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お兄さま、綾名は一億円で嫁ぎます  作者: 日々一陽
パーティーは大盤振る舞い
26/71

◆ 1話 ◆

◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 たった3日がこんなに待ち遠しいなんて。


 ゴージャスなる瑠璃花嬢主催のホームパーティーの日、日曜なのに綾名は5時前には目が覚めた。真っ白な壁の綾名の部屋。中学入学の時に買って貰った据え置きパソコンを立ち上げると翔太の小説に新しい更新がないかチェックする。これはもう彼女の朝の日課になっていて。


「あ、更新してる!」


 早速続きを読むと直接メールで感想をしたためる。いいことも悪いことも全部。だってお兄さまは小説に大学進学を掛けているんだから。勿論「応援ボタン」をクリックすることも忘れない。

 朝の新しい役目を終えると洗面を済ませて台所に立ち母を手伝う。今朝は鮭の塩焼きにほうれん草のおひたし、玉子焼き、そして具だくさんの豚汁。

 綾名が作った「ちょっと甘いだし巻き玉子」を一口摘んだ母。


「うん、綾ちゃん上手ね。色も綺麗だしふわふわして美味しいわ」


 お世辞半分だとしても褒められてイヤな気はしない。綾名は顔をほころばす。


「今日は松友さんのお宅にお呼ばれって言ってたわよね」

「ええ、9時前には出ますね。晩ご飯は…… 食べて帰ります」

「もう、お父さまが許可したからって、あんまり遊び過ぎちゃダメよ」


 16になるまでの間は門限6時を撤廃して貰い、友達の家への外泊も認めさせた綾名。だけどさすがに「男の部屋」に泊まるなんてことは許されていない。ってか言えない。両親共に信頼している松友の家ならOKだけど……


 綾名は心の中でため息をついた。そうして今日のことに思いを巡らす。

(お兄さま、今日は本当にごめんなさい)

 表向きは瑠璃花の中学卒業、そして高校入学の謝恩会、しかしてその裏の実態は『綾名に御曹司を引き合わせるパーティー』。そのパーティーで翔太は給仕を買って出た。せっかくのお休みなのに悪いことをした気分。わたしばかりがいい思いをするのかな…… そう考えると綾名は中学の礼拝堂で微笑まれていたマリア様を思い浮かべ懺悔してしまう。


 朝食の準備が整うと父を起こしてみんなで食べる。父はあの日以降ちょっと元気がない。仕方がなかったことなのだ。綾名はそう思って父を責めたりはしない。だけど、だからってこのままじゃイヤだ。だから今日のパーティーには期待している。勿論パーティーの目論見は両親に内緒だけど。


 実は、一昨日も昨日も一条弘庸から綾名に直接連絡があった。

 デートのお誘い。

 綾名は高校の準備もあるからと正式な面会まではデートできないって断った。それがポルシェでのドライブで高級レストランでのお食事ケーキ付きであったとしても。

 面会は1週間後。

 綾名は何とか引き延ばそうと頑張ったけど限界だった。


「どう、お父さん。今日の玉子焼き」

「あ、うんいつものより美味しいな。もしかして綾名が作ったのか?」

「はい、今日のは自信作です!」

「そうか……」


 父は娘が素直に一条家に嫁ぐと思い込んでいる。娘は若すぎるが悪い縁談ではないと信じているようだ。しかも大学を出るまでは今のままの暮らしが出来ると言う約束もある。それでも娘の玉子焼きに感極まっている。

 瑠璃花のパーティーは12時から、綾名は11時に着けばいいことになっていた。けれど早めに行くことにした。だってお兄さまは給仕係だからもっと早くに来ているはずだから。


「行ってきますっ!」


 大きなバッグには密かに着替えも忍ばせて家を出る。

 外から見ると立派なお屋敷。優にご近所10軒分の広さはあるだろう。部屋の数だって15室を数えるし蔵だってある。旅館をやってもいいんじゃないかって思える大きさ。しかしその内実たるや惨憺たるもの。人が見かけによらないのと同じで、家ってのも外からじゃわからないんだろうなって綾名は思う。


 道に咲く桜はもう満開。

 爽やかな春空に雨の心配はなさそうだ。

 駅へと向かう足取りはまるでスキップを踏むかのように、彼女の気持ちを映し出していた。




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