごく美味しいよ」


 ふたりで2個ずついくらを食べる。


「お兄ちゃん、今日からここで働くの?」

「違う違う、今日だけだよ、ここで働くのは」

「今日だけ? アルバイトなんだ。なんかつまんないの」


 いいえ、無料奉仕ボランティアです、と言う言葉は飲み込んだ翔太、口をとがらせ翔太を仰ぎ見る珊瑚を見るとつい笑顔が零れる。と、会場からビンゴを始めるアナウンスが流れた。それを聞くや珊瑚は目を輝かせる。


「ビンゴだよ、戻ろう!」




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