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お兄さま、綾名は一億円で嫁ぎます  作者: 日々一陽
パーティーは大盤振る舞い
27/71

◆ 2話 ◆

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 綾名が電車に揺られているちょうどその頃。


「おはようございます、青柳です」


 インターホンで名前を告げると大きな城門がひとりでにゆっくり開く。

 門の向こうは広大な芝生に茂る木立。その洋風な庭園には舗装された車道が二手に分かれて伸びている。お屋敷は左手に遠く見えるのだが、翔太はインターホンに出た女性の言葉通りそこで待っていた。綾名のお屋敷も凄いけどここは桁違い。西洋を模した新種のテーマパークかと突っ込みたくなる偉容だ。


「お待たせしました、青柳さまですね」


 現れたのは白いメイド服を着た品のよい女性、そして彼女の後ろにはちょこちょこと赤いおべべに金髪の快活そうな女の子。


「どうぞ、こちらです」


 メイドさんに案内され左の道を進む。


「お兄ちゃんはアヤねえのお友達?」


 金髪の女の子が翔太を見上げる。「ゴージャスの君」の妹なのだろうか、金髪だし顔も似ている。だけど姉と違って親しみやすい印象で髪を結ぶ赤いリボンがとても可愛い。


「アヤねえって、春日さんのこと?」

「うん、そうだよ。アヤねえが言ってた。今日は優しいお兄さんが来るよって。ねえお兄ちゃんお名前は?」


 女の子は何だか嬉しそう。綾名が翔太のことを宣伝したのだろうか。初めてきた豪邸で初体験の給仕のお役目、心細かった翔太の気持ちが少し和らいだ。


「僕は青柳翔太って言います」

「あたしは珊瑚さんご松友珊瑚まつともさんごだよ。4年生になったんだよ。今日はいっぱい遊ぼうね」


 嬉しそうにスキップする珊瑚だけど、メイドさんがすました顔で。


「珊瑚お嬢さまはこれからお勉強の時間ですよ」

「ちぇっ、つまんな~い」


 たしなめられて口をとがらせる珊瑚。そんな彼女を見るとメイドさんは少し微笑んだ。


「申し遅れました、わたくし松友さまのメイドで北丘詩織きたおかしおりと申します」

「あ、どうも青柳翔太です」


 30前後だろうか、麻色の真っ直ぐな髪は肩の辺りで揃えられ、落ち着いた声で丁寧な言葉使いの北丘さん。


「本日青柳さまは丁重にお迎えするようにと瑠璃花お嬢さまに仰せつかっております」

「はあ。でも僕は給仕できましたから、どうぞお気遣いなく」

「そう言っていただけると助かります。本当は給仕なのに丁重にとのご指示に少し戸惑っておりましたから」


 北丘さんは「ふふふっ」と僕に笑いかける。

 彼女の横からも赤い服を着た女の子が僕を見上げて問いかけてくる。


「ねえお兄ちゃん、給仕さんするの? お肉焼くの? お寿司握るの? マグロの解体ショーするの?」


 マグロの解体ショーって何だ?

 翔太だって昔、食べ放題のバイキング料理くらい行ったことがある。白いコック帽をした料理人さんがお肉を焼いてくれたりローストビーフを切り分けてくれたりしてくれた。お肉ばっかり食べたら怒られるかな、と思いつつも何度も何度も食べたけど、最後まで怒られることはなかった。夢のような時間だった。しかし、マグロの解体ショーはなかったぞ? そんなことするのか松友家!


「珊瑚お嬢さま、今日はマグロの解体ショーはございませんよ」


 今日は、ってことは普段はあるのか?


「じゃあお兄ちゃんは何するの?」


 珊瑚ちゃんに見つめられても何をするか知らないし、って言うか、そもそもどんな仕事があるのかすら分からない翔太が返答に窮していると、メイドの北丘さんが助け船を出してくれた。


「青柳さまにはお飲み物の係をしていただこうかと」

「あ、はい。頑張ります」

「ふう~ん、そうなんだ。珊瑚はいちごジュースがいいな。リンゴジュースも好きだよ。お寿司はいくらがいっぱい乗ったのがいい。バーベキューはお肉ばっかりのヤツね。ピーマンとか玉ねぎ入れたら怒るよ。それからケーキはね、チョコレートケーキがいいな。いちごがいっぱい載ってるところは珊瑚のだからね」

