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◆ 6話 ◆

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 


 翔太の脳裏に綾名の言葉が蘇る。

 『お兄さま、わたしに恋ってなにか、教えてください』

 それってまさか?


 今晩ここに泊まるって、どう考えたらいいんだ?

 綾名の印象的な瞳が少し心配そうに翔太を見つめて。

 ごくり、とのどが鳴る。

 いや待て、よく考えろ灰色の脳細胞……

 翔太の頭脳がフル回転を始めた。


 綾名は嫁いでいくのだ、一条家か、あるいは松友のゴージャス娘が紹介する御曹司か、どっちに転んでも僕ではない。けれど彼女は大切な妹で今は何より重要なとき。きっと綾名は悩んでいる。いつも陽気な綾名の縋るような目を見るとその悩みがどれほど深いかは計り知れない。だったら僕が守らなきゃ、彼女の笑顔を、心を、そうしてその純潔も……


「今日はもう家には帰れないんです……」

「僕は男だよ」

「そしてお兄さまです。綾名は信じていますから」

「……わかった」


 ぱああっ! と目に見えて綾名の笑顔が開いた。


「じゃあわたしお風呂の用意しますね。それからお兄さまの新しい小説も見せてください、お願いしますねっ!」

「風呂の準備は僕が……」

「大丈夫です。宿泊代と思って全部綾名にお任せを!」


 翔太の部屋には小さなユニットバスはあるものの節約のためシャワーで済ませることが常だった。寒い冬場は例外もあるけど。しかし今日ばかりは仕方がない。翔太はお湯を張る綾名に礼を言う。


 お風呂の準備が整うまで綾名はノートパソコンを開いて新作を読みはじめた。翔太は綾名に借りた文庫本にぱらぱら目を通す。生まれて初めて触れる少女小説や淑女小説、それはとても新鮮で、目から鱗、耳から背ビレだ。文体も会話の口調も、勿論挿絵の恥ずかしさも未体験領域。やがて一冊の淑女向け小説から読み始めることにした。表紙は赤面しそうなイラストだけど中身は至って王道の小説に思えた。やがて、翔太の書いた新作を読み終えた綾名が顔を上げる。


「面白いですよ、この新作」

「ホント? でもお世辞はいいよ。どこがダメか教えてくれないかな?」

「駄目なとこなんてありませんよ。ただ……」

「ただ?」


 ただ、と言いながら綾名は気になる点をいくつかあげてくれた。綾名の指摘を聞きながら翔太は思う、ああやっぱり持つべきものは優しい妹だなと。


 綾名曰く、ここは同じことの繰り返しでくどい、これは誰のセリフか分からない、このギャグは寒い、これは話が飛躍し過ぎでは、などなど…… 自分でも薄々気がついていたことから想像だにしなかったことまで。やっぱりこうして人の意見を聞くというのは大切なんだ。今日たくさんの本を持ってきてくれた綾名。彼女は僕を本気で応援してくれてる。そう思うと翔太は瞳に何かが溢れる。ちらりと勉強机の前に貼ってある宝くじを見る。ふたつは全く違う組、違う番号。抽選はまだ先だけど、これさえ当たってくれれば、きっとふたりは幸せになれるのに……


 やがて。


「お風呂湧いたようですよ、お兄さまからどうぞ」

「えっ、綾名からいいよ」

「ダメです。一番風呂はお兄さまです」


 一番風呂はお父さんから…… 翔太は昔読んだ古い小説の一節を思い出す。綾名って古風なことを言うんだな、そんなことを考えながら着替えを持って風呂場へ向かった時だった。



 ピンポ~ン!



「誰だろう、こんな時間に」


 時計は10時になろうとしている。疑問に思う翔太がドアを開けるのを躊躇っていると。



 ピンポンピンポンピンポンピンポ~ン!



 呼び鈴が連打される。


「はーい、ちょっと待ってください~!」


 押し間違いじゃないらしい。

 翔太が慌てて玄関を開けると、ゴージャスな金髪をかき上げる美少女の上から目線が炸裂した。


「開けるの遅いっ!」

「……って、松友さん?」

「瑠璃っ! どうしてここへ」

「どうしてって決まってるでしょ!」


 ラフなジャージ姿の瑠璃花は自分の背後に視線を投げる。

 そこにはビシッと背広を着込んだ老紳士が立っていた。


「お迎えに上がりましたよ、綾名お嬢さま」

「じいや!」




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