◆ 7話 ◆
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
松友家の執事・白髪の紳士・高畑は瑠璃花の後ろで丁重に頭を下げた。
そんな彼を振り返りちょっと苦笑するゴージャスの君。
「アヤが口裏合わせろって連絡くれたでしょ、だからアヤのご家族から電話があったら何も答えず私に取り次ぐように高畑に言ったら「ウソはいけません」って怒られちゃって……」
「そうですぞ綾名お嬢さま!」
突然の出来事にビックリしたのだろう、綾名は手で口を押さえていたが、やがてしっかりとした口調で。
「今晩はこちらにお世話になりますから。ご心配なく」
「何を仰います。ここは殿方のお宅ではありませぬか!」
「でも大丈夫です、彼はわたしのお兄さまなのですから」
「いけません! 男は皆オオカミなのですぞ!」
いつか瑠璃花に吐いたセリフと同じことを言う高畑。
しかし綾名も負けてはいない。
「お兄さまは違います! それにこれは綾名が決めたことです」
「綾名お嬢さまが動くまでじいやもここを動きませぬぞ!」
「ドアを閉めて追い出すまでです」
「春日の奥様に言いつけますぞ!」
「うっ……」
「いいのですか?」
「ぐぬぬっ……」
決着は付いた。
相手が悪かった。
「ああ…… お兄さま、ごめんなさい……」
綾名は暫く高畑を恨めしそうに睨みつけていたが、やがていかにも渋々と、名残惜しそうに、後ろ髪を引かれまくりながら帰り支度を始めた。
その間、翔太はゴージャスの君に声を掛ける。
「今度の日曜、ご招待に預かったそうで、ありがとう」
「ええ、渋々ね。綾名がどうしてもってきかないのよ。あなたがいないとわたしも出ないって、駄々はこねるし、泣くし騒ぐし地団駄踏むし、言うこと聞かなきゃ化けて出て、枕元でお皿の数を数えるぞって脅迫するしで、ホント仕方なく、ね」
綾名を呆れるように見つめて彼女は小さく嘆息する。
だけどそうなら…… 翔太は首を傾げながら。
「ホームパーティって何するの? ケータリングサービスの料理とか出すの?」
「残念! 確かにビュッフェ形式でお料理を出すけど、うちの料理人と給仕たちが奉仕するわよ」
さすがは天下の松友財閥、パーティーも自前ときたもんだ。さぞかしお屋敷も大きく立派なのだろう。翔太は思わず狭い部屋を見る。綾名が飾ってくれた一輪挿しの花だけが色を放つ、ただそれだけの部屋。翔太は住む世界の違いを思い知る。
「じゃあさ、僕は来賓じゃなくって、給仕として参加できないかな?」
「えっ、どうして?」
「だってその方が気が楽だよ。だいたい僕みたいな貧乏人は来賓にはなりえないだろ。給仕だったら綾名の近くにもいれるし一石二鳥だよ」
表情ひとつ変えずに話を聞く瑠璃花は、やおらにこりと微笑んだ。
「いい考えですわ」
部屋の奥で聞き耳を立てていた綾名が反対の声を上げる。「いい考え」じゃないわよ、と。お兄さまは来賓じゃないとダメだと、給仕させるなんて以ての外だと。瑠璃花に向かってぷんぷんと怒る。言い出しっぺの翔太には文句を言わずにどうして私に言うのよと、瑠璃花に反論されるとチラリ翔太を窺う綾名。
「そんなの、お兄さまに給仕をさせておいてわたしがパーティに興じるって、そんな罰当たりなこと出来るわけないでしょう!」
「大丈夫、その方が気が楽なんだよ。ちゃんと近くで見てるからさ。な、妹はお兄ちゃんの言うことを聞くこと」
「しかし……」
「しかし、じゃないよ」
「……」
結局、翔太は意見を押し通した。
それから3分後、がっくりとうなだれた綾名は高畑に促され黒い高級車に姿を消した。
翔太は去っていく車に手を振るとひとりぼっちの部屋に戻る。
(せっかくお風呂にお湯を貯めたのにな……)
そんな小さなことを考える自分に気がついて、また住む世界の違いを感じてしまう。
ぽっかりと寂しくなった自分の部屋。
テーブルを彩るピンクのカーネーションが彼女の名残を感じさせる。
「今日は綾名お勧めの本を読んで寝るとするよ」
さっきまでそこにいた人に語りかけるように呟いた翔太、そんな自分に気がついたのか自嘲してしまう。さっきまでの楽しかった時間。夢のようにフワフワとした時間。せっかく温かいお風呂が待っているのに。
翔太は呆然と椅子にもたれると天井を眺めた。