「珊瑚ちゃんいちごが好きなんだね」

「甘いのがいいな。時々甘くないのあるでしょ? あれはいらないよ」


 言ってることはわがまま放題だけど、その笑顔は無邪気できっと素直な子なんだろう。嬉しそうに駆けて先を行くと振り返り、ジェスチャーで早くおいでと訴える女の子。お屋敷はもう目の前だった。

 案内された建物は宮殿と呼ぶに相応しかった。それも西洋の大きな宮殿。両開きの大きな扉を抜けると広い空間が現れる。そこが玄関であることに気がつくまで、翔太には5秒が必要だった。


「こちらが控え室になります。机に給仕の制服が置いてあるので、お着替になってお待ちください」


 土足のままで通された控え室は翔太の部屋と同じ8畳程度の小さな空間。机とロッカーが置かれただけのその部屋は翔太の部屋と同じ広さでありながら、ゆとりが全然違った。天井も圧倒的に高い。手を伸ばしてジャンプしても上から吊された照明に届きそうにない。蛍光灯切れたらどうするんだ? と思ってよく見ると最新鋭のLED電灯だった。


 ともかく給仕服に着替える。白カッターに黒のスラックス。なかなか格好いい。まあ、似合うかどうかは別だけど、と思いつつ翔太は壁の鏡に姿を映す。


「髪の毛立ってるし」


 独りごちると身だしなみを整える。

 軽く分けただけの髪、お人好しっぽい目、小さい頃お母さんに「女の子だったらよかったのにね」と言われ続けた中性的な顔立ち。最近では友達に草食系の代表みたいに言われる始末。どう見てもイケメンじゃないよな、残念だけど。悔しいけど一条の方が格好いいよな、断然。そう思いながら着替えを済ますと北丘さんがやってきた。彼女に連れられ向かった会場は建物の中庭だった。


「今日のお仕事を説明します。先ずは立ち方」


 頭のてっぺんを天に引っ張られる意識で立つようにと、立ち方から指導される翔太。

 用意されている飲み物の種類も多く、知らない飲み物や料理の名前を覚えたりとか、グラスは何処にあるかとか、分からなかったらどうしたらいいかとか、他のメイドさんや給仕さんの名前を教えて貰ったりとか、覚えることがいっぱいで、ふと気がつくと30分は過ぎていた。

 建物の中庭、しかしそこは学校の体育館より広くて、大きな花壇にはアネモネやチューリップ、フリージアなどの春の花が咲き乱れている。小さな噴水もある。これ、人の家だろうか? ここにいるメイドさんや給仕さんだけでも僕以外に6人、他にも料理人がふたりもいる。豪華なホテルとしか言いようがない。翔太も瑠璃花も同じ人間なのにこの格差は何だろう、翔太は驚きを通り越して感心すらしてしまう。


「テーブルを運んできましょう」


 その声に倉庫みたいなところからテーブルや椅子を運び出し、北丘さんの指示に従って並べる。北丘さんは他の人に「メイド長」と呼ばれていた。きっと偉い人なんだ。やがて一通り物を出し終わりテーブルを布巾で拭いていると見覚えがある初老の紳士に連れられて春らしいピンクのワンピースを着た可憐な少女が現れた。凛と立つ彼女は向日葵のように綻んだ。


「ごきげんよう、お兄さま」

「あれっ、もう来たの?」

「ひどいですよ、せっかくお手伝いをしようと思って来たのに」

「今日は綾名が主役なんだろ。ドレスとか着るんじゃないのか?」

「その前にお手伝いしますね!」


 めざとく布巾を見つけると自分もテーブルを拭き始める綾名。


「ちょっと綾名お嬢さま、それはうちの者達にお任せして、瑠璃花お嬢さまのところへ参りましょう」

「少しだけです。いいですよね、高畑さん」


 少し怒ったふりをして睨む綾名に、高畑は小さく嘆息する。


「はあ、少しだけですよ。綾名お嬢さまは言い出したら聞きませんからねえ……」


 綾名はテーブルを拭き終わると、翔太の近くでテーブルクロスを掛け始める。


「今日はごめんなさい」

「僕は結構楽しんでるよ。皆さんとても優しいし」

「それはよかったです。しかし、似合ってますよその格好! そうだ、お写真一枚撮らせてください」

「えっ、やだよ」

「いいんですか? 綾名が泣いちゃっても知りませんよ?」


 綾名には敵わないや、とぼやきつつ手で髪を整える翔太。

 結局、綾名は高畑に頼んで、自分のスマホにツーショット写真を納めたのだった。



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